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SANTA ESMERALDA DON'T LET ME BE MISUNDERSTOOD SFL-2250 この曲を初めて聴いたのは、イギリスのグル−プ、アニマルズでだった。 彼らのシブイ"悲しき願い"は、衝撃的だった。(65年にヒット) この曲は64年にペニ−・ペンジャミン、ソル・マ−カス、 グロリア・コ−ルドウェルがつくり、最初に歌ったのは、ニナ・シモンズです。 このサンタ・エスメラルダでは、フラメンコ・タッチのディスコナンバ−として 77年にヨ−ロッパでヒットし、アメリカでもヒットしました。 リ−ダ−のルロイ・ゴメスは、エルトン・ジョンの"グッドバイ・イエロ−・ブリック ロ−ド"にミュ−ジシャンとして参加もしています。 日本では、尾藤イサオさんが歌ってヒットしました。 |
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GEORGE MCCRAE ROCK YOUR BABY SS-2384 マイアミにあるマイナ−・レ−ベル"TK・レコ−ド"から出した、この曲で一躍 後世に残るような名曲を残した、ソウルシンガ−"ジョ−ジ・マックレ−"の デビュ−曲です。74年度の最優秀ソウルシンガ−ですが、この曲で デビュ−するまえのキャリアは、相当あったようです。 この曲は、"TK・レコ−ド"の最初のスタ−、ファンキ−・ソウルを得意とする K.C.&ザ・サンシャインのリ−ダ−だった、H.W.ケイシ−とR.フィンチの共作で 書かれた曲です。 静かな盛り上がりがある曲で、イントロからジワジワと浸透する名曲で、 時々聴いています。 |
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BONEY M. SUNNY P-187A この曲も、いろんな人たちがカヴァ−しましたが、最初に歌ったのは、 ボピ−・ヘヴでした。インパクトありました。 西ドイツ(当時)出身のこのグル−プ"ボニ−M"は、77年に、このシブイ 名曲をカヴァ−し、ヨ−ロッパ、全米で大ヒットさせました。 男性1人と女性3人のグル−プでしたが、男性の低音とゼクシ−な女性 ヴォ−カルが絡んだ、当時としては、凝った音が印象的なグル−プでした。 詞はシリアスなんですが、ディスコ・ヒットとあるように、踊り出したくなるよう なビ−トだった。大好きな曲です。 |
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NARADA MICHAEL WALDEN I SHOULDA LOVED YA P-509A ナ−ラダ・マイケル・ウォルデンこの当時、スマ−トですね。2年前くらいの クリスマス・アルバムを発売した時は、かなり貫禄がついていました。 彼は、音楽性の高いダンス・ミュ−ジックをやっていたという印象です、 音楽性の高い、低いという表現もおかしいとはおもいますが、 マハビシュヌ・オ−ケストラやジェフ・ベックの"ワイア−ド"でドラマ−を やっていた経歴があるんですね。 この曲は、全米のディスコでかかりっぱなしだったというくらいヒットした曲 |
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JAMES BROWN SEX MACHINE DP 3026 ジェ−ムス・ブラウンの曲といえば、とっさに思いつくのがこの曲です。 このシングル盤は、シングルとして初めての登場となったもので、 ギタ−、ベ−ス、ドラムをメインに、あの粘りのあるサウンドを形成して います。この当時の相棒、ボビ−・バ−ドとの掛け合いが絶妙ですね、 2002年にリリ−スされた、ジェ−ムス・ブラウンのニュ−・アルバム "The Next Step"で、かなり長い期間疎遠だった、ボビ−・バ−ドと共演 しており、懐かしかったです。 ファンキ−な曲が好きで、今なお聴いていますが、その土台になった曲が この曲だと思う。 本当に、永遠の名曲になりましたね |
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JAMES BROWN IT'S A MAN'S MAN'S MAN'S WORLD DP 1696 1956年に"Please Please Please"でデビュ−したジェ−ムス・ブラウン ですが、当初からファンクナンバ−を歌っていたわけではありません。。 (当たり前ですが) 幼少の頃は、ゴスペルを歌っていたということで、その影響を受けた 歌い方もしていました。シャウトっぽいこの曲の出だしが印象的で、 究極のR&Bバラ−ドといったところでしょうか。 男の世界をせつせつと歌うという、シブイ名曲です。ジャケットも紫で 印象的でした。 この時期は、とにかく飛ぶ鳥も落とす勢いといったような、成長期に あったと思います。 |
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OTIS REDDING THE DOCK OF THE BAY P-2546A 日本ではこの曲がオーティスの最初のヒット曲です 。 若くして飛行機事故で亡くなってしまいましたが、ほんとうに残念です。 この曲"ドック・オブ・ベイ"は、ほんとうに、ソウルフルな曲でした。 「故郷のジョージアをあとにしてフリスコ・ベイを目指した 生きがいなんて何もなかった 何ひとつ思うように行きはしない 俺は入江のドックにすわり 潮が引いていくのを見つめている 入江のドックにすわりただぼんやりと時間をつぶしてる」といったような 歌詞でしたが、人生に落ち込む時に、常にこの曲を聴いていたような気 がします。矢沢永吉さんも"チャイナタウン"(好きな曲です)の 歌詞で取り上げています、 「チャイナタウン この街を行けば お前との想い出が 風のように頬を打つ チャイナタウン 空のポケットに 夢ばかり詰め込んで 生きていた二人さ ポニ−・テ−ルは もう切っただろう ベイビ−泣きながら 幸せなら いいけれど ベイビ−もう一度お前に会いたい チャイナタウン 若すぎた恋いの あの香り 甦る ほろ苦いジャスミン・ティ あのレコ−ドは もう捨てたのだろ ベイビ−辛くて 幸せなら いいけれど ベイビ−もう一度お前に会いたい チャイナタウン ヨコハマ・トゥワイライト・タイム 流れてる 俺たちの好きだった "ドック・オブ・ベイ"」 |
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ECSTASY,PASSION & PAIN ASK ME YK-8-RO エクスタシ−・パッション&ペインというグル−プの75年の大ヒット曲です 74年に日本に上陸した、ニュ−ステップ"ウォ−タ・ゲイト"で この曲を踊るという現象もあったように思います。 ちなみに、このシングル・ジャケットには、横浜のディスコ"La Via"の テリ−氏によりステップが連続写真付きで、詳しく紹介されています。 大型(体育館のような)のディスコが、たくさんあり、群をなして 同じスッテプをやっていたように思う。 |
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STEVIE WONDER SUPERSTITION JET-2168 スティ−ビ−・ワンダ−の73年の名曲です。 アルバム"TALKING BOOK"に収録されていた曲で、ビルボ−ド誌では、 1位を獲得しています。 当時、このジャケットのインパクトは相当なものがありました、同時に サウンドのほうも、衝撃的でした。 この頃の、モ−タウン・サウンドは、急激にロック化しつつあった傾向に あったと思います。 ものすごく影響を受けた作品です。 |
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THE STYLISTICS CAN'T GIVE YOU ANYTHING (BUT MY LOVE) JET-2333 フィラデルフィア出身のスタイリスティックスというグル−プのヒット曲です この曲はなんといっても、リ−ドヴォ−カリスト、ラッセル・トンプキンスJr. の甘い声が印象的な美しい曲でした。 この曲を作ったのは、プレスリ−が歌った名曲 "好きにならずにはいられない"でお馴染みのヒュ−ゴとルイジ。 彼らはアブコ・レコ−ドの社長とプロデュ−サ−でもあり、 作曲家として、素晴らしい作品を残しています。 ヴァン・マッコイの見事なアレンジにより、この曲からも、"ハッスル"という ステップが流行りました。 よく聴いていました。 |