1924年移民法(排日移民法)

 日米間の移民規制となっていた紳士協約を破棄し、「帰化不能の外国人」(Alien ineligible to citizenship)の移民を認めないという条項によって、日本人の移民を全面的に禁止した移民法。日本側からは「排日移民法」と呼ばれるが、条項のなかに日本を名指しにした部分があるわけではない。しかし実際上は日本移民を標的にした部分が大きい。
 当時、埴原駐米大使がヒューズ国務長官に送った書簡のなかに、排斥条項が制定されれば「重大な結果」(grave consequence)をもたらすと書いた箇所があり、これに反発して議会がいっせいに反日化し、可決された経緯がある。
 これによって、これまで事実上アジアのなかでは特別扱いがまがりなりにもつづいてきた日本について、他のアジア諸国と同じ(人種差別的な)取り扱いがされることになり、東京のアメリカ大使館の前で割腹自殺が行われるなど日本のナショナリズムを強く刺激した。当時の世論、特に新聞社は「国辱」と強く反応し、キャンペーンが繰り広げられる一方、日米開戦説が叫ばれた。

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