永田凋(しげし)


1881(明治14)年、長野県諏訪郡豊平村の農家に生まれる。早稲田大学政治経済学科中退、代用教員を経て1902(明治35)年末、志願兵として札幌歩兵第25連隊に入隊。日露戦争に出征する。
1906(明治39)年復員し、札幌郊外に入植。1907(明治40)年、渡米の志を持って上京し、力行会に入会。キリスト教徒になる。
1908(明治41)年に渡米。北米農報社につとめ、千葉豊治とともに加州中央農会設立に参加。
1913(大正2)年、力行会会長の島貫兵太夫死去に伴い、帰国し第二代会長に就任。以後、ブラジル移民の拡大などにも尽力する。

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