9月4日(水) 残暑きびしく  また長いですか。

 このページで以前「ツッコミ受難」というのを書いて、思うことがたくさんありすぎてまとまらず、何日にもわたって書いたため、このページでおなじみのI氏(文筆業)に「あれまだ続くの?」と言われたことがある。それほどわたしは「ツッコミ」について突っ込んで考えている。

 何年も前、「ダウンタウンDX」初期の頃、吉本の大物「窓辺のマーガレット」と「目玉師匠」がゲストだったとき、マーガレットが 「若い子(芸人)らが、みな浜ちゃんのマネして『ツッコミ』がキツイねん。」 と言っていた。

 オール巨人が阪神の後頭部とあごを同時にたたいたり、正司敏江が玲児に投げ飛ばされたりしていた(ツッコミじゃないが)のはあくまでも「ネタ」の中でのことであって、バラエティー番組のトークなどネタ以外の場で、しかも対象が相方松本以外であっても容赦なく突っ込む浜田の存在は、確かに見慣れぬうちは少々乱暴に感じられたかもしれない。

 しかし時はたち、そんな状況もごく当たり前になっていき、「HEY! HEY! HEY!」に初出演したシャ乱Qのつんくが浜田にアタマをたたかれて喜んでガッツポーズをしたように、「浜田に突っ込まれる」=「突っ込まれるに値するおもしろいことを言った」と取れるようになった。

 その場合、ツッコミにも「グレード」が存在し、ただ軽く「なんでやねん」と言われるよりは「アタマをたたかれる」ほうが、より「おもしろいボケ」であったと認識される。相方松本は、長年のやりとりの中で数々のボケをかまし、浜田に「無視される」から「拳で殴られる」に至るまで、(ガイドラインはあくまでも浜田の価値基準であるが)その「ボケ度」にふさわしい様々なツッコミを受け、それを見ているわたしたちも(個人の好みの差はありこそすれ)「それに沿ったおもしろがり方」をしてきたように思う。

 「アリtoキリギリス」というコンビがいる。なぜかわからないが、そこそこテレビで見かける。しかしだ、ボケ担当の小男、石井はほとんどボケない。いや「ボケない」は語弊がある。「ボケている」と思われる発言はよくするのだが、これがほとんど面白かったためしがない。いや、ひょっとしたら「面白いことを言おう」という気がないのかもしれない。

 なのにツッコミ担当の石塚は「バカいってんじゃねえよ!」と石井のアタマをパシパシたたく。「グレード1」のボケに「グレード8」のツッコミ。しかも盛んに。 わたしはその光景を見るたびに何かもやもやしたものを感じさせられるのである。「ああ、石井はいまボケたのか、気がつかなかった」とか「そんなにきつく突っ込むほどのことじゃねえよ」ということもあるのだが、むしろ「ひとをそんなにたたいちゃダメだよ」などと、当事者の思惑と全然違うことを考えてしまったりする。

 「古畑任三郎」などで役者としても活躍する相方石井に対し、石塚唯一のがんばりどころは「ツッコミ」だ。だから「もう俺ビシビシ突っ込むから。」と往年のビートきよし師匠なみの不退転の決意で仕事に臨む。きよしとちがって実践もする。

 土曜日の朝、大阪の番組。石井がやたらとよい滑舌で聞こえよがしにボケる。得意の「背が小さい」ネタだ。石塚すかさずパシっとアタマを張る。笑いはおこらない。上沼恵美子が石塚の顔を凝視して「しかしあんたホンマにブサイクやな。」としみじみ言う。そこで初めて笑いがおこる。

 「タモリ倶楽部」。今日も夕凪のごとく穏やかな石井のボケ、石塚のパッションほとばしるツッコミは空回り。石塚の顔を見てタモリ、「おまえきっと『受精が雑』だったんだな。」一同爆笑。「石塚がらみ」の笑いは意外に多い。本人以外の力で。

 「ツッコミ」には「ボケ」の存在を明らかにすることと、それをわかりやすく「通訳」する役割がある、と以前書いた。だから間違った伝え方をしてしまうとよけいにわかりづらくなる。 今回はたまたま「アリtoキリギリス」を例にとってみたが、「ボケ」を見事にさばく「ツッコミ」って本当に難しい。そしてなかなかいない。

 ナイナイ矢部が何かの番組で「願いごと」として「ツッコミがうまくなりますように」と言っていた。きっとどのコンビのツッコミたちも同じ思いだろう。 「よいツッコミ」のイスに限りがあるわけではないが、そこに座っているのはほんの数人。そんな中「さまぁ〜ず三村」ひとりだけが独自のルートで手に入れた、ちょっと型のちがう「特別席」に座っている。でも背筋は伸びてる。
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