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06 乱馬の二等辺三角関係

 翌朝、乱馬は靴をはきながら、あかねに訊いた。
「なぁ、もうひとりは?」
 いつもの制服姿で学校鞄をもち、乱馬と一緒に靴をはいているのはショートヘアのあかねである。
「あとから来るみたいよ」
 一緒にくればいいのに、と思ったが、髪の長いあかねは昨夜あんなに怒っていたのだから、顔をあわせたくないのかもしれない。
「じゃ、行くか」
 乱馬はトントンとつま先で地面を蹴って靴をはくと、天道家を出た。スズメが鳴いている。いつもどおりの朝だ。
 フェンスの上を歩いていて、振り返ると、50メートルほど後ろにロングヘアのあかねがついてくるのが見えた。紺のカーディガンにスカートで、鞄は外出用の小さなリュックを持っていた。ショートヘアのあかねが制服と学校鞄を使っているのだから、彼女が私服なのは当然だ。
 けれど後からついてくるあかねは顔をあげなくて、”とぼとぼ”という表現がぴったりの歩き方をしていた。
 やっぱり、先に行くんじゃなかったな。乱馬はそう思ったが、ショートヘアのあかねが「遅刻しちゃう」とせかすので、待たずに行くことにした。
「おはよう天道あかねーっ」
 前から両手をひろげて九能が駆けてきた。
「きゃーっ!?」
 いきなり抱きすくめられて、あかねは驚いてもがいている。
 乱馬はフェンスから九能の頭上に飛び移って、ぐりぐりと踏みつけながら、
「おはよう九能センパイ」
 と挨拶した。
 あかねが九能の腕の中から逃れた。乱馬は眼をまわして倒れた九能から、降りた。
「あかね、おめーなに隙みせてんだ。いつもならおれより先に一発見舞って…」
 乱馬はそこまで言って気づいた。もしかしてショートヘアのあかねはおとなしいだけじゃなく、力も弱くなっているんじゃないだろうか。九能の抱擁から逃れるだけの力もないとすると、厄介なことになる。
 こんなときに限って、シャンプーの声がした。
「イ尓好ー乱馬!」
 自転車が空から降ってきた。シャンプーだ。
「乱馬、これからデートするある」
 シャンプーは乱馬の首根っこに抱きついた。乱馬はやめろよっと身をそらしながら腕を振った。あかねが何も言わずにその様子を見ている。いつもならあきれて先に行ってしまうのに。
 意を決したように、あかねは乱馬に声をかけた。
「乱馬! 遅刻するし…学校行こ」
 シャンプーは乱馬に抱きついたまま、あかねをにらんだ。
「あかねはひっこんでるよろし」
 そう言って、中華スプーンを投げつけようとした。
 乱馬は「やめろっ」とシャンプーの両手首を押さえた。シャンプーの手からスプーンがこぼれた。今のあかねの力でシャンプーと喧嘩をしたら大怪我するだろう。
 そのとき、後ろからリュックが飛んできて乱馬の後頭部にぶつかった。と同時にもうひとりのあかねが追いついてきて、乱馬の胸倉をつかみ、ひきおこした。
「朝っぱらからいやらしいっ」
 すぱぱぱぱーんっ、と見事な往復ビンタが決まって、乱馬は崩れ落ちた。登校中の生徒たちが遠巻きにその様子を見ている。
 ロングヘアのあかねは一息つくと手のひらをはたいてリュックを拾い、行ってしまった。




 ショートヘアのあかねに助け起こされ、登校した乱馬だったが、教室の話題はすでにあかねがふたりになったことでもちきりだった。ロングヘアのあかねはいつもの乱馬の隣の席ではなく、一番後ろの空いた席についている。
 乱馬がふーっとため息をついていると、隣席のあかねが立ったのをきっかけに、ひろしと大介がからんできた。
「よー乱馬」
「許婚が3人になったご感想は?」
 そういえば、右京も入れて3人の許婚がF組内にいるのだ。波乱の予感がした。
「身がもたねーよ」
「うぐっ。まさかとは思ったが、なんて破廉恥な!」
「まだ高校生だろ! 自分の行動には責任を…」
 何のことを言ってるのだろう。
 ひろしが、「まさか3人で一緒にお風呂に入るとか!?」
 と瞳を輝かせて訊いてきたので、やっと乱馬にもわけがわかった。
「ばっ」
 否定しようとすると、顔が赤くなってしまった。「んなわけねーだろ! ひとりの相手でも大変なのに!」
「ひとりの相手!?」
「そっかー、ひとりづつか」
「あげあしとるんじゃねーっ」
 乱馬がわーっと腕を振っているところへ、ロングヘアのあかねが帰って来たので、ひろしと大介は去った。どらえもんのテーマを歌いながら。
 あんなこっといいな、でっきたらいいな〜…。
 男子高校生ってみんなあんな助平なんだろうか。自分だって女の子に興味がないわけじゃないが、あんな風に表に出して言うことなんてできない。
「ねえ乱馬」
 髪の長いあかねのほうから乱馬に話し掛けるのは、今日が初めてだ。
「もうひとりのほう、知らない?」
「知らねーけど」
「あの子、腕力ないから、ひとりにしないほうがいいと思うんだけど」
 そういえば、乱馬の許婚をやるには、シャンプー、小太刀、右京に対抗する腕力がいるのだった。乱馬が見回すと、教室には右京もいなかった。
「やべっ」
 と乱馬は駆け出した。3階だったが窓から飛び降りた。もし決闘だとしたら校舎裏だ! せめて、逃げ切っていてくれ。
 駆けつけたとき、校舎裏ではすでに右京、小太刀がそろっていて、一度にそれぞれの武器を振り上げているところだった。あかねは逃げるどころかその場にうずくまっている。
 乱馬は一瞬であかねの腰のリボンをつかむと、逃げ出した。
「乱馬さまっ、なぜかばうのです!」
 小太刀のリボンが乱馬の服を裂いた。
「乱ちゃん! 他人の勝負に口出しせんといてんか!」
 右京の放ったヘラが頭と肩に刺さった。
 校舎内を逃げ回って、やっと屋上まで来ると、誰も追ってこなかった。乱馬は一息ついてあかねをおろした。
「ここまでくりゃ大丈夫だ」
 あかねは「乱馬、刺さってる」と言って頭のあたりを指差した。
「ん、ああ」
 乱馬は頭に手をやって、刺さっているヘラを抜いた。ちょっと痛かった。
「お前、弱いならノコノコ呼び出されて行ってんじゃねーよ」
「ごめんなさい」
「喧嘩ふっかけられても、逃げろ。いいな?」
「だって…」
「手間かけさせんなよ」
「…」
 乱馬が全部ヘラを抜き終わって傷を撫でた。あかねが言った。
「そんなに迷惑なら来てくれなくてもよかったのに」
「迷惑っていうんじゃねえけど。怪我するだろ」
「心配してくれたの?」
「そりゃー…」
「ありがと。乱馬の怪我、後で手当てするね」
 やけに素直だ。
 そのとき、不意をついて別の女の声がした。
「あかねがふたりになったの、本当らしいあるな」
 シャンプーだった。シャンプーは少し離れたところで腕組みをして、あかねをながめている。
「そうだ! シャンプー、呪泉郷の通販グッズのこと知らねえか?」
 乱馬はシャンプーに詰め寄った。
「あかねが通販グッズの双生児溺泉(シュアンションツニーチュアン)かぶっちまって、湯、かぶっても双子のまんま元に戻らないんだ」
「噂に聞いたグッズの最新シリーズあるな。戻る方法、教えてやってもいい」
「どうすんだ」
「2、3時間で元に戻るある」
「もう一晩経ってんぞ」
「あとは本人たちが納得すればひとりに戻るある」
 あかねがシャンプーにたずねた。
「どうしてそんなこと教えてくれるの?」
「これ以上乱馬の女増やしたら厄介ね。乱馬、この礼にあとでデートするある。再見!」
 シャンプーは右手をかざすと去って行った。





「ごめんね、あたしのせいで」
 あかねがバンソウコウを乱馬の頬に貼った。乱馬は道場で手当てを受けていた。いつもはぺんっと少し勢いをつけて膏薬を貼るのがあかねの癖なのに、今はそっと撫でるように両手で貼ってくれている。指先がときどき頬に触れた。これも双生児溺泉の効果だろうか。
「お前のせいじゃないって」
 乱馬は違和感を覚えた。いつもなら、「あんたが」「お前が」となすりあいをするのに、こっちのあかねと話しているとどうも調子が狂う。
「でもね」
 あかねが新しいバンソウコウを手にとってもじもじといじった。「守ってくれたでしょ。嬉しかった」
「あ、うん。怪我されちゃ困るし」
 乱馬はそう言って照れをごまかした。
「いっつもあたしのこと怪力って言って、危ないとき他の女の子助けたりするから、寂しかったの。でもさっきみたいに助けてくれるなら、弱いままでもいいかなって」
 あかねは、えへへ、と笑った。「あたしのこと守ってね」
「あかね…」
 そんなくだらないことで寂しい思いをしていたなんて。
「なんでえ。いつも、今みたいに素直にお願いすりゃきいてやったのに」
「本当?」
 まっすぐ見つめられて、乱馬は身をそらした。なんか、バンソウコウ貼るだけにしては、顔、近くないだろうか。
「う、うん」
「これからはあたしのこと守ってくれる?」
「うん」
「浮気しない?」
「お、おれ、浮気なんかしたことねーもん」
「意地悪いわない?」
「言わねえよ」
「あたしの料理食べてくれる?」
「…おう」
「ときどきは、優しくしてくれる?」
「おれはいつでも優しいだろ」
 あかねは救急箱を閉じながら、笑った。
「そうかしら。あたし、本当はね……乱馬に優しくされて、あたしも乱馬に優しくしたい。喧嘩するのもちょっと楽しいけど、本当は辛いもの」
 あかねは寂しげに目線をそらした。
 乱馬は、あかねとの喧嘩を辛いなんて感じたことはなかった。腹が立つだけで、あかねの怒った顔を見るのは嫌いじゃなかった。長い間修行に出ているときなんか、また帰って喧嘩したいな、とさえ思う。
 こいつ、本当は神経か細いんじゃないだろうか。
 もう泣かせたりしない。意地悪なんか言うもんか。無神経にあかねを傷つけていたと思うと、申し訳なかった。可憐な花を手折ってしまった気がした。
「おっ、おれっ。これからは!」
 乱馬はそう言って、あかねの手をとったが、あかねの瞳に見つめられると胸がつかえてしまって、続きが出てこなかった。頭に血がのぼるのが自分でもわかる。
 これからはも少し優しい男になるぜ。と言うはずだったのだが。
(おれってやつは…)
 意気地がない。
 乱馬は汗を流しはじめた。あかねはそれを見て、きゅっと手を握り返した。
「乱馬…」
 あかねは眼を閉じ顔をあげた。
 これは間違いなく、キスして、ということだろう。
 かわいい…。
 あかねの柔らかそうなくちびる。人形みたいに繊細なまつげ。考えたら、こんな可憐な少女が自分みたいな武者修行ばかりしてた男と喧嘩したり、怒鳴りあったりして、平気なわけなかった。もっと早く気づいてやれたらよかった。
 可愛い同い年の女の子に、あかねに、口付けを許されているのは、不思議な感じがした。乱馬は、女の子と気持ちを交わすのは初めてだった。
 どきどきして何がなんだかわからない。乱馬は自分の鼓動を聞きながら、半分眼をとじ、顔をかがめて近づいた。あかねの匂いがした。口をつけたら抱き寄せてしまおうと、あかねの腰のあたりに手を添えた。あかねの下唇のふくらみまであと数センチ。乱馬は薄目をとじ、まぶたの裏にキスを待つあかねの顔を描いた。唇に全感覚を集中した。
 カタン。
 3メートルは軽くとびずさった。あかねもびっくりしている。最高潮にいいところだったのに! また家族たちの覗き見かと、乱馬は道場の入り口をにらんだ。
 スカートのすそが見えた。もうひとりのあかねだ。パタパタとスリッパの音が遠ざかって行く。あかねといいところだったのを、あかねに見られた。どうしたものかわからなくて、乱馬は、ショートヘアのあかねをうかがった。
「行ってあげて」
 ショートヘアのあかねは言った。「追いかけて」
 続きができるかも、と思っていた乱馬は、落胆した。





 もうひとりのあかねの後を追った。茶の間にはいなかった。なびきが、「髪長い方のあかねが、バンソウコウ持ってあんた探してたわよ」 と言った。髪の長いあかねも、乱馬の傷の手当てをしようと思ったのだろうか。まさかな。乱馬はつぶやいた。
「あかね」
 乱馬はノックして声をかけた。
「入るぞ」
 返事はない。乱馬はあかねの部屋のドアを開けた。
 あかねが机に向かって座っていた。乱馬には背を向けた状態だ。
「何よっ」
 とあかねは言って、振り返った。乱馬は驚いた。あかねの声はうるんでいる。「ほっといて! ひとりにしてよ」
「なんで泣いてんだ」
 乱馬は慎重に言葉を選んだ。ショートヘアのあかねに助言されたことを思い出しながら。―――優しくしてあげて、あっちのあたしは可哀想なの。
「大っ嫌いよっ。あんたも、あたしも…」
 あかねの涙は表面張力を超えて、本格的にぼろぼろと瞳からこぼれ出した。
 いたたまれなくて、乱馬は近づいた。さっきのあかねはあんなにやわらかくって素直だったのに、こっちのあかねはサボテンみたいにちくちくしている。
「来ないで! あたしなんか嫌いなんでしょう」
 あかねは涙をこぼしてはいるが、気丈に乱馬をにらみつづけている。
「はぁ?」
「あっちのあかねのとこ行きなさいよ!」
 あかねは袖でぐいっと涙をぬぐった。
 早口でまくしたてるあかねを、どう慰めていいかわからない。
「とにかく落ち着けよ」
 乱馬はベッドに腰掛けた。
 あかねはあとからあとから流れてくる涙を拭いている。嗚咽をかみ殺しているのがわかる。何をそんなに怒っているんだろう。少し落ち着いたようだ。涙のペースが落ちた。
「なぁ、怒んなよ」
「…」
「気に入らないことでもあったのか?」
 あかねはきゅっと唇を閉めた。
「言わなきゃわかんねーよ」
「…あんたのせいよ」
「おれ?」
「あんなぶりっこにだまされて。でれでれして。馬鹿みたい」
 さっきのことを言ってるんだろうか。乱馬は赤面した。
「お前、自分にやきもち妬いてどーすんだよ」
「妬いてなんかないわよ!」
 今にもビンタを飛ばしそうな勢いだ。
「じゃーどうすりゃいんだよ」
 あかねの眉がまた、悲しげにゆがんだ。もう虚勢を張る元気はないらしい。両の手のひらに顔を埋めた。あかねのくぐもった声がした。
「あたしの制服、あたしの席…全部取られたわ。あたしだってあかねなのに」
 乱馬の胸がちくりと痛んだ。
「誰もあたしなんかいらないのよ」
「そんなこと言ってねえだろ」
 いじっぱりなほうのあかねに対して、うっすら抱いていた遠い感じ―――それが罪悪感だと気づいた。こっちだってあかねだとわかっていながら、放っておいたせいだ。「放っておいて」という言葉を鵜呑みにしたからなのだが。
「乱馬だってあの子の方がいいんだもの。双子になんかならなきゃよかった。どうして…あたしばっかり? 乱馬のそばも取られて、あたし、どこにいけばいいの」
 乱馬は立って、そっとあかねの肩に手を置いた。手を置いた瞬間、あかねは小さく震えた。
 うまい言葉が見つからない。こっちのあかねは強いと思っていたのに。おれが嫌いで避けているとばかり思っていたのに。構ってもらえなくて泣くなんて、思ってもみなかった。
「ごめん」
「どこにいけばいいの。あんたなんか嫌いよ。もうひとりのほうと許婚になればいいじゃない」
「ごめん」
「どうせあたしは素直じゃないし、かわいくない!」
「…」
「乱馬なんか大嫌い。嫌い。触らないで。」
 あかねはそう言ったが、肩におかれた乱馬の手を振り払おうとはしなかった。
「ごめん。お前がそんな風に思ってるって知らなかったから」
 乱馬はひざをついてかがみ、座っているあかねと目線を同じにすると、思い切って肩を抱き寄せた。あかねは前のめりになって、乱馬の腕の中に収まった。あかねは身を硬くして、うつむいて、乱馬に体をまかせようとはしない。
 もうひとりのあかねと同じ匂い。でも、こちらのあかねの心をひどく傷つけてしまった。
 あかねはつぶやいた。
「他の子と仲良くしたあとに、優しくなんかしないで…」
 語尾はほとんどかき消えてしまった。
 あかねの身体は暖かかった。悲しいのが伝わってくるみたいだ。乱馬はもっと身体に沿うように、抱きすくめた。あかねは乱馬を突き放そうとはしないが、かたく強張って身体の力を抜こうとしない。
 おれを受け入れてくれない。
 かたくなでいじっぱりなのもあかねだった。こんなに胸が痛いんだから、間違いない。誰もあたしなんかいらない、なんてあかねの口から聞くとは思わなかった。可哀想だ。傷ついて涙が止まらなくなるまで、自分の気持ちを伝えないなんて。素直じゃないから、言葉にすることができないのだろう。現に今も、泣いてはいるが、辛い、悲しいとは一切言わない。
 乱馬なんか嫌い、と言う言葉に、寂しいとか、辛いとかいう気持ちを込めていたのだ。おれは今まで何回あかねに、乱馬なんか嫌い、と言わせただろう。
 乱馬はそっと言った。
「おれ、いつもお前を怒らせたり、喧嘩したりしてるけど、ほんとはそれも楽しいんだ」
「嘘」
「いてくれないと困る」
「嘘よ」
「本当だって。お前に泣いて欲しくなんかない。あかねはあかねだ。片意地はってても、かっ、か…」
 あかねはゆっくり顔をあげて、乱馬の肩の上に頭を乗せた。あかねの身体の力みが抜けていく。長い髪が乱馬の視界をかすめた。
「か、かわいいよ」
「…本当?」
「うん」
「あたし、いていいの?」
「当たり前だろ」
 あかねは少し身体を離して、乱馬に笑顔を見せた。もう泣いてはいない。
 次の瞬間、バチバチッと電流が走って、乱馬ははじき飛ばされた。ベッドに投げ出されて、乱馬が体制を立て直したときには、あかねが電気に包まれていた。電気が消え、あかねの身体から水蒸気のような煙があがった。
「あかねっ、大丈夫か!?」
 乱馬は構わずあかねの肩をつかんだ。
 あかねはきょとんとしている。
「あれ? あたし、どうしたの?」
 あかねの髪は短くなっている。
「お前…」
 乱馬はあかねを見回した。「もしかして、もとに戻ったのか!?」
「もとって何?」
 どこか素っ気無いふりをした話し方。双子になる前のあかねだった。
 そのとき、乱馬くーん、というなびきの声が聞こえた。あかねの部屋から顔を出して、一階に向かって、どーした! と訊いた。
「あかねが消えちゃったわよ!」
 なびきがあかねの服を持って階段をあがって来た。
「やっぱり元に戻ったんだ! よかったなっ」
 乱馬はバンバンとあかねの背中を叩いた。
「ちょっと、痛いったら!」
 あかねは乱馬の手をはねのけた。
 みしりと音がした。壁が円形に砕けて、壁土が飛び散った。シャンプーが現れた。
「乱馬ぁ! 約束どおりデートするある」
 シャンプーは小さなポーチを持って、髪に花を結い、お洒落している。
 あかねは乱馬を怒鳴りつけた。
「何よっ、デートの約束って!」
「いや、これわその…」
「乱馬のばかばかばかばかっ」
 あかねにはりとばされて、乱馬は、2階の窓から落ちた。





 その後道場であかねに会ったとき、まだシャンプーのことをねちねち言ってくるので、「かわいくねえ」と言おうとした。が、さっき「意地をはっててもかわいい」と言ってしまった手前、言葉を飲みこんだ。
「なによ。何とかいいなさいよ」
「うるせー」
 それにしても、もうちょっとソフトにやきもち妬けないものだろうか。殴って二階から落とすなんて乱暴すぎだ。怒っている顔は、双子になったときの、いじっぱりの方のあかねと同じだ。
「浮気しないって言ったくせに」
 あかねがつぶやいた。乱馬は驚いた。
「そういやお前っ。どっちのこと覚えてんだ!?」
「どっちかしらねー」
 あかねは口に手をやって ほほほ、と笑った。
「こらっ、答えろ! 意地悪いぞ!」
「いじっぱりでも可愛いんでしょ?」
 あかねはひらひらと手のひらを振って、行ってしまった。
 あいつ、両方の記憶があるんだ…。…おれ、何言ったっけ?
 乱馬は青くなって思い出そうとしたが、恥ずかしくってぐるぐるするだけで、ちっともわからない。
「こらっ、てめー待て! 卑怯だぞっ」
 誰もいなくなった道場から、ふたりの足音が遠ざかっていった。双子になったあかねの気持ちをそれぞれ知って、乱馬がその後優しい男になったかどうかは、あかねだけが知っている。

(あかねがふたりってのがやってみたかった。テスト終わってせいせいした記念に書きました)
おわり

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