バックパッカー・パラダイス1,2巻
さいとう夫婦 
旅行人 ISBN4-947702-02-8

さいとう夫婦とは、旅行コミックのためのさいとう克弥と小野まゆらの漫画ユニットです。さいとう克弥は昭和43年生まれで、漫画とイラストの仕事をしています。小野まゆらは昭和41年生まれで漫画家。二人は東京のお茶の水にある美術系専門学校で出会って結婚。3年間働いてためたお金で、1991年3月、2年半の世界一周旅行に出かけたのでした。「バックパッカー」とはできるだけお金をかけないで長期の旅行をする旅行者の国際的な共通名称です。

世界一周といっても中南米を旅するのが夢だったとあって、中南米諸国を旅している時のことがたくさん描いてあります。この本を一言で言い表わすとすると「旅」そのものです。ガイドブックではないけれど、ガイドブックよりも生きた情報が大変わかりやすく楽しく漫画で描かれています。ページを開けばそこには、いつか自分が泊まるかもしれない安宿の風景や、乗り合わせるかもしれないバスの中の様子や、出会うかもしれない人々の姿が、そしてビザの取り方や切符の買い方などまでが、実録旅行コミックとして漫画化されているのです。

観察力がすごいです。1コマの情報量の多いこと。1本1本の緻密な線が紡ぎ出す、言葉では説明できないナマの町の様子。読んでいる自分もいつのまにか、彼等と一緒に旅をして、危ない目にあったり感動する出来事に遭遇したりして、その国に行ってきたような気分になります。ガイドブックだとこうはいかないでしょう。親しみの持てるキャラクターと作風、わかりやすさ、必ず笑わずにはおれない笑いのツボの確かさ、そして人の心の暖かさが、この作品をただの漫画版ガイドブックとは違うものにしているように思います。

内容をちょっと紹介すると、例えば中南米でよく使われているスペイン語についての解説。

犬=ぺろ(perro)、ホットドッグは「ペロ・カリエンテ」(熱い犬)とも言います(そーいや中国でも『熱狗』だった…)。
クマ=おそ(oso)、チキン=ぽよ(pollo)、おうし と めうし=とろ い ばか(toro y vaca)、にんにく=あほ(ajo)、いか=からまれす(calamares←これなど特に覚えやすいですな)
中南米の土産物市場などを歩いているとよく言われる言葉「け ブスか」。
おっと、怒ってはイケマセン。これは「なにさがしてんの?」という意味です(怒っているまゆらさんが描いてある)。・・・こんな調子でおまぬけなスペイン語が紹介されていて笑いながら楽しく読めます。

面白い旅のエピソードを紹介するとキリがなくて困ります。船での4日間のアマゾン川下りでは、トイレで流したものは川に捨てられているのに、船の飲料水やシャワーの水がどうやらアマゾン川の水を使っているらしく、飲料水のタンクは2日めにはにごった色になり、4日間シャワーを浴びずに通して夫婦揃ってモノモライになっています(でも他の客はシャワーも食事も平気)。

葉巻で有名なキューバはうっかりヤミ両替でどっさり人民ペソを手に入れても、町でろくなものを売っていないので使い切れないそうです。デパートでショーケース内で売られているのが、安っぽい造花(18円)や中国製フィルム(約25円)やサビたつるはしの頭(約100円)だというので驚き。ヤミ両替しすぎて困った友人は、あまったお札をホテルの窓から外にばらまいたり、お札を燃やして葉巻に火をつけたりしていたそうです(でもこれらは一応犯罪行為になるので真似しないようにとのこと)。インドの火葬の話は原始的ですごかったけれど、なんとも牧歌的で、日本や欧米とは死や葬式に対する観念が違うんだなと思いました。

まゆらさんはブルドックの傑作漫画の単行本も出していて(いずれここで紹介するかも)、動物をユーモラスに描くのが得意なので、旅の間に登場するいろいろな動物がとても魅力的です。ヒナを守るため威嚇する七面鳥のオスの様子とか(グアテマラ)、「リャマは嫌いな相手には胃液を吐きかけるそうな」とペルーで旦那とリャマのツーショットを撮ろうとしたら、リャマがゴポゴポのどの奥からこみあげるような音をさせはじめましたとか、そんな動物達を見ているだけでも楽しい。

そんな動物たちの中でもとりわけ目立つのが、ニューヨーク編のコーミー(黒いチャウチャウ犬)とグアテマラ編のファーファ(雑種?モップのような小型犬)の話。ニューヨークで滞在していた下宿屋で飼っていたコーミーは無愛想な犬でしたが、飼い主が4〜5日留守の間まゆらさんがコーミーの世話をすることになります。やっとコーミーがまゆらさんに心を許した時に見せた表情がねえ・・・犬って笑うんですね。たまりません。

ファーファはグアテマラの禅という日本料理屋で飼われていた犬です。禅は中南米の日本人旅行者にとって、情報交換の場としてなくてはならないところだそうです。ここの経営者の日本人のプレイボーイのユキさんのキャラクターやここでの旅行者のやりとりが、学生時代の思い出のような、なんとも懐かしい楽しい出来事として描かれていてちょっと切ないです。ファーファがユキさんと親しい女性に嫉妬して、まゆらさんにとばっちりがきたり、ビール飲んで演説したり、自意識過剰でチヤホヤされたがりの性格が面白い。コーミーもファーファもそうなのですが、犬ってどうして「お別れ」の時ってわかるんでしょう。つらいよね。

ああ、この漫画の面白さをうまく伝えられない自分が歯がゆいです。後書きの言葉を借りると、旅の時間は非日常性の連続です。旅の魅力とは、その「非日常性」によるところが大きいかもしれません。予期せぬトラブル、思わぬ幸運、日常的には決して出会うことのない人々、そういった楽しさを知ってしまうとついまた旅に出たくなるのだと。その出会いの中に、「人生は素晴しい」と感じる瞬間が確実にあるのです、とさいとう夫婦は語ります。つらい別れも中にはあるけれど、出会えたことが何よりの奇跡であり、ステキなことなのです。そんなさいとう夫婦のステキな瞬間を、私達に追体験させてくれるのがこの漫画なのです。

「私達の漫画では旅の本当の素晴しさの半分も伝えられなかったのではないかと心もとないですが・・・」としめくくりでさいとう夫婦は語りますが、私は十分伝わっていると思います。一つの出会いが奇跡であるならば、この本に出会えたことも素晴しい奇跡だったと私は思います。ステキな思い出をたくさんおすそわけして下さってありがとうございました!