2001・11、自衛隊海外派遣


 ”帝国陸海軍は、本8日未明、
西太平洋において米英陸海軍と戦闘状態に入れリ”

 
1941年12月8日、太平洋戦争のはじまった日、ラジオにじっと耳を傾け、感慨に胸を震わせていた一人の少年がいた。当時国民学校の4年生だった山中恒である。少国民だった山中恒にとって、生涯忘れられない日となった。
それから60年、少年は作家になっていた。
現在70歳の山中さんの言葉。
「12月8日、戦意高揚して真っ赤に燃えたあの日の日本人のことを、絶対忘れてはならないと思う。私は、12月8日が来るたびに、あの熱狂的な愛国少国民であった自分を思い出し、また、このような少国民に仕立て上げたものは何だったのかに、こだわりつづけてきました。つまり、私にとって12月8日は、あの戦争を聖戦にイメージデザインした、国のうさん臭さを考える日になりました。」



自衛隊に派遣命令 中谷防衛庁長官

2001/11/21
小泉首相は20日夕、中谷元・防衛庁長官と首相官邸で会い、自衛隊が実施する米軍支援とアフガニスタン難民救援の具体策を盛り込んだ実施要項を承認した。これを受けて、中谷長官は要項を決定し、自衛隊に活動準備に入るよう派遣命令を出した。
 派遣されるのは護衛艦「さわぎり」、補給艦「とわだ」、掃海母艦「うらが」の3隻。25日から26日にかけ、それぞれ長崎・佐世保、広島・呉、神奈川・横須賀から相次いで出港し、インド洋に向かう予定。
 派遣命令後の記者会見で、中谷長官はイージス艦を今回は派遣しないことを正式に表明。「現地の状況の変化や国会の意見を踏まえ、総合的に検討した」と理由を説明した。
 派遣命令を受け、政府は自衛隊派遣の国会承認手続きに入る。テロ対策特措法では、派遣命令から20日以内に国会に付議するよう定められているが、臨時国会の会期末(12月7日)が迫っており、22日に承認案を国会に提出する。
 実施要項は16日に閣議決定した基本計画を具体化したもので、活動の実施区域や活動内容がより詳細に記載されている。防衛庁は「任務の特殊性がある」(首脳)として、実施要項の概要のみを公表した。
 概要では、米軍の後方支援活動の期間を、予算措置の関係から、基本計画で定めた半年から4カ月余りに短縮し、来年3月末までとした。情報収集のために今月9日に先行して出港した護衛艦2隻、補給艦1隻も11月末にも米軍支援に目的を切り替える方針。空輸業務は米軍との調整が続いているため、開始が12月にずれ込む見通しという。
 さらに、要項には補給・輸送などに加え、基本計画には定めていない情報収集の任務を明記した。「補給・輸送の任務遂行のため必要」(幹部)としており、米艦船と情報を共有するデータリンクシステムも活用する方針。収集する情報としては(1)活動区域の近くで戦闘が行われるかどうか(2)周辺の治安情報その他、を挙げている。
 今回出港する補給艦は途中の寄港地で米軍に補給する燃料などを積み込み、インド洋上で米艦隊に補給したり、英領ディエゴガルシア島の米軍基地に輸送したりする。掃海母艦はアフガン難民救援のため、テントなどを積んでパキスタンのカラチに向かう。