【劇団ズーズーCの歴史】

      
私たち劇団ズーズーCは、公演記録でもおわかりのとおり20回以上の公演回数を重ねております。
このホームページで初めてズーズーCの存在を知った方はもちろん、何度か御来場下さったお客様方も
「いつの間にこれだけの公演を重ねて来たのよ。あなた達は一体何歳からやってるのよ?」
と思った事でしょう。

このコーナーでは、“いつの間に公演を重ねてきたのか"、
ズーズーCの歴史を紐解きながらご説明していきたいと思います。


〜第一章〜 創設者、はらけんたろう

〜第二章〜 劇団ズーズーC旗揚げのきっかけ

〜第三章〜 世代交替

●公演記録はこちら


劇団ズーズーC公式ホームページ
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/3005/index.html



〜第一章〜 
 創設者、はらけんたろう―


劇団ズーズーCをさかのぼるにあたって、この人の存在は絶対に欠かせません。
劇団の創設者であり元主宰、現在ある『喜劇団としてのズーズーC』の原型を作り上げた張本人です。
ではまず、はらけんたろうとはどんな人なのか御説明しましょう。


●はらけんたろう(原健太郎)・・・
■大衆演劇研究家。
■1955年6月15日、東京都世田谷区に生まれる。
■明治大学文学部(演劇学専攻)卒業。在学中の1976年、学内に映画・演劇サークル「騒動舎」を創設し、
  ドタバタ喜劇の製作に乗り出す。
  劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチも、当時高校生の身ながらこの一党に参加。後輩に「ジョビジョバ」などがいる。
■卒業後、出版社に勤務のかたわら、劇団「笑ボート」を旗揚げ。
  のち、改組して劇団「ズーズーC」となる。また喜劇研究活動も継続し、
  1987年“もっと笑いたい人のための日本一やすっぽい月刊雑誌"をキャッチフレーズに喜劇研究誌『笑息筋』を編集・発行。
著書に『東京喜劇 アチャラカの歴史』(NTT出版)、『日本喜劇映画史』(長瀧孝仁と共著・NTT出版)などがある。
  浅草芸能大賞専門審査委員。



〜第二章〜 
 劇団ズーズーC旗揚げのきっかけ―


はらけんたろう、怪男児日の丸の劇団「笑ボート」残党組に、アングラ系学生演劇出身者や
芝居未経験の小学校経論(毒まんじゅうではありません。)などが加わり構成された劇団「ズーズーC」。
このメンバー全員、何かしらの本業を持っていました。


1989年6月18日、赤坂プレイBOXにて森田拳次作・演出により
第1回公演『ズーズーCのクロコダイル・バンダイサン』を上演(公演記録参照)。

前身の「笑ボート」(1979年旗揚げ)も喜劇専門劇団だったのですが、
“恥も外聞もない本格的スラップスティック喜劇"を実現するために経済基盤を含めて刷新、改組。
当初は、はらと怪男児の二人座長制をとっていました。
劇団のキャッチフレーズは「滑稽の生粋愉快の親玉」、のちにこれに「喜劇の実験室」が加わっていきます。
当時はひとりの女優もいない、男ばかりのむさくるしい劇団でした。

作・演出を担当した“森田拳次"とは、日本を代表する1コマ漫画家
(かつては『丸出だめ夫』『珍豪ムチャ兵衛』『奇僧天外』などのギャグ漫画で一世を風靡)で、
赤塚不二夫の最大のライバルだった人です。
そんな人が、はらの直談判に押し切られて「ズーズーC」(これも『冒険王』に連載された森田の代表作のひとつ)の名を
劇団に与えるのですが、「一度舞台の脚本を書いてみたかった。ぼくに書かせてくれるなら・・・」の条件をやんわり提示。
そんなこんなで旗揚げ公演の脚本執筆と相成ったわけです。

森田の人脈で、人気イラストレーターのウノ・カマキリが美術監督として参加。

旗揚げ作品の評判に気を良くした森田は、
なんと第4回公演『ズーズーCの仮名見本忠臣蔵』(1990年12月・吉祥寺〔櫂〕スタジオ)まで連続して脚本を担当してくれました。

1991年9月の第5回公演『仏壇が来る!』(ウォルター・ミティ作、はらけんたろう訳、怪男児日の丸演出・吉祥寺〔櫂〕スタジオ)より、ようやく旗揚げ時の思惑が叶い、はらけんたろう脚本によるオリジナル喜劇の製作を開始します。

この時期の代表作には、
はらけんたろう作・怪男児日の丸演出『お嬢様に手を出すな!』三部作 ― 純粋理性批判編 ・ 実践理性批判編 ・ 判断力批判編 ―
(1994年9月、10月、11月・荻窪アールコリン)などがあります。(主なスタッフに斎藤裕紀(照明)、尾栗秀樹(音響)、高梁まもる(美術)など。)
と、現在いるほとんどのメンバーが新人として現れ始めるまでのズーズーCはこのように作られ、支えられて来たのです。



〜第三章〜 
 世代交替―


劇団員全員いわゆる社会人、学生時代に参加した者も時をへて勤労者になっていった劇団ズーズーCに、
一人の若者が入団したことによって少しずつ変化が現れます。その若者というのが当時前の劇団を退団し、
気軽に入って来た
オメオリケイジです。

最初は気軽に入団したオメオリもズーズーCでやっていくうちに、はらの《喜劇》に対する姿勢、考えに洗脳され
意欲的に参加していきます。その甲斐あって3カ月連続公演『お嬢様に手を出すな!』三部作では、喜劇役者としての頭角をあらわしました。

1995年、看板俳優の怪男児日の丸が“新たな活動の場"を求め退団。
これによって劇団は大きく揺らぐのですが、当時の中心メンバーいしずか陽子、宮原雅貴、牧野栄(現在のローレンス)
オメオリケイジらの結束と喜劇創造の情熱により、劇団活動を堅持するのです。
新体制で再出発するにあたり、喜劇に真剣に取り組んでくれる「新人」を広く求めました。このとき応募してきたのが、
現在の主力であるキッチン(当時キッチン数寄屋橋)やギル(当時ギルガメッシュ桶川)、毒まんじゅう(当時エマニエル宣教師)です。
ですがいずれも熱意とは裏腹に「蚊のなくような声しかでないわ、芝居を生まれてからまだ見たことはないわ・・・」と、全くの初心者で、
「これはみんなで1から勉強だ!」ということになりました。それから、はらの指示で全員が『ネタ帳』を持ち、
思いついたギャグを発表し合うなど地道に「笑い」の研究を進めます。しばらく長編喜劇を中心に上演していたズーズーCですが、
短編喜劇すなわち「コント」を連続して製作、発表することに路線変更しましてその年(1996年)4回のコント公演を上演します。
このころの代表作に、オメオリケイジとキッチンが組んだ『裸親子』シリーズ(オメオリケイジ作・演出)などがあります。

翌年、以前より本業(出版社勤務)などで忙しく、役者としての出演を控えていたはらがOBに。

主宰が引退してしまったズーズーCは、前々よりはらのもとについて一緒に劇団を引っ張っていたオメオリを中心に
『頼ってた主宰がいない今、一人一人がズーズーCの事をしっかり考えてみんなで大きくなっていこうよ。』と、更なる活躍を決意しました。

その後、1997年の『○○男女(なんにょ)』シリーズ、98年の『昔話』を経て《井戸端喜劇》を確立。それ以外にも数々のイベント、ライブに参加。
その合間を縫って劇団会議を繰り返し、作・演出をオメオリケイジに統一して現在の《歴史劇》、“本格的に移行プロ化"がはじまったのです。・・・・・


●現在御来場頂いている顧客様のほとんどは、今の《歴史劇》がはじまってからの方々かと思います。
 中には最近ズーズーCをお知りになり、「いつの間にこれだけの公演を重ねてきてたのよ。
 どうせだらだら回数だけ重ねてきたんでしょ。」と思っていた方もいるでしょう。
 そんなみなさんがこの『ズーズーCの歴史』をお読みになり、少しでも今の私たちが考えるプロを目指す気持ちを
 理解して頂けたなら幸いです。

 もちろんファンのみなさんがこれを読んで、劇団「ズーズーC」をより深く知っていただくのが目的ですけど。

 

★劇団ズーズーC公演記録★

 

第1回公演……1989年6月18日 森田拳次作・演出『ズーズーCのクロコダイル・(旗揚げ) バンダイサン』。
出演=怪男児日の丸、リッキー遠藤(ゲスト)、川原伸 一、渋谷俊夫、はらけんたろうほか。(赤坂プレイBOX)
第2回公演……1989年12月3日 森田拳次作・演出『ズーズーCの恋は水玉玉の 輿』。
出演=怪男児日の丸、カタギーリ・デ・ハイリ、川原伸一、渋谷俊夫、 はらけんたろうほか。(赤坂プレイBOX)
第3回公演……1990年6月24日 森田拳次作・演出『ズーズーCだよ!ファミリー レストラン戦争』、はらけんたろう作・演出『クラス会だよ全員集合!』、 〈対談〉『ヒューマン・コミニケーションの現状と未来─今、相互理解 の壁を越えて』ほか7本立て。出演=怪男児日の丸、カタギーリ・デ・ハ イリ、渋谷俊夫、宮原雅貴、はらけんたろうほか。(赤坂プレイBOX)
第4回公演……1990年12月2日 森田拳次作・演出『ズーズーCの忠臣蔵』。
出演= 怪男児日の丸、川原伸一、渋谷俊夫、松山登喜子、宮原雅貴、堤和年、牧 野栄ほか。(吉祥寺櫂スタジオ)
第5回公演……1991年9月22日 ウォルター・ミティ作(はらけんたろう訳)、怪 男児日の丸演出『仏壇が来る!』
出演=怪男児日の丸、渋谷俊夫、松山 登喜子、いしずか陽子、宮原雅貴、堤和年、牧野栄ほか。(吉祥寺櫂スタ ジオ)
第6回公演……1992年10月18日 ウォルター・ミティ作(はらけんたろう訳)、怪 男児日の丸演出『釘を食う男』。
出演=怪男児日の丸、宮原雅貴、牧野栄、 いしずか陽子、渋谷俊夫、川原伸一、堤和年、松山登喜子、福田貴美子 ほか。(吉祥寺櫂スタジオ)
第7回公演……1993年7月11日 福田貴美子作、怪男児日の丸演出『ザ・ラスト・ ワン』。出演=怪男児日の丸、いしずか陽子、川原伸一、宮原雅貴、牧野 栄、渋谷俊夫、堤和年、福田貴美子、松折桂司ほか。(吉祥寺櫂スタジオ)
第8回公演……1994年 9月6日 〔3カ月連続公演〕 はらけんたろう作、怪男児
第9回公演……1994年10月4日 日の丸演出『お嬢さまに手をだすな』(純粋理性
第10回公演……1994年11月8日 批判編・実践理性批判編・判断力批判編)
出演= 怪男児日の丸、いしずか陽子、宮原雅貴、牧野栄、 オメオリケイジ(松折桂司改め)ほか。(荻窪ア ール・コリン)
番外公演………1995年3月20─21日〔青年芸術家協会主催「ビックリハウス風演劇フェスティバル」参加・オメオリケイジプロデュース〕
オメオリケ イジ作・演出『オメオリ流コント集』
出演=オメオリケイジ、いしずか 陽子、宮原雅貴、牧野栄ほか。(神楽坂die pratze)
番外公演vol.2…1996年3月19日 ズーズーC作、はらけんたろう演出、コント公 演『こっくり君、新宿にあらわる!』。出演=オメオリケイジ、牧野栄、い しずか陽子、宮原雅貴、キッチン数寄屋橋、仏蘭西書院花子、ギルガメッ シュ桶川、エマニエル宣教師。(ミニホール新宿Fu-)
第11回公演……1996年6月15─16日 ズーズーC作、はらけんたろう演出、コント 公演『帰ってきた裸親子』。
出演=オメオリケイジ、牧野栄、いしずか陽 子、宮原雅貴、キッチン数寄屋橋、仏蘭西書院花子、ギルガメッシュ桶 川、
エマニエル宣教師。(アートボックスホール)
第12回公演……1996年9月11日 ズーズーC作、はらけんたろう演出、コント公 演『裸親子、駆け抜けた新宿の夏'96・・・』
出演=オメオリケイジ、ロー レンス(牧野栄改め)、いしずか陽子、宮原雅貴、キッチン数寄屋橋、仏 蘭西書院花子、ギルガメッシュ桶川、
エマニエル宣教師。(ミニホール 新宿Fu-)
第13回公演……1996年12月7日 ズーズーC作、はらけんたろう演出、コント公 演『さよなら裸親子』。出演=オメオリケイジ、ローレンス、
いしずか陽 子、キッチン数寄屋橋、ギルガメッシュ桶川、エマニエル宣教師、仏蘭 西書院花子、宮原雅貴。(ミニホール新宿Fu-)
番外公演vol.3…1997年3月16日 〔お笑い放送作家&シアターDのプロデューサー・西条昇プロデュース「お笑い小劇団・コントで激突!」参加〕
オメオリケイジ作・演出、『ハイジャック2』。
出演=オメオリケイジ、キッチ ン数寄屋橋、いしずか陽子、ローレンス、エマニエル宣教師、桜井ニン ニン。(渋谷・シアターD)
第14回公演……1997年6月7日 ズーズーC作・演出『ズーズーCの楽天男女』
出演=オメオリケイジ、ローレンス、いしずか陽子、キッチン数寄屋橋、 ギルガメッシュ桶川、エマニエル宣教師、桜井ニンニン、桜井ビンビ ン、
エマニエル貴婦人、町だ町こ。(ミニホール新宿Fu-)
第15回公演……1997年9月20─21日 ズーズーC作、オメオリケイジ演出、『ズーズーCの仰天男女』。
出演=オメオリケイジ、ローレンス、いしずか陽子、キッチン数寄屋橋、ギルガメッシュ桶川、
エマニエル宣教師、桜井 ニンニン、エマニエル貴婦人、コマネッチ森子、クリス、ミス・ユニバ ース鈴木、鎌倉広次(客演「HOP」)。
(ミニホール新宿Fu-)
第16回公演……1997年12月7日 ズーズーC作、オメオリケイジ演出、『ズーズー Cの爆天男女』
出演=オメオリケイジ、ローレンス、いしずか陽子、キッ チン数寄屋橋、ギルガメッシュ桶川、
エマニエル宣教師、桜井ニンニ ン、エマニエル貴婦人、コマネッチもり子、クリス、ミス・ユニバース 鈴木。(ミニホール新宿Fu-)
第17回公演……1998年6月13─14日 キッチン数寄屋橋作、オメオリケイジ演出、 『昔話』。
出演=オメオリケイジ、キッチン数寄屋橋、いしずか陽子、ギ ルガメッシュ桶川、
毒饅頭(エマニエル宣教師改め)、桜井ニンニン、 大和撫子(エマニエル貴婦人改め)、コマネッチもり子。(ミニホール 新宿Fu-)
第18回公演……1998年11月28─29日 オメオリケイジ作・演出、『地球は丸いと言 い出した男』。
出演=オメオリケイジ、キッチン数寄屋橋、いしずか陽 子、
ギルガメッシュ桶川、毒まんじゅう、藤井由布子(客演)。(ミニホ ール新宿Fu-)
第19回公演……1999年6月11~13日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 ギロチン』
出演=オメオリケイジ、キッチン数寄屋橋、ギルガメッシュ桶川、毒ま んじゅう、いしずか陽子、
藤井由布子(客演)、桜井ニンニン。(ミニホ ール出演Fu-)
プロデュース公演…1999年8月28─29日 新宿演劇祭り『休む暇無し』

参加劇団= 劇団ズーズーC、4人の女王様、劇団ヒンドゥー五千回、projectサマ カトポロジー、モンゴルパーマ。
司会=藤井由布子。(ミニホール新宿Fu-)

第20回公演……1999年11月18~23日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 明治8年名 字必称令』。
出演=オメオリケイジ、キッチン(キッチン数寄屋橋改め)、 ギル(ギルガメッシュ桶川改め)、いしずか陽子、
毒まんじゅう、藤井 由布子(客演)、桜井ニンニン。(ミニホール新宿Fu-)
第21回公演……2000年6月13~18日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 日本最初の 天気予報』
出演=オメオリケイジ、キッチン、いしずか陽子、ギル、毒 まんじゅう、久保田真奈(客演)、
細川量代(客演「ひげ太夫」)。(ミニホ ール新宿Fu-)
プロデュース公演…2000年8月26─27日 新宿演劇祭り『休む暇無し』其の弐。

参加劇団=劇団ズーズーC、ひげ太夫、ビビッドカラーズカンパニー、ア トミック・ブレンド。
司会=久保田真奈。(ミニホール新宿Fu-)

第22回公演……2000年11月21~26日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 魔女裁判』。  

出演=オメオリケイジ、 キッチン、ギル、いしずか陽子、久保田真奈(客 演)、佐藤美樹(客演)、偽毒まんじゅう。(ミニホール新宿Fu-)

第23回公演……2001年6月19~24日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 姥捨山笑』。

 出演=オメオリケイジ、キッチン、ギル、いしずか陽子(Wキャスト)、毒まんじゅう、ベンジャミン(新人)、アンディ鮪(新人)、シモダアヤコ(客演・Wキャスト)。(ミニホール新宿Fu-)

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プロデュース公演…2001年8月25─26日 新宿演劇祭り『休む暇無し』其の参。

参加劇団=劇団ズーズーC、シアタードリームプロジェクト、NEVER LOSE、タッタタ探検組合。
司会=久保田真奈。(ミニホール新宿Fu-)

完全報告版はこちらから!

 


第24回公演……2001年11月20〜25日 オメオリケイジ作・演出、『喜劇 明治六年敵討ち禁止令』。

 出演=オメオリケイジ、キッチン、ギル、いしずか陽子(Wキャスト)、ベンジャミン、アンディ鮪(Wキャスト)。(ミニホール新宿Fu-)

完全報告版はこちらから!

 

 


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