読み物/掌篇/ろっきん骸骨


ろっきん骸骨

 武蔵の国の山深く、とある廃寺に一人の若人があった。若人の駆
る、ばいくの糧たるがそりんが失せたので、この廃寺の朽ちた本堂
に一夜の宿を求めたのである。刻はまさに丑三つ、あたりに響くは
若人の高いびきのみ。
 ふと、堂の外から三味線の調べ。つづくは朗々たゆたう歌。目を
覚ました若人が、堂の外へと出て見れば、地に座して三味線をかか
え、歌う白い影があった。これこそ、世に言う「歌い骸骨」の怪で
あったが、若人の知る由とてなかった。燭台の下で書物に学ぶ人物
ではないものの、てれびげえむの戯れが過ぎて若人の眼力は一間先
も危ういまでに衰えていたのである。しかも夜闇の帳にかこまれ
て、若人の目は、骸骨のおぞましき姿を、白い衣をまとった白い肌
の痩せた人物と解した。
 やがて三味線は一層の猛りを帯びて、骸骨の歌は昂りを増した。
歌によって聞く者の魂を抜き、それを喰らうのが、この骸骨の恐る
べき所業である。若人は茫然のうちに立ち尽くし、骸骨の歌に耳を
任せていた。もはや若人の運命は風前の灯火かに思われたが、骸骨
の歌が終わって我を取り戻した若人は「いやあスゲえっす。感動し
たっすよ。もうなんつーか、魂がゆさぶられたってかんじっすね」
と言った。
 ゆさぶっただけであったかと、これまで幾多の魂を喰らってきた
骸骨は肩の節も外れんほどの落胆であったが、落とす胆とてない。
若人はさらに言う「じゃあお礼に、オレの歌も聞いてください」。
そうして堂内に駆け入り、まぶたがあるなら瞬く間、取って返した
手には、すぴいかあを内に蔵したえれきぎたあ一本。その鋼の弦を
掻きむしり、喉を潰さんがごとくに歌うは、めりけん渡来のろっく
んろおる。
 骸骨、ないとはいえども思わずを耳をおおう。しかし若人の、天
下あまねく轟かんがほどのろっくんろおるは、骸骨の白い指を通っ
てしゃれこうべをゆるがすのであった。弦には三本劣るといえ、さ
りとて負けてはなるものか。勢い勇んで骸骨、さっと立ち上がるな
り三味線を掻いて掻いて掻きむしる。若人も負けじと掻きむしる。
若人が「イヤー」と叫べば、骸骨「いよお」と叫ぶ。この廃寺に、
にわかに巻き起こった嵐のごとき大音声は、山野のけもの、ものの
けのたぐいを叩き起こして廃寺に集めた。そして廃寺の裏手から
は、浮かばれぬ魂どもが火の玉となって飛び上がり、若人と骸骨と
をかこった。
 うごめく禽獣、魑魅魍魎の歓声のなか、宙を舞い踊る青白い光に
照らされて、若人と骸骨は背中を合わせ、歌い歌う。はたと若人、
振り向いて骸骨と面を合わせ、初めてそれが、この世の者でないの
を知った。ぎたあがやみ、歌もやむ。骸骨もまた、口をあんぐり開
けたまま、三味線をやめた。歓声もやみ、人魂も輝きをやめた。あ
たりは闇に、静寂へと戻り、ぽとりと骸骨の顎が地に落ちる音。待
つべきものは、若人の断末魔の悲鳴であるかに思われた。
 が、若人は一声「まあ、いっか」。そして若人、身を屈めて拾う
は骸骨の顎。これがなくては歌えまい。手渡された骸骨は、顎をは
めるなり、かちかちかちと歯を打ち鳴らして笑った。かくして再
び、ろっくんろおるが始まった。ぎたあと三味線の音は、龍虎相討
つがごとくに拮抗し、ときに仲睦まじく絡み合った。イヤーいよ
お、イヤーいよおが木霊する。人魂はあたりに乱舞し、人外の者ど
もは吠え猛り狂った。ぴっくをつまんだ若人の指は痺れ、ばちをつ
まんだ骸骨の指先は、勢い余っていずこかへと飛んで行った。それ
にも構わずろっくんろおるは続き、いつ果てるとも知れなかった
が、ようやく若人は目を覚ました。
 朝だった。廃寺の堂に身を起こして、荷物、ぎたあをまとめて外
に出る。すべては夢であったか。力なく朝もやを掻きわけ、歩を進
めると、なにかを踏んだ。拾えばそれは、はたして白い指先の骨で
あったので、若人は、かちかちかちと笑って、ぎたあもろとも白骨
の我が身を煙のごとく消し去った。
 かくして、「歌い骸骨」の怪に「ろっきん骸骨」の怪が加わった
次第である。もし貴方が、ろっきん骸骨に出会ったら、耳をふさぐ
も無駄。あきらめて、ともに歌い騒ぐがよろしい。

(C) Eishi Kon


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