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ドイツ映画 

ドイツの映画はあまり世界に知られていない。日本の映画同様、マーケットが小さくそのためバジェットも小さい映画が多いい。しかし、いい映画もある。以下の映画は私が見た物でこれはドイツ文化園外でもいける、面白い、是非見て下さいと言った作品である。ファスビンダーやウィム・ベンダーズの映画ではない、一般受けする映画を少し紹介したい。一般受けとは言ってもストーリー性の高い作品ばかりだ。

メトロポリス 監督:フリッツ・ランゲ 1927
1927年に製作された映画は長い間映画として存在しなかった。作品はバラバラに切られ、部分的にしか存在しなかった。2002年にこの映画は再編集された。この映画はSF映画の代表作品と言っても過言ではなかろう。技術的、アイディア的に当時前衛的であり、今だにその新鮮味を失っていない。字幕に歌のないオペラを思わせるスコアは映画のドラマをうまくサポートしている。サイボーグ、アンドロイド、ギガマシーン等がこの人口敵な町に出現する。ロボット魔女それとも誠心なるマリアか、彼女は地下に住む大衆を反逆に呼びかける。中世の幻想的な社会と機械文化が融合するこの映画中で人間の葛藤が表現される。
1927年当時最も先を行った映画だったが、そのため返って不人気に終わった大作。是非機会があったら見てください。

ニルゲンドボオ・イン・アフリカ 名もなきアフリカの地で(アフリカの彼方)2000
監督:カロライン・リンク
2003オスカー受賞 ドイツのユダヤ系の家族がアフリカへ第二次世界大戦中に逃亡するという映画。その夫婦に新しい生活がもたらす亀裂、現地での生活、娘として少女時代をアフリカで過ごした著者の実話を元にした映画。原作の著者は逃亡した家族の娘だが、この作品は主に妻の立場から撮られていて、何不自由のない上流階級の生活からアフリカという新地に向かった時の心の流れをうまく表現している。先見性のあった夫のドイツ脱出計画がアフリカへの旅となった一風変わった物語。彼女のインタービューの通訳をしたことがあるが、ハキハキした元気な人だった。

イム・ユリ (7月に)2000
監督::ファティ・アキン
ある数学の先生(モリッツ・ブライブトロイ)が占い師にアドバイスされ、トルコの女性と恋に落ち、彼女をイスタンブールまで追うという話。途中で占いをしてくれた女性と再会しトラブルが始まる。イスタンブールまで2000キロを車で旅するというヨーロッパ式ロードムービー。 この映画、本当はハイ・フィデリティーを見に行った時に満席で見れず、切符売りのネエチャンの薦めで見たが、サスペンスあり、恋物語あり、等盛りだくさんで面白かった。この作品を撮った時監督はまだ映画大学の学生だった。もっともドイツの学生はただでさえ年をとっているが、(高校が一年間長い上に15ヶ月間の兵役がある)、映画大学へ通う多くの学生は前に文学、美術等を専攻していて、後から路線変更をする者が多いい。

ダス・エキスペリメント (実験)2000
監督:オリバー・ヒルシュビーゲル
スタンフォード大学の精神科で実験が行われた実話をベースに製作された映画。2週間牢屋にシミュレートされた空間に参加者は守衛と悪人の二つのチームに分けられ過ごす。耐えぬけば4000マルクの報酬が貰えるという設定で、簡単に手に入る金と皆実験に参加する。しかし内部では策略を持った者が存在し異常状態を引き起こす。その中でストレスが増加し、危険な空気が漂うサスペンス物。
ドイツがこのような権力、支配、暴力、捕虜、集団行動、責任という総合的題材にエンターテインメント性の高い作品を制作する事はまれだ。それは第二次世界大戦とその時の政権に対して敏感だからだ。ドキュメンタリー的に真剣に取り組む事はあっても、楽しみとして味わってはいけないという感覚がどこかに漂っている。しかし、この作品はエンターテインメント性が高いだけではなく、人間の隠れた権力に対しての欲望、弱さとその危険を非常に良く表している。
大学の上映会で見たが、会場は一杯だった。かなりのドキドキ物だ。モリッツ・ブライブトロイ主演。

アウト・オブ・ローゼンハイム (バグダット・カフェ)1988
監督: ペリー・アドロン
ローゼンハイムという村に住む女性が旦那とアメリカに旅行に出る。車の故障が原因で夫婦喧嘩になり、妻は一人で砂漠に近い何もない所のダイナーにたどりつき、住み着いてしまう。彼女はダイナーの日常を狂わし、煙たがれるが、そこの日常との衝突が出会となり、彼女建ちは新しい発見をし、変化していく所を表現した作品。

ヒットラーユンゲ・サロモン (ヒットラー青年サロモン)1991
監督:アグネスチカ・ホランド
ユダヤ系の14歳の少年がドイツからポーランドに逃亡、その後ロシアの孤児ホームに入れられる。しかし、ドイツ軍の進出により、彼らの手に落ちる。彼はヒットラーユーゲントに成りすまして、危機を生き延びるだけではなく、ドイツの勇士となる。サリー・ペレル氏の体験を元にした実話。脚本は1992年オスカーノミネートされ、ゴールデン・グローブでは外国の最優秀作品として輝いた。ドイツ国内、国外で様々な反響を呼んだ作品。

ローラ・ラン 1998
監督:トム・ティクワー
この映画は日本でもかなり出回っている。ローラが運命に対抗して走り続けると言った、MTV系のショットとサウンドトラックが魅せる映画。この作品により主演のフランカ・ポテンテ、モリッツ・ブライブトロイに監督のトムティクワーは世界的に知られるようになる。古典的ストーリー性を重んじる者には物足りない所もあるだろうが、映画撮影の新感覚という意味では90年代後半の重要な作品。

ダス・ボート  1981
監督:オルフガング・ピーターセン
ドイツの80年代の名作。潜水艦内での葛藤を表す。話の流れはどちらかと言えば70年代のペース配分だが、潜水艦内の緊張感は最高に伝わる。カルト的存在感をアピール。

ゾンネンアレー  (太陽通り)
監督:レアンダー・ハウスマン
この太陽通りは東ベルリンと西ベルリンを分ける壁に遮られている。その東ドイツ側に不運にも生まれた少年少女を舞台にした青春物語。当時東ドイツという共産圏の中でいかに彼らが思春期を過ごしたかが描かれている。ロックンロールだってあった、いかに手に入れるかが問題だったのだ。旧東の全体的な生活環境も見えてくるので、文化的経験としてもかなり楽しめる映画だ。
ベルリンの大学で学んだ事があったが、16人のクラスに二人東出身の女性がいた。僕としては個人的に東の人と知り合ったのは始めてだったので、興味津々だったが、周りの元西ドイツ地域出身者も同様、根堀葉堀聞いたりからかっていたりした。青少年共産党会に入っていたとか、そこを利用してパーティー等を行っていたなど。彼女達はカトリックでもプロテスタントでもない無宗教である。共産党だから当たり前と言えばそうだが、不思議でもある。同じドイツでありながら今だに違うドイツ。その原因に迫るとは言えないが、楽しく当時の生活を覗かせてくれる作品。

Love the Hard Way (2001)

監督:ペーター・ゼア
原作:ワン・シュウ
役者:アドリアン・ブローディー、シャロッテ・アヤナ
映画上映:3月26日ダルムシュタット・へリアで監督も同席。質問に答えてくれた。

内容:コロンビア大学で生物を学ぶ学生とこそどろの愛物語。異なった世界観を持つ二人の間に互いを傷つけあい、互いに残酷な状況に落としいれる。ニューヨークという多種多様な町に相応しいセッティングの物語。

監督は7年前にパリの古本屋で原作を見つける。その直後出版源に作家から映画制作に必要な著作権を手に入れようと連絡を取るが、これがあいにくコピー版で作家についての情報を教えてくれなかったという。そこで半年後に要約住所をつきとめたペーターは直接ペキンに飛んで作家と交渉する。その間彼はすでに脚本を手がけていて現場をニューヨークに設定していた。作家は言った:撮影してもいいが、条件がある。現場はペキンか、ネアポリスかニューヨークでなくてはいけない。という事で双方ニューヨークに決定したという。この物語に出てくるこそどろのタイプはドイツにはあまりいないという理由もあった。

さてこれで監督はこの映画を撮影に当たって脚本を15回書き直したという。1、2は一人で、その後は奥さんと書き直し、第7版からは主役の女性を強く引き出したという。原作は男主観に書かれていたという。最終版はアメリカの作家、デビット・リンチのロスト・ハイウェイの脚本を手助けした有名な脚本家にニューヨークサウスブロンクス調スラングに合わせて貰ったという。

主役のアドリアン・ブローディーは撮影当時まだ「ザ・ピアニスト」に出演が決まっていなかった。彼はこの映画の役が直ぐに気に入ったという。クイーンズの裕福な家族に育った彼は、またこのような悪役に憧れていたという。そして、この女問題は彼自身よく理解できると言った。地元の役者が現場にいるという事で実際に撮影寸前に調整した詳細などもあるらしい。地元にもっともマッチした設定を作り出す。先週にオスカーを取ったばかりのアドリアン。この映画の配給にかなりのプラスになるのではと監督は期待している。理由としてはアドリアンは「ザ・ピアニスト」以後リリースされる映画はこれにしか出演していないという事である。この映画の配給の時期が遅れたのが幸運につながったという。映画音楽を担当してくれるというニューヨークのラッパーがお金ごとドロンしてしまい、映画音楽の製作が遅れたため、配給が遅れたという。当時は真っ青だったらしいが、今になってみれば、ラッキーだったという。

主役の女性は最初は初心な学生として現れる。彼女はしかし、2歳の頃からホームに住んでいて、厳しい環境の中で育ってきていた。という事でそれぞれの役者が自分の育った環境とは違った役を演じた。しかし、後半は修羅場を潜った女を演じている彼女。また彼には作家志願の繊細な面もある。

アメリカの撮影で難しいのは5000人のトップ役者から選択する時には必ず事務所を通さなくてはいけない。この5000人の最低賃金は40万ドル。ちょっと会って、役者の顔会わせをし、その反応をチェックするという事など出来ない。つまり、アドリアンを選択してから、彼に契約書を送りつける。事務所は金額が合えば、書類を役者に送る。役者はサインすれば、そこで役は決まる。映画が作られようが、作られまいが、そこで金額が動くのである。

監督はだから撮影3週間前までアドリアンに合っていなかった。アドリアンと主役の女性との対面もその時が初めてだ。しかし、運に見舞われた監督は役者にもついていたという。ドイツ人の金髪の青年の役者もかなり良い演技を見せた。役者のチームがうまくマッチした。

ドイツ人の監督は物理学を学んで、オックスフォードに留学。その後パリの研究所で働いている間に映画の世界に入ったという。ダルムシュタット近辺出身という事でこの町の映画館で上映し、来ていた客の質問に親切に答えていた。彼の次期作品はダルムシュタット市出身のリヒテンシュタインという学者についてらしい。ゲッティンゲンとロンドンで撮影予定という。

僕はこの映画を見た翌日いつもとは違った夢をかなり見た。この映画は脳のどこか眠っている所を刺激してくれたようだ。




このリストの中で見ると多くは実話を元にして出来ている。ドイツのドキュメンタリーは昔から定評があるが、その延長戦で映画を製作し、成功した例なのかもしれない。ユーモアに富んだ作品としてはイム・ユリがこの中ではもっとも最優秀作品だろう。なかなかドイツユーモアで世界に通じる作品は出ないが、今の世代の人と映画を撮っていると彼らには期待が出来るような気がする。

このリストでもう一つ目立つのが、外人の名前を有する、ドイツ生まれの監督だ。ファティ・アキン はトルコ系、ペリー・アドロンはミュンヘン生まれ、アグネスチカ・ホランド等。2世が多いい。ドイツ文化にもう一味の感覚を導入した新しい風が作品にも滲み出ているのではないか。

ドイツの新しい星が俳優のモリッツ・ブライプトロイだ。彼が出ている作品は面白い物が多いい。これからも注目したい俳優の一人だ。ドイツの俳優は演劇大学を卒業している者が殆どだが、彼はゼミ等の講習会の経験はあるものの、演劇学校の卒業生ではない、ドイツでは珍しいタイプ。

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