大貫八郎

 1849(嘉永2)年生まれ。
 函館出港のノルウェー船でシアトル(当時わずか3、40戸の漁村)へ。海岸には一面に葦が繁殖していた。その後大陸を転々とし、1875年にはアリゾナ州フェニックスにすむ。アリゾナのツームストーンで銀鉱が発見されたという報を知っていついたという説もある。また、渡米したのは1876(明治9)年で、上陸したのはボストンであり、フィラデルフィアの万博を見物したともいう。
 当時のフェニックスは一僻村にすぎなかった。同地の住民が水に困っているのを見て、フートリバーのセンター橋の草原に枕木を積み立て、日本式の掘り抜き井戸を堀り、利益を得る。
 ハチロン・オーニックと称し白人女性キャサリン・シャノンと結婚し、その後郊外に640エーカーの土地を購入して農業を営んだ。フェニックス市の発展とともにガス、電灯の敷設事業に参画し、中部アリゾナ電灯電力会社の創立者のひとりにも数えられる。
 1904(明治37)年、いっさいの権利を市に譲渡してシアトルに戻り、1905(明治38)年東洋銀行を設立。1916年頃シアトル正金銀行を設立。デンバーでその後活躍し、老後はサンディエゴで送った。
 1935(昭和10)年ごろ、フェニックス市は銅像建立を計画したが、排日の情勢に流されて実現しなかった。

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