平智山

新潟県柏崎町出身。1902(明治35)年渡米。1904(明治37)年フレズノ市エフ街に時計店(平自由堂)を開業。夫人もも子、一男喜久男。
店舗は、長野県出身の尾沢寧次が経営する薬局「ホーム薬店」と同居の形であった。
「中加写真帳」に、丸顔に眼鏡をかけ、ひたいがはげ上がり、やや唇を突きだし気味の平の写真が掲載されている。
不敬事件では国民派に属し、副島八郎とも交友を続けた。サンフランシスコの日本人墓地に残る副島の記念碑の文を起草した。

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