雨 宿

 

 

 『かくれんぼ』なんてもう何回目だろう。いや,かくれんぼではないかもしれない。だって自分は隠れていないのだから。

 ただ,待っている。見つけてほしくて。

 ただ一人に、見つけてもらいたくて――――。

 

 

 

 

 

「…なんかしたか?オレ」

 心底困り果てたような顔で,情けない声を上げるランパスキャットにマンカストラップは溜息をついた。

「憶えでもあるのか?」

「あったらこんなに困ってねぇって!」

 そりゃあそうだろう。とは言ってもマンカス自身,理由なんてわかりはしない。

「…ここ2,3日,見かけもしてねぇんだぜ?オレだけ!本っ気で徹底的に避けられてるとしか思えねぇじゃねーか」

「ジェミマ,かくれんぼだって言ってたわよ?」

「誰とだよ」

 シラバブを構いながら口を挟んだボンバルリーナに,ランパスは肩を落として聞き返す。かくれんぼにしちゃ気合いが入りすぎじゃねーか。目線が雄弁にそう言っていた。だいたい,それなら鬼は何してるんだ。

 ついこの間までかなり自分に懐いてくれていたはずの―――いや,わがまま言ってもいい相手という認識されて振り回されてた気もしないでもない―――三毛猫にいきなり避けられだしてランパスはかなり落ちこんでいた。おまけに心当たりはそれこそ皆無。はっきりいって『お手上げ』な状態で挙げ句最後の頼みと保護者に聞きに来てみれば『かくれんぼ』ときたものである。頭を抱えるしかない気分だった。

「それは言ってなかったけどよく続くわよね。夜まで動かないで隠れてんの,あの子?」

「迎えに行くときは同じところにいるぞ。昼間からずっとあそこなのか?」

 …どこだ,一体。

「昨日も今日も同じとこみたいね。…なにかあそこまで同じとこだと,かくれんぼっていうより誰か待ってる感じじゃない」

「…そうかもしれない。ジェミマがあの場所から動かないときはだいたい誰かに見つけて欲しいんだ」

 …誰,に?

「今日は早めに切り上げてくれると良いが。多分,夕方から降ってくるし…」

「あの子ったら妙な癖よね,あれ。…でもそろそろタイムリミットじゃないの?」

「いや、癖っていう訳でも…」

 最後までは聞いていなかった。勢いよく立ち上がり、走りだす。後ろで目を丸くして誰かがなにか言った気がしたが無視してさらに速度を上げた。

 絶対に見つけてやる。

 誰を待っているのかも知らないまま何故かそう思った。 

 

「…しかしジェミマ、今回は誰を待ってるんだろうな」

「…マンカス,あんたって時々すっっごく天然ボケだわ…。今回限りもうひとりいるけど…」

 全くこいつらそろいも揃って…

 ランパスが疾風のごとく去ったあとの広場で、ぽつんと惚けたことを呟いたリーダーにボンバルリーナは溜息で応えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ここから見る街はガラスの向こうと同じだ。みんながみんな前だけを見ていて、ここでわたしが見ていても誰もなんにも気付かない。

 古びた大きな門扉の下、ひとつ瞬きをして溜息をついた。

 空を蒼い影が覆っていく。もうだいぶ光も淡くなってきた。雲が、降りてくる。

 どうしてここへ来てしまうのかジェミマ自身わからなかった。

 ひとを、待っている。けれどそのひとを待っていることを誰が知っているわけでもない。それで来てくれると思う方が本当は間違っているのだろう。それでも、いつも待ってしまうのだ。ここにいる自分を見つけてもらいたくて。

 昔自分を拾ってくれた兄猫のように。

 待ち人の姿をまぶたに浮かべる。

「…―――」

 呟いた声は風に溶けた。

 

 細かい雨粒が通りを覆う。硝子色のフィルターを通し、暗く沈んだ街は驚くほど冷たかった。

 真白くけぶる街並みも足早に行き交う薄色の影も、あたかも人を拒絶するように無関心に静まりかえって。

 しんしんと冷気が染みこんでくる。

 ふるり、体が震えて膝を抱え込んだ。

――――あの日も霧雨が降っていた。

 ここで待っていると約束していて。すぐに帰ってくると言ったはずだったけれどいつまでもそのひとは帰ってこなかった。

 寒くて淋しくて、誰にも振り向いてさえもらえないままここでひとり踞っていた。

 マンカストラップが見回りの帰り、仔猫に気付いて声をかけなければきっとそのまま凍えていた。

 今待っているのはその兄猫ではない。

 多分この場所のことも知らない。

 けれども来てほしかった。『彼』でなければ意味がなかった。

「鬼さんこちら―――」

 また呟いてこっそり苦笑した。

 見つけてもらいたいのは、迎えにきてほしいのはわがままだということなどわかっている。

 いつもわがままを言ってばかり、困らせてばかりだという自覚もある。

 そういえば昔は兄猫にもよくこうして迎えにきてもらっていた。帰ってこなかったひとのように自分をおいていったりしないと、忘れていったりしないと確認したくて。子供じみてるとわかりつつ何度も『かくれんぼ』を繰り返した。いつもここにもぐりこんで、迎えの声を待っていた。

 『彼』は来てくれるだろうか。

 それとももう呆れられているだろうか。

 もしかしたら怒らせてしまったかもしれない。

 突然にこんなコトをはじめたから。

 それでも。

 ――――それでも。

 漆黒の双眸が閉ざされる。膝を抱えた手の指が祈るように組み合わされる。

「―――ランパスの鈍感」

 

「―――――誰が、なんだって?」

 聞こえた声に、はじかれたように顔を上げた。眼の前にあるのは明茶の瞳。斑の毛並みの――――。

「…ランパス?」

 見ればわかることではあるが何故か頭が追いつかない。

 間抜けたことを訊いてしまったジェミマはしかし次の瞬間笑みを浮かべた。

「―――遅ぉい」

「はぁ?」

「3日間待ちぼうけだったよ、あたし」

「…オレのせいなのかソレは」

「うん」

「なんでそーなんだ…」

 思いきり溜息をついてしまう。肩を落としたランパスはふとあることを思い出した。

「そういやお前、誰か待ってたんじゃねーの?」

「もう来たからいい」

「あ?」

「もういい」

「なんで?」

「ランパス来たもん」

「…オレ?」

 首をかしげ、けれどまぁいいかと思い直した。

「もう帰るぞ。マンカスたちも心配してる」

 指しだした手にジェミマの手が重なる。

 手をひいて歩きながらまた口を開いた。

「なァ、ここ来んのもうやめろよ」

「なんで?」

「かくれんぼじゃねーだろ、それじゃ」

「待ってるだけだもん」

「誰も待たなくてもいーだろが」

「ねえ、またあたしいなくなったらどうする?」

「ぜってー見つける」

「どこにいても?」

「見つけられねー訳ねーだろ」

「…うん」

「もういきなり消えんなよ」

「ん。…ごめん」

「ま、いいけど。ちゃんと見つけてやるから」

 その言葉にジェミマはくすくす笑ってランパスの腕にしがみついてきた。あわてたランパスの足がもつれる。

「だぁっ、ちょっと待て歩きにくいっっ!」

「平気平気。…見つけてよ?」

「わかったって。だからもうかくれんぼはナシな」

「…ん」

 いつのまにか雨が上がっている。通りの角に兄猫の姿を見つけた。相変わらずの心配性に、目を見交わして苦笑がこぼれた。

 ふわりと身を離し、ジェミマが足を速める。2,3歩先でくるりと振り向き―――

 射し込みかけた光を背にして、ランパスににっこりと微笑んでみせた。

 

 

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あはははは(乾笑)。

…えーと、元ネタは以前没にしたイラスト構図です。

雨の中で誰かを待っている子供。

いくらなんでもプレゼント用に使えないほど暗かったんで(爆)。

この仔猫候補TOPは兄貴でしたがしかしそれだといかにも不幸になりすぎると思いまして… 

だからってジェミマかい。

ちなみに自分、これでもジェミマ好きです(きっぱり)。

 

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