パガニニに学ぶ

アマチュア歴が昂じて一年半程経った頃、イギリスで出版されているバイオリン専門雑誌の「STRAD」に大変興味深い記事が載りました。

記事のタイトルは"Technical twist"で、あるパガニニのバイオリンに狂ったバイオリニストが大発見をしたという話でした。パガニニというのは、あのイタリアの「悪魔のバイオリニスト」の異名を取る天才バイオリニストであり、24 Capricci を作曲した御仁であります。トライしたことのある方はわかると思いますが、「これどないしてひきよるねん」と思わず天を仰ぐような非常に難しい硬骨の作品です。これをアマチュア歴1年半でやろうとするのは暴虎馮河のたとえにほぼ近いと言えるかも知れません。確かに、多分カプリスの何番だったか、人差し指がC弦の上の端にあって同時に小指がA弦の第7ポジションになければこういう事は出来ないのではないかと思わされるような箇所があったりして、驚異的な曲です。実際パガニニについて一部のバイオリンの評論家の中には、「パガニニは末端肥大症かまたはマルファン症か何かの病気を持っていて手がバカでかかったのではないか」という説を唱える人もあったそうです(歴史的根拠は無いですが)。これを何とか攻略しようとして、いろいろ試みる人は多いのですが、手首を無理に捻ったり回旋させようとしてCarpal Tunnel Syndromeになったり、関節痛や筋肉痛を来たしたりしてしまうのだそうです。

1946年にカサブランカのバイオリン音楽祭で優勝経験を持つイタリアのバイオリニス トのEttore Losco氏も実はご多分に漏れずパガニニの曲に魅せられてなんとかやってみようと試行錯誤しているうちに、節々の痛みを増悪させてしまった一人でした。彼は楽譜を見たり、自分のバイオリンでいろいろああでもないこうでもないとやってきてどうもパガニニだけは手に負えないと思って、あきらめかけていました。

そんなある日、偶々その辺のレコード屋でArther Grumiauxのパガニニの曲の演奏の音盤を見つけて、その中身ではなく、レコードジャケットの絵に目が釘付けになりました。それはパガニニがバイオリンを弾いている所をデッサン調に木炭でスケッチした絵でありました。そこに描かれてたパガニニが、自分のバイオリンの持ち方とは大幅に異なった持ち方をしているのを見つけたのです。彼はバイオリンの左側ではなく(普通は左にChin restがありますが)右に顎をつけて挟んで、肘は完全にリラックスの状態で体側にありました。しかも彼はバイオリンを非常に低く構えており、バイオリンの端まですべて上から見下ろすような持ち方をしていたのです。

これを見たロスコ氏は大急ぎで家に帰り自分のバイオリンを取って、顎をバイオリンの右に挟んで、左手を思い切り低く構えて、パガニニのカプリス第一番のアルペジオをやってみたら、弾ける弾ける、手首を無理してねじったりアクロバットのようなことをしなくても自然体で弾けるようになってびっくりしたのだそうです。それ以来彼はバイオリンを右側で顎に挟み、低位置に構えるという「正統」ではないポジションに切り替えて演奏をし関節や筋肉の痛みが少なくなってゆきました。更に驚いたことは、彼には当時10歳になる息子の Flavio Losco がいましたが、彼は6歳からバイオリンを始めたものの、前腕の腱鞘炎、二指の腱断裂、頚部筋肉の捻挫などという幾重ものトラブルを来たして、泣く泣くバイオリンを放棄せざるを得ない状況になっていました。そこでこのロスコ氏は、自分の息子にこのパガニニの特異なフォームを教えてみようと決心しました。そうしたらなんと、この息子はそれから 6ヵ月の訓練で完全に立ち直ってしまったのだそうです。その涙ぐましい父子の訓練の過程で、パガニニのポジションになって初めて"cavare voce di polso"(手首をして声を出さしめよ)と言ったという Giuseppe Tartini の言葉が本当だ!というのがわかったと言っていました。

該当の記事は「STRAD」April, 1997, pp400-403、に掲載されていますので英語の原文をあたってみたいかたはそちらをどうぞ。またこのEttore Losco 氏は自分のパガニニ研究の成果を本にして "Paganini et sa Technique" という本(値段は120仏フランだそうです)を出版しているそうですが、残念ながら、フランス語版しかなく、英語や日本語版はまだないそうです。誰か翻訳して下されば私は絶対に買うでしょう。

私もこの記事を読んで、ほんとかなと思って、自分のバイオリンを取ってそのように構えて持ってみたところ、確かに手首と肘にかかるプレッシャーが軽減したよう に思いました。また、気がついたことは、バイオリンの右側に顎を置いて挟むという事は、左側を挟むのとは異なり、一度軽く首を右側に廻してからバイオリンを挟むために頭を顎を支点にして左側に倒さなければなりませんが、実はこれはある医科大学の神経科の教授が「私が見つけた筋緊張性頭痛を軽減する手技」として医学生に講義を垂れていた頭部回旋手技と奇しくも全く一致するものだったのです。だとしたら、パガニニは同じ事に気がついて、いつまで弾き続けても疲れない自分なりのポジションを工夫して発見していたのではないかという可能性があります。私もそれで、パガニニのカプリスの24番をやってみましたが、少しばかりスムーズに行けるようになった気がしました。タルテイニの"Devil's trill"をやってみたら、パガニニ式にやって事実本当に疲れないで弾けるようになりました。

つまらぬ事ですが、何かの参考になれば幸いです。

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