岡繁樹

明治11年8月24日、高知県安芸市に生まれる。
中学校時代、撃剣、柔術に秀でるが、ピストルにはかなわないと知ってやめ、ナイフを持ち歩く。数学が得意であった。
小遣い銭をたくさんもっていたから、中学時代は不良だった−と本人は回想している。中学3年間で2回放校処分を食った。
17歳で家出し上京。神田三河町の下宿に住んで、人力車を引いて夜学に通った。
明治31年陸軍士官学校の入学試験をうける。
叔父黒岩直方(周六の養父)は土佐勤王の一人で、土方久元、田中光顕、南部みかおなどの親友であった。
明治32年、士官学校が不合格となったゆえ、黒岩周六に頼んで万朝報に入社。幸徳、堺、木下などと知り合う。成績はあまりよくなかった、とは本人の弁。
35年3月15日に横浜を出て、桑港に着いたのが4月3日。
以後、サンフランシスコでは印刷所を経営する一方、平民社の幹部として在米社会主義者の拠点となる。
太平洋戦争時、米軍に参加しインド方面で対日本軍工作に従事、ビラの作成などにあたる。

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