北沢鉄治

 フレズノ美以教会牧師。1911(明治44)年11月3日の天長節における、フレズノ不敬事件の中心人物。
 同事件はまず、同日、ベーカーズフィールドの美以教会員が祝賀会において「態度不遜」と指摘され、同地の責任者をかねていた北沢にご真影に対する敬礼の方について詰問したところ、その答えが不敬に当たるとして問題化した。
 日本人社会は2派に分裂し、互いに「非国民」「偽国民」と応酬。仏教系の立場から副島八郎が報国美団を組織して各地を遊説し、さらに日刊新聞「国民」を発刊して論陣を張った。
 調停に塚本松之助らが派遣されたが紛争は長期化し、1914年まで続いた。

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