薩摩藩留学生

 幕末、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)らの建白によって提議され、薩摩藩の藩校である開成所の秀才を中心に森有礼、畠山義成(のち開成学校長)、鮫島尚信(のち外務大輔)、東郷愛之進(戊辰戦争で戦死)、市来勧十郎(のち海軍中将)、長沢鼎ら計十五人の留学生と、監督役らが英国に派遣された。渡航、留学に際しては、長崎の貿易商、トーマス・グラバーが協力に当たった。

 一行はロンドンのガワー・ストリートに居を構え、ロンドン大学に学んだが、中にはスコットランドに出向いた長沢のように一行と離れるものもあった。

 幕末も押し迫り、慶応四年になって藩からの費用給付が滞り、また藩内部にも留学に対する反対意見もあって、一部には帰国命令が出されるなどした。この窮乏の中で、森、鮫島、長沢は以前日本に赴任していた経験を持つ英国の外交官・政治家、ローレンス・オリファントの紹介でトーマス・レーク・ハリスに出会い、アメリカへの渡航を決意。留学は発展的に解消していった。

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