千葉豊治


1881(明治14)年、宮城県志田郡古川町で、油商、材木商の息子として生まれる。吉野作造(1878〜1933)とは幼なじみ。
台湾官費国語学校を経て宮城農学校に入学。在学中に洗礼を受ける。早稲田大学政治経済学科に進み、島田三郎(1852〜1923)らに指導を受ける傍ら、海老名弾正(1856〜1937)の本郷教会に所属。また、「早稲田清韓教会」に所属し、海外への雄飛を考えていた。
1905(明治38)年早大を卒業し東京府農会書記となるが、翌年6月渡米。カリフォルニア州立大で学びながら安孫子久太郎経営の「日米」の編集に参加し、社説、産業経済欄を担当。また「日米年鑑」で日系移民の調査にあたる。
その後「北米農報」を経て1916(大正5)年にカリフォルニアの日系農民の組織化を目指して設立された加州中央農会の専務理事に就任。1918(大正7)年には理事長になる。
しかし、カリフォルニアにおける排日の動きに失望し、朝鮮、満州における日本人の海外発展を目指して1921(大正10)年、アメリカを離れ、渡満。

表紙に戻る