移民会社

 佐久間貞一らによる「日本吉佐」のほか、「明治移民会社」「横浜移民会社」「海外殖民会社」「神戸渡航会社」などが、移民熱の高まりとともに続々と設立。移民募集、送り出しにたずさわった。高額の周旋料などが社会問題化したが、ルート・高平協約による新規労働者移民の禁止によって終息した。移民会社の幹部には菅原伝、山口熊野、日向輝武などサンフランシスコの愛国同盟員、あるいは帰国して代議士だったものが多く含まれた。

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