アカデミー前哨戦 保沢編

●はじめに

●YU−NOの世界観について

1・事象とは何か?
2・ブリンダーの木とはなにか?
3・デラグラントが起こしたような”時間移動”とはなんなのか?
4・事象の果て(=この世の果て)とは何か?
5・事象を移動するとはどういうものなのか?
6・主人公&ユーノがたどった歴史とは?

●神奈について

1・誰の子?
2・虚弱体質の理由

●補足・事象を翔る



著作者:保沢瀬漸

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●はじめに

 この文はYUNOの世界を、私、保沢がどう捉えてるかを書いたものである。この文を書くにあたり参考としたものは
イ−剣乃氏自身が語ったこと
ロ−今川由利香の論文
ハ−絵理子の説明
ニ−龍蔵寺の語ったこと
ホ−亜由美、広大の言動から
ヘ−プレイヤーが主人公を通して経験したこと であるが、これらの優先順位は
ヘ−ヘ→イ→ハorニorホ→ロ

である。

 つまり、剣乃氏自身が語ったことよりも、ゲームにおけるルールの方をより真とし、それらの後に、ゲーム世界に生きてるものの印象を重視するという形である。今川由利香の論文は”並列世界があるとすればそれはどんなものか?”といういってみれば空想の中の(夢の中の夢のような話ではあるが)考察に過ぎないため、1番優先順位の低いものとした。

 これらの優先順位を変えると、また違った考えかたができるのだが、ここでは上の前提をもとに話を進めていく。

 

 

●YUNOの世界観について

1・事象とは何か?

#おおよその事実関係から解ること

a.値の高い所から低い所に向かって流れるもの
b.原因系に干渉し、結果系を作るもの

#リフレクターの性質から解ること

パターン・A

「リフレクターによる移動」=「時間移動」としたとき”事象”と”時間”は別の性質を持った2つの存在である。

 このとき、事象は時間の諸法則の上に存在しているものであり、時間は人が物理的に観測できる物質(以下、「物体」と表現する)の上に存在しているものと捉える。

 物体がある原因をもつと(ガラスに負荷が加わる、など)、それに時間が干渉し、ある結果を生む。(ガラスが割れる、など)つまり物体の因果律を支配してるのが時間である。そうであるなら、もし、時間が干渉しなければ(時が止まれば)物体はまったく動けなくなるし、また、物体が光速を超えたスピードで移動できないのは、物体が時間の流れるスピードを超えられないためだ、といえるのかもしれない。物体の諸法則は、このようにして、時間に支配されているものと思われる。

 同じようにして、時間も事象の諸法則に支配されているのだろう。YUNOで語られる”世界の分岐”や”カオスの矯正”などは事象に支配された時間の持つ諸法則なのだろう。

 ”世界の分岐”が事象に支配された時間の諸法則によって起こるなら

事象・・物体、時間の諸法則から自由
時間・・物体の諸法則からは自由。事象に支配され、
    それにより一定の諸法則を持つ
物体・・事象、時間に支配され、それにより一定の諸法則を持つ

”物体による世界の分岐”は物体が時間の支配から逃れなくてはおきないということになる。端的にいうと、時間を遡ったりスキップしたりしない限り”世界の分岐”はおきないということである。

 この場合、リフレクターの示すマップはブリンダーの木の1部ではなくなり、もし、主人公のしていることをブリンダーの木を通してみるなら宝玉ロードした場所のすぐ隣から、また新たな世界が始まっていることになる。(宝玉ロードをした世界としなかった世界が分岐する。)

パターン・B

「リフレクターによる移動」=「事象移動」としたとき”事象”とは現代の人間が認識している”時間”の真の姿であるとする場合である。

ここで、アリストテレスの唱えた天動説について話そう。アリストテレスが天動説を唱えたのは

「地が動いてないのだから天が動いてるに決まってる。」

という錯誤が原因になってる。

 アリストテレスの時代の科学は哲学に内包されるもので、科学とは、あくまで、人間の捉えた印象における真理を追及するものに過ぎなかった。(人間中心の科学)

 アリストテレスの限界はそこにあったといえるかもしれない。

 以下に「其の訳・弐・」にいつてのみ話題をしぼる。

 地面が動かない、確かに人間に与えられる世界の印象はこれである。だが、それはあくまで、「自転」という大きな流れにまきこまれてしまっている人間の、である。

 地球と同じスピードで動いてる。だから地球がとまってみえる。地球の自転にまきこまれていると、感覚としてはそれがないものとして捉えられてしまう。

 つまりある流れにのっているものは、その視点からでは流れがないという印象をしか持てないのだ。

 アリストテレスは人間の印象から真理を求めることで地球観を錯誤した。我々の”時間”に対する理解も、これと同じ過ちを犯しているのだ。そして、これを修正したものが”事象”なのである。

 つまり、我々が考える「時間を遡る」ということの真の姿は「事象を遡る」ということなんだと捉える。この場合、リフレクターの示すマップはブリンダーの木の一部であって、主人公はブリンダーの木の上を移動していることになる。

 以上の2つの捉え方を比べたとき、パターンBの方がより信憑性の高いものに思える。

 理由は、パターンAの場合では主人公&ユーノが”事象の果て”に遡ることの説明をしようとするとき、また、主人公&ユーノの刻んだ歴史を説明しようとしたとき、やたら複雑で、こじつけがましい理屈をつけなければいけなくなるからだ。パターンBの方が、それに対し、よりシンプルな解答を与えることができ、だからこそ真理を内包しているとおもわれる。

以上のことから、以下の文はパターンBが正しいものとして続ける。

 

2・ブリンダーの木とはなにか?

 世界の全て。事象の果てを核として形成されるものの全てを仮定したもの。複数の可能性が生まれた段階でたえず分岐している。

 リフレクターとは、分岐を作る装置ではなく、そのようにして分岐しているブリンダーの木上を探索できる装置なのである。(プレイヤーがどうやっても100%以上のマップを作れないのは、あらたな分岐を作ることがリフレクターの性能ではないためである)

 もっとも、リフレクターも、ブリンダーの木の持つ可能性の一つであるから、人間の視点からは”分岐を作るもの”であると捉えてもいいのかもしれない。これは、リフレクターを、例えば「神奈の生徒手帳」や「豊富の写真」と同列におくという意味である

 

3・デラグラントが起こしたような”時間移動”とはなんなのか?

 ブリンダーの木の持つ可能性の1つ。「時間が遡る」という原因系にたいして起こる結果。

 これは、「ガラスに衝撃が加わる」という原因に対して、「ガラスが割れる」という結果が得られるのと一緒である。

 これがおこると”時間が遡った系”と”時間が遡らない系”がブリンダーの木上で枝分かれする。

 

4・事象の果て(=この世の果て)とは何か?

 全ての始まり、唯一の場所。ただし、そこもブリンダーの木の一部であることに変わりない。

 文学的に表現すると全ての可能性(=possibility)あるいは希望(=wish)の収斂している場所なのかもしれない。(補足:事象の果てでは、だから、世界の全てを見ることができるのかもしれない。)

 ここにいる主人公&ユーノは、事象の流れにはのっているが、もはや、何の原因系ともなりえない存在であると思われる。

 「因果律の流れに捨て去られ」ている。(引用、プロローグ終盤の龍蔵寺のせりふ)

 ブリンダーの木によって視像化すると、事象の果てから伸びる、何の横枝も伸ばさないひとつの枝といったところだろうか。

 つまり誰もさわれない2人だけの世界にいる、ということ。(デラグラントの漂っていた系がデラグラントだけの世界であったように)

 

5・事象を移動するとはどういうものなのか?

 世界に存在している可能性を見る、ということ。

 たとえば、神奈が死んでしまう所で、ブリンダーの木は勝手に”神奈が死んでしまう世界”と”神奈が生き延びる世界”を分岐させている。人が普通に生きてる限り、これらのどちらの世界をしか認知(つまり体験)できない。

 ところが、リフレクターを使うことにより、自分が見なかった可能性をのぞくことができるようになる。  だが、事象移動は記憶の欠損などの制約があり、いくらでも可能性を追及できるというわけではないらしい。

 あくまで、世界の内包していた以上の可能性を人が能動的に作り出すことはできないのだ。  では、誰かが事象移動をした際に起こっていることとは、いったい何なのであろうか?

 たとえば、ある者がリフレクターを使い、宝玉セーブした場所に帰ろうとしたとする。このとき、彼(あるいは彼女)の所有せし知識、持ち物(アイテム)、肉体や服は、世界が許容する範囲でのみ持ち越しが可能となる。だが、その範囲を超えたものは、”カオスの矯正”によって失われてしまうらしい。この制約は、移動する者の肉体年齢の含まれる。22才の者が18才のときの自分のいる系に事象移動したとして、移動先に22の彼(あるいは彼女)が存在することが、世界に許容されてないと、彼(あるいは彼女)はまた、18の肉体になる。

 世界は、つまりブリンダーの木は、無限的に分岐することをそのようにしてふせいでいるのだ。

 

6・主人公&ユーノがたどった歴史とは?

 主人公の視点から見た順に書いてみる。

→プロローグ開始(ゲームスタート)

→ユーノが宝玉を持って登場

→その宝玉は、デラグラントにおいて主人公が手に入れた方のリフレクターに、嵌まっていたものの1つであるが、プロローグにおいて主人公の持ってた方のリフレクターに嵌まってしまう。 この時点で主人公のもつリフレクターには3つ(SS版では5つ)の宝玉が嵌まってる。

→ユーノはこのうち、自分が持ってきたものでない宝玉に触れ、セーブしてしまう
 (プロローグより引用)>龍蔵寺「さっきの女性が、何かをしたのではないか?」
 >主人公「<中略>はっ。(そういえばさっき、俺の持ってるこれを・・・・。)」

→このときから、主人公の持っていたリフレクターは誤動作をおこす。

→そして同時に、”ユーノが死んでしまった世界”と”ユーノが死ぬことがない世界”が分岐する。その後、主人公は、デラグラントの漂う世界と、もともと自分のいた世界の接近によって生まれた、事象移動のエネルギーにより、デラグラントへ飛ばされる。

→そして主人公はプレイヤーが見たエピローグと、ほぼ同内容の体験をする。

→そして、デラグラントの崩壊により発生した事象移動のエネルギーによって、主人公はプロローグ直後の世界に戻ってくる。そしてこのとき主人公のエピローグで得た記憶、肉体年齢、服は、カオスの矯正によって失われ、鉄の剣だけが世界の許容範囲にあるため、もちこまれる。

→ゲーム本編スタート・・・8個(SS版では10個)の宝玉を集める。

→そして三角山の地下において王の名を入力する

→このとき、リフレクターに嵌まっていた間違った宝玉(プロローグで、ユーノがもってきたもの)が外れ、正しい宝玉のありかが示される。

→また、このとき主人公は失っていたものを全て取り戻す。
 (このときの主人公の見たものが、プレイヤーから見たエピローグ)
 >取り戻し方・A・記憶が流れ込んでくることにより、(夢を見るような感覚で)追体験する。
 >取り戻し方・B・実際に、エピローグ開始時点にロードして、体験を繰り返す

→そして、こんどこそ”ユーノが死ぬことがない世界”に分岐する要因を持った主人公がユーノの前にロードしてあらわれ、エンディングになる。

→そして彼らは、4で述べたような存在になるのである。

 

 

●神奈について

1・誰の子?

 アマンダと、ゲーム本編の時代から50年前の地球にいた「波多乃」という名の男の子供。理由は特になし。ファーストインプレションを重視してみた。

 剣乃氏がYUNOという作品において、「タブー」を書きたかったのは確かで、(既成概念に縛られるな、という、YUNO全般に渡るテーマの中の、最も重要な部分)それでいうならここも「タブー」の要素を含んでなければいけないのだが、考えてみれば、「父−娘」という図式は、「主人公−ユーノ」でやっているわけで、重複させる必要はないのではないかとも思える。

 

2・虚弱体質の理由

 個人差。同じ遺伝病に苦しむ人達の間でも、発現のしかたにはやはり個人差があるわけで、そういった意味で、神奈は運が悪かったほうなんだとおもう。

 

 

●補足・事象をかける

「YUNOの世界観について」の6・主人公&ユーノがたどった歴史とは?における

→そして、デラグラントの崩壊により発生した事象移動のエネルギーによって、主人公はプロローグ直後の世界に戻ってくる。そしてこのとき主人公のエピローグで得た記憶、肉体年齢、服は、カオスの矯正によって失われ、鉄の剣だけが世界の許容範囲にあるため、もちこまれる。

の段階で、主人公がエピローグ終劇部で持っていたリフレクターであるが、これがゲーム本編上に持ち越されていたら・・

これを神奈が拾っていたら・・

プロローグが終わり、気絶している主人公のわきに2つに増えてるリフレクターを見て混乱した神奈が、どう考えてもおかしい、宝玉が7個(SS版では9個)も嵌まっている方のリフレクターを、持ち去ってしまう・・

そして、いつしかその使い方に気付いた神奈が事象移動を始め、たとえば、亜由美シナリオの龍蔵寺エンディング1回目に出てきた神奈だったり、澪エンディングで助けに来てくれた神奈だったりしたら・・

そう考えると何だか楽しくなってくる。

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