リレー連載「私の高校時代」(4)


  今年、母校は創立90周年を迎えます。いったい何人の卒業生がいるのでしょう?
 単純に各学年300人と仮定して27000人、名簿の厚さは、80周年のそれで約3センチ。
  様々な高校生が様々に集って、それぞれの高校生時代を築いたに違いない。
 そしてそこには、我々にとって思い出に残る先生たちがそこにいらしたことも事実です。
  だからこそ、このコーナーを恩師とのペア投稿にしてスタートしたわけですが・・・。
  
  一人の生徒のファンであり続ける先生と、恩師としてその先生の名を迷わず口にした生徒の
 それぞれの「あの頃」です。
  あなたの「あの頃」と同じですか? それとも・・・・・・。

 


 

   第4回:思い出せば微妙な時代・・・・進路の核はそこに。 

 

竹川公訓さん(名西22回生)      恩師:金石仲華先生(国語)


 

◆ 名西時代

                                               竹川公訓

 わたしは、いま「高千穂遙」という筆名で小説を書いている。肩書は「SF作家」とすることが多い。
よく知られていることだが、SF作家のかなりの人たちが、漫画家を目指していた。漫画家になりたく
て、絵を描いたり、物語をつくったりしていたが、結果として夢破れ、SF作家になってしまったとい
う例が少なからずある。
実は、わたしも、そのひとりだ。

 名古屋西高時代は、ずうっと漫画を描いていた。仲間を集め、同人誌をつくり、青臭い漫画論をあ
ちこちで交わしていた。なつかしくもあり、恥ずかしくもある、微妙な時代だ。できれば、あまり思
いだしたくない。 わたしが描いていたのは、四コマ漫画である。いわゆる劇画やストーリー漫画で
はない。しかし、物語をつくるのは好きで、それを漫画にすることができない自分に、苛立ちのよう
なものをおぼえていた。そのことが、一種の反動にでもなったのだろうか。あるときからとつぜん、
わたしは小説(らしきもの)を書くようになった。星新一さんの作品に刺激され、まずはショートショ
ートを書きはじめた。長い作品を書かなかったのは、それを書きあげる力がなかったからである。
長編に挑めるようになったのは、上京し、大学在学中にアニメ・イラストの会社をつくってからである。
そういう意味で、高校時代は、まさしくひたすら修行の時代であった。
もっとも、現実には、そんな意識はなく、ただおもしろおかしく、好きなことをやっていただけのこと
であるのだが。

 なにはともあれ、わたしは名西にいるあいだに進路の核となるものを手に入れ、大学に入ってすぐに
それを実践に移すことができた。幸運としか言いようがない。なんでも、やってみるものだ。やれば、
チャンスはどこかからあらわれる。
振り返ってみて、最終的にわたしが得た教訓はそれである。月並みで、申し訳ない。

   

            ・竹川氏近影(ご本人から提供いただきました)






竹川公訓(高千穂遙)君の高校時代

                               金石仲華(元国語科教諭)

 一年生の時「教師なんか信用できる奴は一人もいない。」と
職員室で言い放ち話題となった。
二年生からは国語辞典をめくりつつ各科の授業を受け、
教師の板書の誤字・脱字を指摘した。
「生意気な生徒だ。」という人と「すごい。」「面白い。」という人と
教師の彼への評価は二分した。私自身はこのような
彼の言動、および彼の頭の良さ、プライドの高さに
魅力を感じていた。
二年生の時に彼のクラス担任となった。
印象に残ったことを二つ記す。

(一)修学旅行で竹川君たち七人を広島の宿においたまま出発したこと。

   出発の朝、宿の朝食が七人分残った。学年主任の
  先生が「もう一度点呼して下さい」といわれた。
  愚かで、いい加減で「信用できない」教師の私はしっかり点呼せず、
  バスで出発した。
   少したって室長が「先生、座席がずい分空いています。」といった。
  あわてて点呼すると竹川君のグループが七名乗っていなかった。
  古川金憲先生がバスを降り、タクシーで宿へ引き返された。
  竹川君たちは宿の離れに泊っていたが、前夜おそくまで「格闘技」
  の実演をしていて、グッスリ眠り、一人も起きてこなかったのである。
  彼らは原爆ドームの参観をとばして、宮島へと直行した。
   教員も生徒も誰一人私をとがめなかったが私は心より恥じた。

(二)竹川君と森下君の二人がすばらしい授業をやったこと。

   現代国語の教科書に「ロダンの言葉」が載っていた。
  ロダンの「美」についての短い、それ故に抽象的で難解な言葉であった。
  未熟な私はどのように生徒に説明したらいいか自信がないまま授業に臨
  んだ。
   始まるとすぐに竹川君と森下龍治君(芸大美術科進学)が論争を始めた。
  二人とも各自の美的センス・言語能力を含めたあらゆる能力を駆使してい
  い合った。
   まるで「鬼平」と「秋山小兵衛」との真剣勝負のようであった。
  授業終了のベルが鳴り勝負は中断された。
  私も他の生徒たちも二人の論争に酔い、かつ上質の日本料理を食べたよ
  うな満足感を覚えた。
   ロダンの言葉は確かな存在として腹におさまった。
   長い教師生活の中で唯一の「会心の授業」であった。

        ※          ※          ※

   竹川君が立派な作家になって心から喜んでいる。
  最後に彼の作品について述べたい。
  彼の作品はどれも素晴らしい。私はその中でも「クラッシャー・ジョウ」
  と「ダーティペア」のシリーズ物が特に好きである。
  SFだが登場人物がとても魅力的である。
  文章は無駄がなく軽快である。
  特に会話がいい。
  女性同士の「会話」は目前で話しているように活き活きとしている。
  池波正太郎の作品と共通する雰囲気である。
  「ダーティ・ペア」は女性の二人組だが、宇宙規模の困難な事件を解決に
  向かう。しかし、彼女たちは任務はやり遂げるが、一つの星全部を破壊した
  り、味方の宇宙艦隊を全滅させたり桁外れの失敗をする。
  これがとても壮大な「こわし」で読んでいて大層快く面白い。
   今後ともどんどん良い作品を書いて欲しい。


私の高校時代               4


 

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