★☆★R.I.P.〜forever Papi〜★☆★
〜Requiescat In Pace〜


タイトルはラテン語で、「逝ける人に冥福あれ」という意味です。 今回は‘人’ではありません&私的な内容で申し訳ありませんが 2月の初めに天国に行った(はずの)愛猫をやはりきちんとした形で サイト上で追悼してやりたいと思いファイル作成を決めました。
実は拙宅は元々彼女のことを書きたくてスタートしたようなもの なのです。つまり、私が居候時代に大家である洋子さんにそんな話を 持ち出して「なら載せましょう」ということになって…。その時 パピは「中田パピ」でした。そう、中田というのは‘ひで’です。 当時私は彼のサイトにあるメールのフォーマットから何度も彼に メールを書きました。日常のあれこれを伝えたり、応援メール を記したり、それこそいろいろなことを毎日のように(実際には 1週間に2、3度くらいかな?)記しては送信しておりました。 そんな私の余りに頻繁なメールが彼の目に留まったのか(メール) 紹介のページにはなんと100通以上も私のメールが載った次第です。 ↑の話はご存知のお方も少なくないと思います。拙宅を隅から 隅までご覧いただければ、ひでの(ことやそんな風にメールを沢山 載せてもらった)ことがあちこちに記してあります。そして、我が 愛猫のことも。↑の「中田パピ」がそのまま記してある項もあります。 肝心のことを記してませんね。「何故私の愛猫が中田姓になった のか?」と言う点を説明しなければなりません。つまりそんな↑ 風にあの有名サイトに載せてもらえてそれを嬉しく感じた私が 当時の大家さんである洋子さんに愛猫のことを伝えて、そういう 日常的なことを書いていくつもりで、故に猫も「中田パピ」と いうフルネームで登場させようという予定だったのに…どこで どう間違えたのかこのようなサイトとなり、独立してもう何年? ま、それはそれで(多分に?)仕様が無いとしても、うーん パピのことをまともに(コーナーとして)記しているところは なく、そうこうしている間にこの世を去ってしまったのです。 ===☆=☆=☆=☆=☆=== 我が家に来た(うちの家族になった)のは娘が小学校3年の 夏くらいでした。それより約2年前からうちの家の庭に出入り していて、その時既に成猫でしたので、享年推定11歳くらい でしょうか?パピのことは書き出せばいくらでもネタがあります。 本当にどうしてもっとこまめに彼女のことを、コーナーを設けて 載せて行かなかったのか?と居なくなってから感じることが悔しい。 ですが、我が家には既に二代目と呼ばれる猫が来ていて(板や メールでお知らせしてあります。これまた来る予定はなかったの ですけど世の中って予期せぬことが起こるものです)新しい 生活が動いているのです。立ち止まってはいられない…。 ゆっくり偲んでいたい気持ちと「もうあの子はいないのだから いつまでも想っていても仕様が無い」という気持ちが 今尚交錯していますが、‘どちらの子のためにもきちんとする’ のが主としての役目だと思いますのでもう少しお付き合い下さい。 写真はそれこそアルバム数冊分ありますが、ここでは日常的に 携帯画像として収めていたあの子を見てもらいたいと思います。 パピ(把琵):享年(推定)11歳、性別避妊♀、性格極めて温厚 猫種はMIX、主治医によるとヒマラヤンと日本猫(MIX)のMIXで あろうと。個人的にはメインクーンとアメショーのMIX希望(をい) 我が家では神にしてセラピストでした。優しい気質でひっかかない 噛まない、そして聞き分けも良くて何もかもが素晴らしい猫でした。 家族の誰もがどれほど彼女に癒されたことでしょう… 時々訪れるビジターから家族になった経緯を説明しておきます。 ご近所さんの猫(家族)であった彼女が突然姿を見せなくなって から3日が過ぎ、5日が過ぎ、そして1週間、心配した私はその お宅を訪ねました。すると「引越された」とのこと。元々親類の 家を借りていたM一家は、本来の持ち主が移転してくることから パピ(既に我が家で名前がついていた)を伴い少し離れた集合住宅 に引越されたようでした。お別れも言えず行ってしまったパピ、 娘が一番淋しがりましたが、私も同じ気持ちでした。しかし現実を 受け入れざるを得ず、諦めて約2週間が過ぎた頃でした。 「庭にパピが居る」と娘が言い、その通りの状況に驚かずには いられませんでした。他の猫とちゃうん?と思いながら近寄ると 間違いなくパピ、それにしても何故?おまけに汚い…。(汗) 事情はすぐに判明しました。パピの飼い主(ご家族)が彼女を 探してうちの近くにいらしたところで彼女を発見、うちの庭にいる のを見つけ‘とある決心’をして拙宅を訪問してくれました。 彼女は数日前から家出をしていたようです。 心配したご主人(特に彼女をかわいがっていらしたのは年輩の男性 で私の父親くらいの年齢の人です)ですが、うちの庭で元気で 居るのを見かけ次のように仰いました。「無理に連れて行きました が、お宅の庭が好きなようです。前に居た環境の方を選んで出て 行ったので連れて帰っても(また)戻るかも知れません。もし ご迷惑でなければ飼ってやってもらえませんか?」断る理由はあり ませんでした。こうしてパピは我が家の正式な家族になったのです。 それにしても犬ではよく聞く「元の家(環境)に戻る」という 逸話がまさか猫でもありえるとは!パピが汚れていたのは こういう理由であったのだなぁと納得。「よろしく」の言葉と 共に差し出されたノミ取りシャンプー、ノミ取り薬、カリカリ(固形 フード)猫缶、等々。そしてシャンプーは早速役に立ちました。(笑) 猫を洗ったのはこれが生まれて初めてでした。実家で飼っていた 猫は元ノラであり、まともに触ったり抱かせたりしてくれず 当然洗うことはできませんでした。短毛種であり、また、外での 生活時間が長かった彼女は洗う必要はないと家族の誰もが考えて いて、そんなこんなで齢ン十ン歳にして始めて洗った猫。何でも 経験するということは大切です。長毛種は洗えば貧弱だと知り ました。そしてとても乾きにくいけれどドライヤーが嫌いなことも。 画像を公開です。↑はダイニングテーブルにかけた 「手」が印象的で「手」と言うタイトルの画像です。 え?猫に「手」はないって?あるのー!(笑) テーブルの上に載ってるのはナンナンダ?(笑) 撮影日時は03/07/25 18:17。夏の夕刻でした… 大好きな横顔のパピ。横顔は珍しいというか 余り撮らないのですが、これは良い出来だと 自分でも思います。(苦笑)一時期携帯の 待ち受けにしていた大好きなパピです。 撮影日時は03/07/31 22:30。夏の夜、そしてナカジの誕生日… 娘がパピを抱えたら腕に巻きついて 「ダッコちゃん」のようになったショットです。 ふかふかの被毛が気持ちよさそうです。 眠そうな表情も可愛い、おばあさんの年齢なんやけどね。 撮影日時は03/10/23 20:09。夕食の後のショットですね。 床下収納を開いた時にそこに入り込み、上を向いて鳴いて いるところです。猫は狭いところが好きです。(笑) 撮影日時は03/12/14 12:39。お昼ですね、でもこの時娘が 居たのを憶えています。日曜日だったようです。 暮れはこんなに元気だったのです。よく寝ていたけど 猫はよく寝るものだし、おばあちゃんなので寝るのかな? と思っていたのに…違ったということ?思い出すとつらいなぁ。 これが最後の写真です。まるくなって寝ていたのは体が つらかったからだとは思いたくないけれど今となっては そうなのだろうと感じます。年が明けてからの写真は この1枚しかなく、年末にはクリスマスツリーの オーナメントにじゃれて沢山リボンや松ボックリを 床に叩き落してくれていたのに、本当に症状があっと 言う間に進行してどうしようもありませんでした。 撮影日時は04/01/13 10:34。 もっともっと長生きして欲しかった… 改めて写真を貼り、彼女のことを語っていると 段々と時間が後ろに引き戻される気がします。エピソードをもっと もっと記したいような、また逆にこれ以上書くととめどなくつらく なって行くような…亡くなったのは今年の2月8日の夜遅くでした。 病名は「猫ウィルス性腹膜炎」、コロナウィルスの感染により発病 し、体力及び視力の低下、運動能力の低下(四肢の機能の退行) 神経衰弱、内臓機能低下等々、つまり全身の機能が低下して致死 する可能性が極めて高い病気です。ウィルスのキャリアとなる 経緯は様々で感染したから発病するとは限らないそうですが ひとたび上記のような症状が見られ始めると進行を食い止める のは難しいという診立てでした。↑にも記したようによく寝る ようにはなっていましたが、まさかこんなことになろうとは…。 キャリアになったのがいつなのか、またどういう経緯を経たのか は不明で、2月に入ってすぐ、急に食べなくなったなぁと 思ったら…あっという間に。気づかなかった我が身を責めずに はいられませんでした。丁度仕事が忙しくなってきた時で 彼女のことを見てあげて居なかったということに他ならなくて。 今更どうにもならないのですが、家族全員の目の前で息を引き 取ったことがせめてもの救いでしょうか?猫は自身の寿命を知り 姿を消すと言いますし、実際、愛猫の死を見届けずに終わる飼い主 の方が多いようでありますし。‘その瞬間’つまり最期の時は今も しっかりと憶えています。きっと真性アルツにでもなって記憶の かけらが一枚一枚頭の中から消えてゆくようになるまで忘れる ことはないでしょう。嗚呼、書き出すと長くなるなぁ。心の中に しまっておこうかな…でも、どうもね、私は彼女のプライドを 傷つけたような気がするのですよ…ってな話を書き始めると 本当にいつまでかかるかわかりません。うまく表現できなくて 書いては削除し、削除しては書き、を繰り返すでしょう。 だからこれくらいで幕をひきます。 ===☆=☆=☆=☆=☆=== 最後に拙宅の板に私が記した(ごく短い)闘病の経過記録と お客様がたから頂戴したお見舞い及びお悔やみの言葉を 記して彼女への追悼を終えたいと思います。 パピ…:2月 7日(土)03時20分27秒 タイトルは我が家の愛猫の名前です。 寒さのせいか、はたまた年齢のためか(推定年齢10歳以上) 病気になってしまい、6日お医者さんに行ってきました。 重病みたい・・・かわいそう。 家族だからとても心配です。 詳細は書けたら書きますが、とにかく心配で・・・ ご近所のネコだったのが我が家の庭によく遊びに来ていて その一家が引越しの時に連れて行ったのに 我が家の庭が好きだと帰ってきたパピ そこのご家族からうちの家族にしてやってくれと言われ 7年が過ぎました。 もっともっとうちの家族で居て欲しい。 だから治って欲しいです。 性格のよい子で「自分史上最高cat」なんです、パピは。 元気になっておくれ、パピ・・・ fromてる / 心配だねえ:2月 8日(日)01時13分16秒 パピちゃんの回復お祈りします。 ぐすん・・・:2月 8日(日)01時24分24秒 てるありがとう。 んでも重病なのです。 急に発症するんだもんなー。 1月の終わり頃まで普通だったのに・・・ いつキャリア(ウィルスは前から持っていたのだろうと いう見立て)になったのかはわからないんだそうです。 風邪?と思った時に<くしゃみをしていた お医者さんに行っておけばよかった・・・と 今更思ってもどうにもならないし・・・ 喪中:2月 9日(月)01時47分55秒 パピ看護の甲斐なく 8日の午後11時前になくなりました。 つらい・・・ あんなに容態が急変するなんて。 ただただ悲しいです。(号泣) from魚座☆さん / ご冥福をお祈りいたします:2月 9日(月)16時27分13秒 ご家族同様に、いやご家族以上に愛されたパピちゃん そんなパピちゃんを突然亡くされて、 今は深い悲しみの中にいらっしゃることでしょう 言葉もありません 心よりご冥福をお祈りいたしております。合掌 人でないつらさ:2月10日(火)13時29分37秒 相手が人でないからその分つらいのです。 これでよかったのか?と自分を責めます。 だからそれがつらいというかいつまでも そのことが心にひっかかるのです。 人ならそんなことはないから・・・ 漠然とした話ですみません。 どこかに詳細を書きますのでまたその折にでもご覧下さい。 魚座☆さん、ありがとうございます。 fromえりこ / 謹んでお悔やみ申し上げます:2月11日(水)11時59分54秒 って、なんだかなあ・・・な言葉だけど、 なんて言っていいかわからない…。正直なところ。 Nalがどんなにぱぴを好きだったか、知ってるよ。 会ったことなかったけど、 何年か前の年賀状に Nalといっしょに写ってた姿、忘れないよ。 キーボードにむかうNalの膝に で〜んと座ってる姿、いつも想像していたよ。 でも、きっと幸せな人生だったよね?>ぱぴ ありがとう。:2月12日(木)04時03分15秒 えりこありがとう。 パピは娘でした。 とにかく家族だった。 仕事してると邪魔しに来て「遊んで」って言う。 幸せだったかも?やけど本人<私です、は悔いてるの。 書き出せば長くなる。 自分をまだ責めてる。 ま、こういうのも貴重な経験やと思うので 逃げたいとも思っていないのが私のらしいところかなと 自分で思ってる次第。 当分すっきりしないだろうけれど それはそれで構わないよ・・・ fromCalimeroさん / 驚きました。:2月12日(木)18時58分15秒 久々にのぞきに来てみて、おどろきました。 パピちゃんのご冥福をお祈り致します。 私も親戚の家でかわいがっていたネコを病気でなくしていますが、 そのネコはなくなる前に自分の居場所から出て行ってしまいました。 必死に探しましたが、自分の最期を私たちに見せたく なかったのか、それっきりで。 最期まで皆さんに家族として見守られて、パピちゃんは幸せですね。 ネコは家につくといいます。 きっとどこかで皆さんのことを今度は パピちゃんが見守ってはると思います。 そうなんです、だから・・・:2月13日(金)00時53分50秒 Calimeroさんありがとうございます。 ↑のタイトルは「なくなる前に出て行ってしまう」という内容に ついてです。実家で飼っていた猫の最期もそうでした。 こやつは長生きでした。去年亡くなったので15年? いや16年生きていたことになるでしょうか? いなくなる前に何かをしきりに訴えるようにないていたと 実家の母が言っておりました。それを最後に姿を見せなくなったと。 ↑のような話はよく耳にします。で、我が家ではそのことに ついてあらかじめ話し合っておりました。 そんな形でお別れになるのがいいか それともみんなが最期を見届けるのがいいか 娘の意見が最優先で、彼女はこう言ったのです。 「外に出て行かせると道で最期を迎えている(どういう状態か おわかりですね?)ネコを見る度にそれをパピかも?と 思ってしまう。顔も見えないしわからないけど気になってしまう、 それは嫌、だから見届けたい」と。で、その通りにしました。 周囲の人には珍しがられたし私自身もこんな経験は初めて でした。<自宅でネコの最期を・・・なんて 納得して受け入れた死です。ただ、余りに早かった。 きっと風邪?と思えた咳もその病気だったのだと今ならそう思えます。 いろいろあったけどたくさんのものを私に残してくれました。 だからその死ともきちんと向き合おうと思っています。 これまでも、これからも。 そして、てる、えりこ、魚座☆さん、Calimeroさん みなさんにこんなに気にしてもらえて本当に幸せな子です。<パピ 天国に行くのだ。私が入れてあげたねずみのおもちゃを持って レオブルーのノミとり首輪をつけて。 首輪にはいつも娘が書き込んでました。 「この子が困っていたら09082××008×へ電話してね」と。 番号は私の携帯のものでした。 パピの近くを天国に向かって歩くお方、 迷っていたら天国へ連れて行ってやってください。 とっても性格の良い子ですので・・・ ===☆=☆=☆=☆=☆=== その時を振り返ると今でも悲しいです。 昨日のことのように思い出してしまいます。 掲示板以外でも(例えばメールで)お悔やみや励ましの お言葉を沢山頂戴しました。本当にありがとうございました。 ↑パピにと頂戴したお花です↑ ありがとうございました。 最後に直後の心境を綴った書き込みを転載します。 一部改行して加筆してあります。 近況です。:2月15日(日)01時47分1秒 ネコのことを引き摺りながら仕事に追われております。 7年余の歳月は長く、ことあるごとに思い出しています。 いることが当たり前になっていたので 居なくなった今、何もかもが懐かしいです。 あ、天気のいい日はよくここに座ってひなたぼっこをして いたな・・・<カウチなどを見て 姿が見えないなーと思ったら私のキッチンの椅子に座っていて 「あぁ、椅子を引こうとしたら重かったな」等々。 こうしてこれからも日々思い出して、そのうち少しずつ忘れて いくのでしょう。でも、別に忘れなくてもいいです。 思い出すたび淋しい気持ちが生じるけれど、 それが積み重ねた年月の長さと想いの深さに比例していて、 いうなればそれが彼女と過ごした日々の味わいでもあると思うから… こんなことも――夕食の準備にかつおだしをとろうとしていて 花かつおの袋に手をやっても駆け寄る姿も声もなくて 「淋しいなぁ」と言うと娘も同意。 庭から鳴き声が聴こえないかなぁ?と私 聴こえたりして?と娘 化けてでもいいから出てきて欲しいよ・・・と私がいうと ホンマや、化け猫でもええわ!と娘 溺愛ってこういうのを言うのでしょうね。 本当に化けて出てきても多分怖くない。不思議な気持ちです。 ===☆=☆=☆=☆=☆=== 今更の追悼記を最後まで読んで下さり有難うございます。 あの子(パピ)にもいい供養が出来ました。感謝&合掌