幸徳秋水

 岡繁樹らが設立した平民社桑港支部を、日本の革命運動の策源地にしようとの計画と、さらに健康回復の目的のため、1905(明治38)年11月14日、伊予丸で日本を出港。シアトル入りの跡、サンフランシスコへ。
 サンフランシスコでは、アナーキストのロシア人、フリッチ夫人方に滞在する。我孫子、鷲頭らと交流。12月26日にはテキサスにいた片山潜が来訪した。
 渡米中の1906(明治39)年、サンフランシスコ地震に遭遇し、一時的に私有財産や貨幣価値が無効となった事態に接して平等な配給社会を感じたといわれる。
 同年6月5日、岡繁樹とともに香港丸で横浜に帰朝。船中で岡に「日本に革命を起こすためには天皇を倒す必要がある。君は帰国した上は貴族院の衛士を志願せよ」と、大逆事件の基礎を話したという。

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