森有礼

 1847(弘化4)年、鹿児島に出生。1865(慶応元)年、薩摩藩留学生として渡英。
 トーマス・レーク・ハリスとの出会いにより、長沢鼎らとともに1867(慶応3)年、渡米。1868(明治元)年、帰朝。
 1870(明治3)年、弁務使として米国赴任。このころ長沢鼎に帰国をすすめる。
 開明派だが、国会開設、人定憲法には反対していた。
 福沢諭吉らとともに「明六社」にかかわる。北京公使、駐英公使を歴任。初代文部大臣。1887(明治20)年、帝国憲法発布の日、暗殺さる。

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