日乗日々漫録

「ロシア東欧文庫目録」(PDF)Ver0.8


古本屋雑感(書痴の独り言)

デフレ満喫。このところ、以前だったら欲しくても高価で手が届かなかったような本がもんのすごく安く出回っている。例えば、新潮社の『モーム全集』これ、確か全32冊で古書相場が12万位だったんだけど、3万で入手。モームはもっと読まれてもいいと思うのだけれども。モーム全集からの抜粋みたいな形で、新潮文庫で26冊モームの文庫が出ていました。角川文庫でも4冊位でてたかな?で、期待していたのがちくま文庫。かなりいい線まで行っていたのだけれども(例えば『アシェンデン』『中国の屏風』『かみそりの刃』とか出てた)、それ以降ばったりだな。岩波文庫がここ最近出し始めたけど。僕の贔屓のちくま文庫には頑張って欲しい。ところで、最近新潮文庫が侮れない。なんと内田百間の『百鬼園随筆』(正・続)を新刊で出したのだ。こけてしまった福武文庫、旺文社文庫は今では探すのが大変なので、新刊で読めるのはありがたい。新潮文庫で百間がタイトルとしてあるのは、何も今回が初めてではなくて、『昇天』(s23、伊藤整解説)がある。これも復刊して欲しいなぁ。(020615)

連休だから部屋掃除。重複本の多いことに気付く。いい本は何冊あってもいいよね、と自分に言い聞かせる。一番多かったのが『ギリシャ叙情詩選』。エディションクリティークの観点からすれば、鈴木信太郎みたく一冊の本なら全ての版を持っているのがいいんだろうけど、そこまで入れ込むことは経済的にも物理的にも不可能だな。それはそうと、最近手に入れた本。吉田健一『書架記』と『交友録』。栃折久美子の装幀なんだけど、実にいい仕事してると感心しました。誰が、って、二人とも。ここ数年は僕の中で吉田健一が熱いんだけど、やはり、彼の作品は単行本で持っていたいと思う。ちなみに、『交友録』は限定版を買ったのだけれども、実によくできた装幀/造本だと思う。実に豪華。皮装・天金。活字も印刷も凝っていて、紙媒体での読書の楽みを堪能できる。で、話を元に戻すと、岩波文庫の『千一夜物語』は今は新装版の13巻物になっているのだけれども、初版は26巻物。で、重版時も26巻なのだが、初版と重版では内容が違っていることに気付いた。オリジナルのマルドリュス版にある献辞が初版では全て書かれているのだ。エディション違い、侮るべからず。(020429)

このページの久々の更新だ。3年間ほったらかしにしておいた事になる。またぼちぼち再開しようかと思う。

(020320)


(〜1999年)

休みなのを利用して今まで積ん読状態であった本を供養すべく、読む。花粉症で外に出られない(部屋には空気清浄器が二台、マスクをしてという、さながら無菌室状態とでもいう部屋の中でである)ので、晴天を恨みながらも読書。晴耕雨読どころか、晴読雨読、昔で言えば書生か。さておき、古本屋巡りで楽しいのは、絶版図書を探すだけでなく、「非売品」の本を見つけることでもある。たとえば、図書館納入用の特装版がそれだ。文庫本で言えば、「角川文庫」「岩波文庫」「潮文庫」がある。図書館用以外の特装版として愛蔵版の「旺文社文庫」、門徒に配布した道元著の「岩波文庫」、復刊特装版(ビニール)の「角川文庫」がある。探したら、それ以外にもあるかもしれない。 16.Mar.


 早稲田の古書店で「サミュエル・ジョンソン伝」全3巻 みすず書房刊を購入。版元品切れで丁度探していた所なのでうれしい限りだ。得てして永いこと探しあぐねていた本が、ひょんな事から見つかることがあるのだが、それはとても楽しい。殊に、あきらめきっていたものが、格安で手に入ると、幸せな気分に浸れる。たしかに、この本は古書店でもよく見かけるし、そう珍しいものではない。ただ一介の学生に手が出るような金額ではない。私は馬場の古書店で一万五千円で買ったが、少しのためらいはあったものの、すぐにレジへいった。小脇に抱えて。

 この「サミュエル・ジョンソン伝」は昔岩波文庫で出ていた「サミュエル・ジョンスン伝」の完訳版である。文庫の方は創刊60周年記念復刊第二弾としてでるまで、ながらく稀覯本として、神保町ではうやうやしく鎮座していた。一万二千円。岩波文庫は春と秋の復刊で80点、毎月の重版(復刊)4点×12で計128点が再び日の目を見ることになる。岩波文庫に限って言えば、10年も待てば、必ず復刊されるという確率が極めて高いのである。


 某書店で「学海日録」を見つける。依田学海の日記だが、逸話によるとこれを耽読したのは、というよりも、読破したのは石川淳だけだったという。


 京王線H駅前の大型古本屋で一冊の「岩波文庫」を買った。「赤彦歌集」だ。岩波文庫は第二次大戦の出征兵に持たせる本として、軍部から調達されたのであるが、その時の文庫を買った。色あせた緑色の帯の裏には出征兵をねぎらう言葉とイラストがある。

 戦地でどのような思いでこの文庫本を読んだのだろう?

 ときどき見かけるこうした本を手に取るにつれ感慨深くなる。5.Dec.


 京王線のM駅のすぐ近くにセルバンテスの「ドンキホーテ」からとった店名の古本屋があった。今から3年前にこの店はなくなった。その後は飲み屋になった。店主のおやじ(敬愛を込めて「おやじ」と呼びたい)の体調が優れずやむなく閉店に至ったということだ。おそらく、そのおやじはもう、この世にいない。
 M駅の近くには大手予備校の寮、某大学の体育寮、都立高校があるので、店の品揃えは学習参考書や、「赤本」がある。いわゆる、何でも置いてある店構えで、客層も中高生から主婦、隠居などが多かったように思う。開店当時はそうでなかったのだが、しばらくしてから文庫本は一律100円だった。ページ数の少ない本は50円。総じて値段は安かった。
 文庫本と言っても、他の古本屋(古書店ではない)の店頭にある特価本のようなものではなく、神田や早稲田に持っていけば4-5000円するような稀購本も100円だった。それは、おやじの無知から来るものではなく、おやじは知っていて100円で出していたのだ。

 おやじは花田清輝の弟子だった、ということを、他の古本屋のおやじから聴いた。
 文学を、学生を愛していたおやじも、古本屋ももう、無くなってしまった。
 
 古本屋のチェーン店化がすすみ、商品知識もないくせにいたずらに高価な値段をつけて得々としている、そんな古本屋ばかりが目立つ昨今、もうなくなってしまった古本屋がいっそういとおしく思える。誠に、素晴らしい古本屋であり、愛すべきおやじだった。

 (追記)わざと、その古本屋で買った本を他の古本屋に持ち込んで儲けていた客もいたと、別の古本屋のおやじから聞いた。3.Dec.