ビートニクラジオ

アナウンス「街でいちばんの男、ビートニクラジオ」

玉袋「師匠はどこに?」

島田「どこでも」

玉袋「殿は大体そこに座るんですよ」

島田「それじゃ俺はこっち座ろうか」

玉袋「おはようございます」

博士「おはようございます。洋七師匠一時間前に入って、一時間たっぷりもう(笑)」

殿「撮っときゃよかったじゃないか」

博士「もうほんと、大笑いしてましたよ」

殿「回しときゃよかったじゃないか。あー疲れた」

博士「洋七師匠は早起きなんですか?」

島田「そんな事ないよ」

博士「漁の方は最近行かれてないですか?」

殿「どこの漁?」

博士「あの、海の方」

玉袋「アルバイトやってたじゃないですか」

島田「バイトなぁ、二分で辞めたな」

殿「何を?」

博士「だって殿が今、運送屋のバイトしてるからって」

玉袋「マネージャー付きでバイトしてるっつってましたよ」

島田「本田が言うてたんやな、東スポの。電話かかって来たんや、飲みにいかへんかて。『今バイト中やねん』いうて。『何のバイトやってんの?』ちゅうから『いや、運送会社のバイトや』て。『あ、じゃあ切ります』て(一同笑)。マジに取られてもなぁ」

博士「いや、みんな本気にしてますもん」

島田「いや、セブンイレブンのトラックあるやんか、あれが家の前の近所のセブンイレブンとこで荷物下ろしてて、その人が大変やったんや、荷物が落ちてきて。だから俺とそこのオーナーが一緒におって、大変やからてつどぉてたんや」

博士「その会社のオーナーだったんですか?」

島田「そうそうそう、その運送会社の。それで押してた時に電話があったから、バイトしてるっていうような話で。携帯って、どこにかかってくるかわからへんもん」

博士「そうですよねぇ。じゃあバイト中だって言うしかないですよね」

玉袋「それがでも、まことしやかに流れたっていう事ですよね」

博士「そうそう、それで週刊誌で『あの人は今』とかってね」

島田「そうそう、それがぴったり合うのがすごいよな(一同笑)。わしもそこで『何でやねん』とか言うてほしかったわ、本田さんも。『あ、ほんまですか。じゃ、失礼します』言うてね、気ぃ利かせて切っちゃって(笑)」

殿「喜んで俺んとこ電話かかってきたもの。『たけちゃ〜ん』って」

博士「僕もそれで知ったんですから」

殿「そうだよ、『たけちゃ〜ん、大変だぜ』っつうから、『何?』『洋七がバイトやってるぞ、おい。トラックの運転手だってよ』(一同笑)『へぇ〜』っつってよ」

玉袋「また『へぇ〜』っつうのもすごいですよ(笑)」

殿「俺もそうかなっつって、そのままだったんだよ。別に違和感ないから笑ってしまうんだお前」

博士「でもその運送会社の社長と一緒にいたっていうとこがすごいですよね」

殿「あの社長だろ?あのかぶるやつの社長だろ?『ガタガタぬかすとかつらかぶるぞ』っつって(博士笑)。『買うぞこの野郎』って買ったんだよ。だからさんざん怒鳴ってたから、かつらつけても誰も何も言わなくなっちゃったんだよ(笑)。『かぶるぞこの野郎、いいやつ買うぞこの野郎』って」

島田「かぶる、かぶるっていばってた、飲み屋で」

玉袋「珍しいですね、逆ですね」

博士「それは飲み屋で知り合ったんですか?」

島田「いやいやいや」

博士「元々知り合いで?」

島田「うん」

殿「アルバイトだって(笑)」

玉袋「バイトで知り合った」

島田「でもね、芸人って暇な時バイトでけへんやんか、なんとなく。でも一週間も暇な時、したいと思うもんな。このままずーっとおってもなって(一同笑)。一回ガソリンスタンド行った事あるんだよ。『雇えへんか?』って。自給な、1100円ぐらいするねん、夜は、ガソリンスタンド。そこへ一回行ったんやけどな、それがまずかったなぁ。弟子連れてベンツで行ってな、『バイトさせぇ』言うてな。『いいですけど』『弟子連れてバイト行きます』って」

殿「それお前、ただの乗っ取り屋じゃねぇか馬鹿野郎お前」

島田「でも、弟子連れてバイトするのおもろいやろ、ガソリンスタンド立ってて『来たぞ客、行けこの野郎』言うて。何にもしないという(笑)。『入れろ、早よ』て」

玉袋「それ、ガソリンスタンドオープンした方がいいですよ」

殿「やり方はポールさんと変わってねぇじゃねぇか。弟子は自分のスナックで働かせてよ」

玉袋「(笑)言ってましたね」

島田「でも芸能人てつらいのがその、売れなくてもずーっと芸能人やんか。五年仕事なくても芸能人やもんな。これつらいで」

博士「そうですよー。しかも洋七師匠ぐらいになると、日本中知らない人はいないですからね」

島田「いや、やっぱりね、ガソリンスタンドは照れると思うな、客も。『カメラ回ってんちゃんうかな』とかな」

博士「どっきりカメラかなとか思いますよね」

島田「うん、『あの人は今で来たな』とかな。こないだ洋八に来よったな、あの人は今」

玉袋「あ、そうですか。きよしさんと洋八師匠と…」

博士「いや、きよしさんのレギュラーは事件の時と、後あの人は今みたいなテレビが、もうレギュラーになってますもん」

殿「いや、きよしさんは今じゃない、今どこ?だよ。刑務所にいるか、自宅待機かどっちかだよ。検察庁か」

島田「でも花月の楽屋おったらな、カメラがスーッと入って来て、『洋八さんは?』って言うから、『何の番組なの?』って言うたら、『あの人は今』。それで洋八がどっかおって、それ撮って、洋八が久しぶりにテレビ出れる言うて、そんできよしさんが事件起こしてそれもボツになったという。あの人は今も出れないタレントなんて珍しいやろ(一同笑)。普通は出れるぞ、あの人は今は。それも出れないなんてなぁ、もう笑い転げたもん。吉本で今年中のニュースやな」

博士「あの人は今すら」

殿「あの人は今で笑ってる場合じゃねぇ。相棒だぞ、お前ら(笑)」

島田「相棒やけど、あの人は今と漫才やってるちゅうのもなぁ」

殿「俺だってお前、きよしさん映画に出てお前、あの事件起こしちゃってお前。俺編集ん時ずーっと悩んでたもん、外すか残すかお前」

島田「そんでどないなったのよ?」

殿「どうせ来年の映画だから残したけど。いつでも取れる準備して。アダプターみたいになってるからあいつ。パッと抜きゃいいんだから。カセットになってんだ、あいつのシーンは」

島田「何かあったら外すの?」

殿「すぐ外す」

博士「僕らだって、北野チャンネルで五時間枠もらったんですけど、二時間漫才ってのを二日間やって、それを流すはずだったんですけど、きよし師匠とツービート襲名でやったんで、きよし師匠に来てもらったんで、その部分があるからって全カットになったんですよ」

玉袋「四時間分カットになったんですよ」

殿「北野チャンネル見て文句たれるやついないだろう、お前。見てないよ誰も(一同笑)」

玉袋「そうですよねぇ」

殿「PerfecTVだろ?」

博士「そうです、ええ」

殿「誰も見ちゃいないよ」

玉袋「それがね、また撮り直しですもん」

殿「もったいない事して」

島田「それ恐いなぁ」

殿「それごと流せるからいいじゃねぇか」

博士「それをまたね、復帰した時にはね」

殿「何でお前、洋七がゲストなんだよ?大体」

博士「あ、いや」

アナウンス「街でいちばんの男、ビートニクラジオ。出演は、ビートたけし、浅草キッド、そして島田洋七。今夜は共に1980年代の漫才ブームを生き抜いて来たたけしさんと洋七師匠の、伝説のトークスペシャル。二人の愛と笑いの伝説の数々を、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。街でいちばんの男、ビートニクラジオ。この番組は、東京FMから真夜中のあなたへ発信しています」

博士「街でいちばんの男、ビートニクラジオ〜〜!!はい、こういう番組なんですよ」

殿「今から始まったのか、馬鹿野郎」

博士「そうなんです、ええ」

殿「何だよ」

博士「その辺ちょっとね、じゃあ報告しときましょうかね。先週ね、予告しましたようにね、ゲストグランプリという事で、殿が評価を付けて0点だった」

島田「0点!」

博士「はい」

玉袋「0点だったですね」

博士「でも僕らは50点。審査委員長は我々ですから」

玉袋「でも錚々たるメンバーをですね…」

殿「お前、40点とか30点とかさんざん俺が付けといて、我々は50点持ってますよ、じゃあ洋七さんに50点、ゲストは洋七さんですって、始めから決まってるじゃねぇか、馬鹿野郎お前」

玉袋「いや、大変でしたよ押さえるのが」

博士「そうですよ」

玉袋「師匠をつかまえるのが大変でしたから」

島田「それ、連絡先がわからへんだけやろが(玉袋笑)」

殿「東スポに『洋七出て来い』って書いてあったんだ」

博士「もうB&Bと言えばですね、我々憧れでしたからね」

玉袋「今すごいですよこれ、ツービートとB&Bの面白い方の二人がね」

博士「我々の横にいるっていうね」

殿「森繁と幹のり平の晩年みてぇじゃねぇか、馬鹿野郎(一同笑)。うれしくねぇよ、そんなもんお前」

玉袋「うれしいですよ、これは。幸せもんですよ」

博士「今夜のテーマはですね、漫才ブームを振り返るという事で、当時の熱狂的だった、あの日本中を沸かしたあの漫才ブームをもう一度思い返していただくという事で」

玉袋「驚き桃の木二十世紀という事で」

博士「そうですね、波乱万丈。まあ洋七師匠の場合はもうすぐ知ってるつもりの方に」

玉袋「(笑)死んじゃってるじゃない」

島田「あのね、波乱万丈って波乱中やでまだ。前も何かな、そんな番組出たで、日テレか何かの。波乱万丈って見といて下さいって言う訳。俺が出る時にな。そんで見てたらさ、昔苦労して今良くなった人が多いねや。俺反対やんか(一同笑)。馬鹿野郎っつったんや。波乱中やあほう」

博士「でもバブル崩壊後のね、あのドン底人生とかって、よく特番やりますもんね」

島田「ああいう番組な、『今苦労してるでしょ』っていうのを、うまく押さえるやん。でまた売れてないと撮らへん訳やから。落差が面白い訳やろ。ほんで番組で『今なんもやってないんですよ』って言ったら福留が『今後どうなさるんですか?』って言うから、そんな真顔でスタジオで言われてな(一同笑)。そんで俺苦労してるっていうのに、『ギャラが安くてすんません』って言いよんねん。おい、助ける番組やったらギャラくれって言うのにな(一同笑)、予算が無いとかな。呼ぶだけ呼んどいて、ムチャクチャ言いよんねんな、あれな」

殿「出たの、それ?波乱万丈っての」

島田「いや、波乱万丈ってのはな、寛平がやってるやん、朝方。あれの特番があったんや、夜七時九時の。もう三ヶ月か四ヶ月前やけどな。で、最後に何かシーンとなってもうてやな。普通は『じゃあ今がんばってるからよろしいですね』でワーッと拍手で終わるのに。前の三組くらいそんなんやったんや、西村知美とか出て。俺が一番最後やからよ、盛り下がったままで福留さんがジーッと顔みて『これからどうなさるんですか?』って(一同笑)。ほっとけ、アホウ!お前から5円でも借りたかアホウ。失礼な番組だもん、だって」

殿「女房に逃げられたとかよ、最近おおいじゃないか、みんなで寄ってたかっていじめるやつ。変な貧乏ラーメン屋をどうにかしようとかいうの」

博士「目撃ドキュンだとかね、貧乏脱出とかああいうの」

殿「あれ必ずよ、変なコックとかよ、売れてるとこ連れてかれてよ、馬鹿そうなコックによ、『何だ、その炒め方は』とかよ、『わかってんのか、味を』とか、馬鹿野郎が。『あんたね、切り方を何だと思ってんだ』とか、偉そうに馬鹿コックがよ、何か言ってんだろ」

玉袋「あれだって、でも入るの最初だけですからね。ああやってテコ入れしても」

島田「神助とかやってるけどな、情けない時あるもんな。ああいうのは、どんな人生でも馬鹿ほどある訳やんか。誰かと別れたとか、離婚して。その時はな、スポットライト浴びるから、お父さんと別れて二十年いうたら、会ってみたいなっちゅうな、あれテレビ局もええ加減やからな。ほんでカメラがあるからもう、スターやんか。ほんでスタジオで本番終わったら『はい、もうお帰りください』やもんな。その後親子どうしてええかわからんからウロウロしてるんよ(一同笑)。会わなきゃよかったとか」

玉袋「麹町あたりとか、今すごいらしいですよね」

島田「そうよ」

玉袋「今でも、かなりそういう何か多いですよね」

博士「最後泣きで終わるのがやっぱね」

殿「何か多いなぁ、何だろうあれ」

島田「やっぱりね、もう企画書が無いのよ。だから現実の物を持って来てやってるみたいなもんやわな。誰だって泣くで、そら二十年振りとか。その後がこわいて。でお父さんとかお母さんに会いたくないけど、会った瞬間会わなきゃよかったって人もいっぱいおるよな。フォローが無いもん、その後」

殿「あれ、何で中国残留孤児やんないのかな」

玉袋「やってほしいですね、大々的に」

殿「あっちの方がもっといいんじゃないかなぁ」

あれは、NHKの夜になるとやりますよね」

殿「もうちょっと一時間かけて何々さんってやってやればいいのに」

玉袋「あれぐらい人を探すシステムがしっかりしてんだったら、もっとすごいの探せそうですけどね」

殿「それよりお前、殺人犯探した方が早いだろうお前。いつも風呂屋に出てるやつ」

玉袋「ええ、風呂場の有名人(笑)」

博士「まあとりあえずですね、お二人はね、三週間振りなんですか?最近会われたみたいなんですけども」

島田「ちょっと前にビデオをね」

殿「俺んち来て、洋七が撮ったよ、Mr.ビーンに対抗して、Mr.Bってのがあんだよ。越前屋がディレクターやって」

博士「俵太さんが監督を」

殿「洋七が撮ってよ、それを見せられたんだよ」

博士「はいはいはい、多分世界的な、日本のチャップリンになるっていう話を」

殿「あ、そう?俺学生の研究会かと思ったよ(一同笑)」

玉袋「しゃべらないキャラクターでね」

島田「俺もそんなせこいビデオ作って、それをベネチアの監督に『見てくれへんか〜』って言える俺がすごいと思ったな」

博士「すごいですよね」

島田「黒澤を呼び出すみたいなもんだもんな。それで制作費が100倍ほど違う訳よ、こっちが作ってる映画と。俺のなんか。俺なんか手で回してるもん」

博士「(笑)でも、52分ですか、52分じっくりご覧になった訳ですか?」

殿「あん時お前、あれがいたんじゃないか?」

島田「本田さん」

殿「本田とか、みんなで。だから飲んでる時に、それ持って現れたんだよ。だから温泉の宴会場に現れるタレントみたいなもんで」

博士「(笑)余興に行ってるみたいなもんですね」

殿「『こんにちわ〜!いらっしゃいませ〜!ビデオをどうぞ〜!』って言われたってお前。それで見てたんだよ」

博士「二人の出会いから、ちょっとお聞きしたいんですが」

島田「出会いはね、これがまたトラブルメーカーの横山やすしさん、あの人の紹介」

博士「漫才ブームの前ですよね」

島田「前、だいぶ前」

博士「洋七師匠は吉本興行の芸人だったんだけども東京へ」

島田「いや、まだそん時吉本の芸人やった」

博士「あ、吉本だったんですか?」

島田「うん。それでたまたまね、フジテレビの何かね、番組に来てたんや」

博士「ええ。もちろん漫才ブームのかなり前ですね」

島田「うん、前前。んでやすし師匠が一杯飲みにけぇへんかと。『ありがとうございます』言うたら、『東京で一番面白い漫才の、たけしっちゅうのおるから、紹介したるわ』ちゅうて」

博士「その頃洋七師匠ご存知だったんですか?」

殿「洋七は知ってるよ」

博士「いや、B&Bっていう存在自体は」

殿「あん時はセントルイスと俺らがいて、大阪ではB&Bとぼんち君達はいたよな、もう。ちょこちょこちょこちょこ出てたよもう」

博士「洋七師匠が25歳の頃」

島田「そうです」

博士「で、殿が28歳」

殿「そんなんか?」

博士「ええ。殿遅咲きですねぇ、でもそれ考えると」

殿「あん時どうしたんだっけ?どっか行ったんだっけ?」

博士「千葉の毎日食堂っていう所で」

島田「ハイヤー乗って、フジテレビの車両の送りの。ほんとは赤坂東急までのハイヤーやねん。しかも俺の名前書いた。それをやすしさんが『ええから貸せ!』言うて乗ったからな(笑)」

玉袋「運転手さんには強いですからね」

島田「強い強い強い。ほんで、電話したらロッテ会館が近かったんちゃう、家が」

殿「ああそうか、俺亀有にいたからなぁ。何でロッテ会館かっていったら、千葉の方へ行くんだよあれな、後」

島田「そうそうそう」

殿「そうだ、それで洋七と待ち合わせしてロッテ会館とこ行ったんだよ。それで乗ってったのか。多摩川カルテットさんとこだよな」

博士「多摩川カルテットさん。あ、多摩川カルテットさんのお店なんですか?」

殿「違うよ、知り合いの。多摩川カルテットさんの知り合いの店に行くって言うから、都内だと思うじゃない」

博士「はいはい」

殿「そしたら千葉県なんだよお前、高速通ってお前(一同笑)。それで着いた所が、高速から降りて、変な田舎道ずーっと行ったとこの食堂だよ。毎日食堂って書いてあんだよ」

島田「それで、食堂の前で止まったから、道でも聞いて飲み屋に行くのかなと思ったの、クラブ。そこやねん(一同笑)」

殿「そこお前、長距離トラックが止まるとこだぜ(一同笑)。砂利道のお前」

博士「女の子がいるような店でもないんですね」

島田「いないいないいない」

殿「婆あが二人いるだけだよ」

玉袋「食堂ですか、町の」

島田「そう、マジで食堂」

殿「いきなりアジのフライって出てたもん、看板が。いやんなっちゃうよ」

博士「何でそんなとこ…まあ知り合いだったからですかねぇ」

島田「そんで食うもんとかつまみとかがないんや。ビールは来たけど。親子丼とか何とか丼とか。で、それをババッと食べて。で、しゃべってたら途中でやっさんおらんようになって。『ちょっと飲みに行ってくる』って」

玉袋「飲みに行ってくるって、何かあったんですか?そこに」

島田「そこの知り合いの人と、どっか行ったんちゃう。俺らほったらかしやから。俺らカツ丼か何か食うて腹いっぱいでなあ」

博士「やすしさんはいなくなった訳ですよね?」

島田「そうそうそう」

博士「で、二人だけ残された訳ですか?」

殿「田舎のお前、毎日食堂で二人きりだよお前(一同笑)。家出少年だぜ、年とったお前、情けないお前」

島田「それで親子丼なんか一杯食うたらおなかいっぱいやんか。そしたら食堂の人が『まだ他にもありますよ、カツ丼とか』そんな食われへんて、つまみやないのに」

殿「それで帰ろうってなってよ、二人でお前『お前いくら持ってる?』って言ったら五百いくらって言うんだもの」

玉袋「(笑)五百円ですか」

殿「俺も五百円だよ」

博士「帰る金が無くて、とぼとぼとぼとぼ二人で」

殿「このとっつぁんが七百円って言ってた。『俺の方が持ってる』とか言って」

玉袋「その頃収入っつうのはどの位だったんですか?ほんとにもう、手持ち五百円とか、そういうような」

島田「そんなもんやねぇ」

博士「まだ戸崎事務所に入る前ですか?」

島田「全然前。だから事務所から7・8万でももろてたんちゃんかな。ただ俺バイトしてたから、その頃。雇われマスターやったから」

玉袋「あ、そうなんすか?」

島田「うん」

玉袋「色んな事やってますねぇ」

島田「だからまだ、多少はな」

殿「俺六万円ぐらいだよ。俺給料十六万っつってて、そのうち十万取られてたから」

博士「ああ、バンスあった訳ですよね」

玉袋「そん時は殿、どこの事務所だったんですか?」

殿「太田プロだよ」

玉袋「ああ、太田プロですか」

殿「鬼の太田プロ」

玉袋「洋七師匠は吉本ですよね」

殿「それで俺は、亀有にいて、あの後に、夜中の二時頃やっさんから電話がかかってくるんだよ。『おーい、たけし』って、今亀有にいるっていうんだ。金持って来いって言うんだもん」

博士「お金持って来いって?」

殿「うん。それでしょうがねぇ、かみさんおどかして10万円ぐらい持って行ったら亀有の駅前に立ってるんだから」

玉袋「やすしさんがですか?」

殿「うん。それで『ちょっと来い』っつって、スナックに金払っとけって、スナックに五万円ぐらい払ってよ、何で俺払わなきゃいけないんだと思って(一同笑)。で、『次行こう』っつって、飲まされてさ、好きなとこいっちゃうんだ。で、俺が全部払ったらもう金がねぇんだよ。『金無いです』っつったら、『後お前のツケ』とか言っちゃってよ、『こいつ亀有に住んでるから』っつったらスナックのやつが『知りませんよ、こんな人なんか』って(一同笑)。『これ漫才だよ、ツービートって』『知りませんよ』『じゃあ俺のツケにしろ』とか言って『俺のツケにして、払うのはこいつだ』とか訳わかんない事言い出して(一同笑)、それで帰ってったんだよ」

博士「もう居づらくなりますね、亀有に」

殿「それで亀有のヤクザおどかしちゃって、俺それで引っ越したんだ(一同笑)。『馬鹿野郎、この野郎』ってやり出しちゃってよ」

玉袋「色々巻き込む人ですねぇ」

博士「やすしさんてのは、じゃあ君臨してたんですね、やっぱりね」

島田「夜中でも電話かかって来るよ。すごいんだもん、夜中寝てたらな、二時半とか三時にな、『洋七、二千万無いか?』『師匠、こんな夜中に誰が二千万持って寝てるんですか。絶対持ってないですよ、どんな人も枕元に二千万は』(一同笑)。そしたら『わかったわかった、ほんなら五万でええ』(一同笑)この落差がすごいよな。五万やったら持ってった方が寝れるやんか。借り方うまかったなぁ」

玉袋「うまいですねぇ」

博士「テクニックですね」

島田「テクニックやわぁ。新宿まで持ってったよ、俺5万」

博士「でもそのね、やすし師匠の毎日食堂の帰りの道すがら、二人が夢を語ったっていう話があって、当時の洋七師匠のその時の夢が、鯖を食べたいっていう」

島田「いや、鯖って昔は安かったけど、でも貧乏やから切り身しか食うたこと無いがな。まるごと食いたかったって話したことあったよ」

博士「それを殿が聞いて大笑いしたっていう」

殿「情けないだろ」

島田「『俺も貧乏だけど、お前もっと貧乏だな』っていう(笑)」

博士「すごい話ですよねぇ」

殿「まるごと一本食いてぇだってよ」

博士「(笑)将来の夢は」

殿「それを田舎道とぼとぼ歩きながら、そんなお前、スケアクロウだってもうちょっとロマンあるぜお前。情けないよ(一同笑)」

島田「それでタクシー代足らへんから、ずーっと歩いとったな。それで電車代足りる所から乗って帰ったっていう」

博士「浦安まで歩いて帰ったっていう」

島田「それでとりあえず帰ったのはええけど、6時頃に着いたわ。赤坂東急のロビーへ。それでやっさんが7時の飛行機やで、起きてフロントで会うたんや。『冷たい人ですねぇ』ってやすしさんに言うたら、『よかったやないか、無事でなによりや』言うてはったで(一同笑)。もう、とんでもない人やなぁ」

玉袋「生か死かだけですね」

島田「そう、『生きてただけマシやがな。バイバイ』とか言われて」

博士「いい話ですよねぇ、これは」

島田「でも、その時に『あんちゃん何年生まれだよ』って言うから、『俺25年』『いっしょや』って、それから俺、ずーっと年いっしょやと思ってたんや」

博士「年ごまかしてたんですよ、殿は。ずるいですよねー。遅咲きだから、自分年よりだと思われたくなかったんですよ」

殿「俺一緒だっていったかなぁ?」

島田「うん、『一緒ぐらいかなぁ』とか、何かそんな感じやったなぁ。酒飲んでたから。それから『たけし、たけし』って言って、事件の時にはじめてわかったの、歳が」

博士「(博士爆笑)フライデー事件までわかってなかったんですね」

島田「いきなり『お兄さん』なんか、言われへんやないか。間が狂うもん、しゃべる時よ。『たけしさんねぇ』って言うてたら、のらんやんか、そんなもん先輩つかまえて。こらあかんなぁって」

玉袋「十何年つきあってて、やっと事件でわかったっていう」

島田「まさか漫才師がなぁ、歳嘘つくとは思えへんし、同級生かなぁと思っとった。顔だって、全然同じぐらいやんか」

博士「はいはいはい。しばらくね、歳ごまかしてましたよね、殿もね」

殿「ごまかしてた訳じゃないよ(一同笑)」

−−−−『浅草キッド』−−−−

島田「あ、俺思い出したけど、毎日食堂で初めて会うた時に、第一声が『おう、俺と漫才やらんか?』って言うたやろ」

玉袋「あ!そんな事を?」

島田「うん、『相方おるやろ?』って言うたら、『いや、あれ駄目だもんな』って言うてたもんな」

玉袋「はぁー、それはいいエピソードだなぁ」

島田「そうそうそう、最初がそれやったよ、第一声。思い出したわ」

玉袋「そん時組んでたら、とんでもねぇ事になってましたね」

殿「売れてねぇと思うわ」

博士「駄目なんじゃないかな」

玉袋「ガンガンといっちゃうから、二人が」

島田「それ覚えとるわ」

博士「一番でも、漫才ブームの頃に、好きだった自分たち以外のチームってのは、どこだったですか?」

島田「別にないなぁ、そんなもん。やっぱり商売敵みたいなもんでな」

博士「とのはよく、Wヤングさんとかいいますよね」

殿「あん時、横浜スカイ寄席ってのがあってな、方っぽで」

島田「ああ、あったあった」

殿「玉置さんが司会で。結構Wヤングさんとかちあったんだわ。それで見てて、面白くてしょうがなかったなぁ。それで、受けたよあの人たちやっぱり。でも、そん時の人気の流れがあって、ツービートってのが若手に出てきてるから、客は俺らの方が笑って、俺らの方が多いから。だけど、それでも同じぐらい受けさせてたな、あの人たち。だからすげー腕してるなと思った。勢いがないのにやったからな。だからWヤングってうまいなぁと思ったもん」

博士「まあそれで、洋七師匠自体は『よし、東京で勝負してやろう』って事になったんですよね」

島田「そうそうそうそう」

博士「あの頃大阪の漫才師さんっていうのは、ヤングオーオーに出るのが大体、夢がありますよね」

島田「まあ、そんなもんやな」

博士「そこのメンバーに外れたっていうのが」

島田「うん、ほんでね、漫才もいまいちやすきよとか、層が厚い訳よ、上。コメワンさんとかいっぱいおったし。みんなそれぞれのタイプやんか。しゃべくりだの、ぼやきだの、アホだの、坂田利夫さんとか。いっぱいおる訳やから、もう七パターンある訳やから。出ようがないんや、アホやから。自分で言うとるから間違い無いわな。だから七パターンもあったら出られへんねんて、Wヤングさんとか。そんで吉本に相談したら、『ドリフターズみたいなんやれ』とか言われて、『わかった』いうて、さんまとぼんちと、のりおよしおやったかな、ビールスセブン」

博士「ビールスセブンっていうグループを作ったんですよね」

島田「これがまぁ、アホほど受けんかったな」

博士「今考えると、すごい豪華メンバーですよ、それは」

殿「(笑)ビールスセブンっていいなぁ」

玉袋「それで集団コントやってたんですか?」

島田「やってたよ」

博士「若手時代に」

島田「うん」

玉袋「へえー、それは知らなかったなぁ」

島田「ネタ振るやつがおらんもん」

博士「(笑)みんなボケ」

島田「みんなでポケて、みんなでオチやしなぁ」

玉袋「みんなで食い合い食い合いで」

島田「そうそうそう」

玉袋「それはもう、自然消滅という事で?」

島田「だって、出て行ってなんも言わんし、のりおはずーっと五分ぐらいホーホケキョしか言わんもん(一同笑い)。おさむは何か知らんけど、『新聞でーす!』いうのをギャグでやっとったんや。それを五分ぐらいやんの」

博士「それ、どうやって成立してるんですか?」

島田「わからへん」

博士「それは受けないはずですよ」

島田「半年ぐらいやっとったら、一回だけ受けたんや。その時に、林いうプロデューサーがな、毎日放送の、見に来てて、『あ、これはおもろいから、ヤングオーオーの目玉にしよ』いう事になって、『うわー、ヤングオーオーにでれるんか!』おもたなぁ」

博士「これはね、関西圏の人でヤングオーオーって言ったらやっぱね、看板番組だから、やっぱ見ますよね。笑点みたいなもんですよね」

島田「そうそう。『いや、これはいけるなぁ』おもて、ニコニコしてたんや。で、みんなにお知らせが来んねん、ヤングオーオーの。初めてレギュラーって書いて、隔週みたいな、二本撮りかなんかって。それでずーっといって、俺んとこきぃへんのよ。おかしいなーおもてな。そこへ神助竜助と替えられてたんや」

博士「同じ一門の後輩ですからね」

島田「『何やこれ?』とおもうてな。で聞いたら『若い方がええ』言うて。で、その林って、昔もめた事あったんや俺。桂きんしの話で」

玉袋「何ですか、それ?」

島田「いやいや、どっかのスナックで、寛平と飲んでたら『お前ら十年早い!』ってきんしに言われて、なんでそんな言われなあかんねん言うて、ちょっと引きずり回したことあったんや(笑)。そんで、きんしがその頃ヤングオーオー出てたんや。あいつら若いのに生意気やどうのこうの寛平と二人で文句言われた言うて、林に文句言うてたみたいや。後から聞いた話ではな」

博士「それで外されて、それで外されるぐらいだったら東京で勝負してやるぞって」

島田「いや、それとはまた、全然別やけどな」

博士「あ、そうですか?」

島田「うん。俺はやっぱ、セントルイスに会ったことが」

博士「セントルイスが東京で売れてて、それで大阪へ呼んで、でB&Bが迎え撃って、でそん時にセントルイスより自分らの方が面白いから東京へいう話がありますよね」

島田「よう知ってるね。いや、それOBCの番組で、東京対関西をやろうっていう事になって、『うちんとこ出まへんか?』っていう事になって、高島屋ローズホールっていうとこ、覚えてるんやけど、きっかけになったからな」

玉袋「それぐらい、じゃあ気合い入ってたんですか、やっぱり」

島田「だから見て、『あ、テレビ出てる人や』とか思うやんか、その当時全国ネットでな。それで、『お客さんやから先やって下さい』って言うた訳や、まあ前座が何本かあって。そしたらセントルイスの背の高い方が『いや、後でいい』って言うて。これがセントルイスの大きな間違いやったんや。やっぱ関西やんか。だから俺ら地元やから」

博士「トリを取りたいからそう言うんですよね」

島田「うん、大阪ってあんまりトリもヘッタクレも無いからな。まあ、先やった方が楽やろうって、ぶわーってやったら、次出たらやっぱりその、関東の言葉て、結構拒否されるねんな。それでキッチリすべって、セントルイス。それ見て、『何や、あんま大した事無いんや。俺ら東京行った方が売れるんちゃうか』思てな。その時に思ったね、まず最初は」

殿「俺昔、松竹角座に二日間呼ばれて行った事あったけどよ、あんまり受けなくて、クスッともこなかったぜ。お客が固まっちゃって、笑い顔でも何でも無いんだ。鬼のような顔して見てたなぁ。だから『駄目だ、こんなとこ』っつってたもん」

玉袋「僕ら、難波花月十日間っつったらやっぱ、二日目ぐらいで自殺しそうになってましたね(博士笑)」

殿「お前ら受けなくて?」

玉袋「はい、難波花月出た事あるんですよ」

博士「十日間出ましたもん」

玉袋「初日でもう、俺東急インの九階から飛び降りそうになりましたからね」

博士「で、島田神助さんにね、『吉本も東京から大型扇風機買うたなぁ。よう冷えるわ』っつって」

玉袋「『客席寒くてしょうがないわ』って言われて。自殺しそうになりました、あれは」

島田「あれはね、ネタとかどうじゃなくて、やっぱり言葉を拒否すんのよね」

玉袋「でも、十日間で一応最後の方は受けるようにネタを変えてって、それがもう王道のネタになっちゃいましたね、僕らの中で」

博士「だから営業用のネタは、そこで作られたようなもんですよね」

玉袋「だから、あそこで出てた芸人さんて強いですよね。十日間ずーっと出てる人は」

島田「俺はやっぱ、セントルイスにやった事が」

博士「買ったって事が?」

島田「うん、それと紀伊国屋ホールで漫才をやって、ぼんちとかやすきよさんとか来て、そん時に受けたんや、やっぱりみんな。だからやっばり、『何や、大阪弁も通じるやんか』思うてな。最初通じへんとか言うてたんや。その辺やね」

博士「それで東京へ来て、まず松竹園芸場に出られたんですよね」

島田「うん、出たよ」

博士「十日間。そしたら、そこにもう追っかけが」

島田「いや、追っかけはおらんけど、東京の芸人さんがいっぱい来てたな、球児・好児さんとか。んで十日間で帰るんやったら来ぃへんけど、こいつらすむらしいなぁと」

博士「殿も、よく松竹演芸場時代にね、ツービートが出たら楽屋がからになって、芸人さんが全員見てたっていう話がありますけどね」

殿「うん、みんな見てたなぁ。だから途中から芸人相手に漫才やってたよなぁ、客どうでもよくて(笑)。漫才師相手に漫才やってたよ。高度なわかりづらいことわざとやって、袖で笑うと『受けた受けた』って、客はポカンとしてたな。あとこっちは東宝だよな。東宝名人会すごかったよ。東宝名人会はあれだよ、きょうじ・きょうたともめたんだよ、あんまり受けるから。んで次のきょうじ・きょうたさんが、だから前でドッカンドッカンかきまぜちゃうから、出てったって何にもないんだよ、さらさらで誰も笑わねぇや。『ポテチン』なんつったって駄目だろ。ポテチンも何もないだろ。だから、そしたら時間が長げぇとか何か言い出したんだよ。いつまでやってんだとか、いらいらいらいらして。それで喧嘩になったんだ」

島田「三十一分ぐらいやってたよ、十五分ぐらいのとこ。俺らやっぱ、東京来て売れようって気持ちがあるからね、ガンガンやったよ。そしたらおっきい方に呼び出されて。顔の長い、背の高い方。『ここをどこだと思ってんだよ』ってな。そしたらこっちもしょーもない事言うたんや、『東宝演芸場です』って(一同笑)。『誰がそんな事聞いとんねん』と。『何コラー!』って、ガーッて揉め出したら、知らんかったんや、女性セブンが密着取材やってたの知らんかったんや。そんでバーン載ったがな、それ」

博士「あ、それがスキャンダルになったんですか?」

島田「そう、なったよ。たまたま俺が来たばっかりやったんや、東京へ。んで大阪から若手が来てるいう事で、雑誌が密着取材してて。そんな週刊誌おるて知らんもん。わーっとやっとったら、きよしさんがどっか行ったんや、入らん方がええなって」

玉袋「でも、その頃はもう世代交代って波が来てたんですね、漫才ブームの」

島田「うん、不思議なもんやな、人気て」

博士「漫才ブームの仕掛け人で、沢田隆二さんて人がいた訳ですよね。で、テレビ的には花王名人劇場なんですか?」

島田「うん、あのね、一番最初にB&Bが来た時、パレスホテルでパーティーやったんや、事務所の人といっぱいいろんな人呼んで。それで沢田隆二さん来て、『すぐっちゅう訳いかんけど、いつか漫才はテレビに出してあげるね』って言われたの。それが花王名人劇場やったんやな。あの人花王名人劇場の担当やってたんや」

博士「夜九時十時ですからね、ゴールデンで」

島田「ゴールデンの漫才ははじめてやったと思うね」

博士「そして漫才ブームが来る訳ですけども、80年4月オンエアなんですね。だから80年代なんですね」

島田「そやね。それから花王名人がね、たぶん1月のオンエアやったと思う」

玉袋「そん時はツービート出てないですもんね」

島田「そん時はね、セントルイスと、うちが真ん中に入ってやすきよさんやったんや」

殿「俺はお前、ずっとくすぶってたよ」

島田「いや、でももう二本目とかに入ってたよ」

博士「でも、最初はB&Bの方が先に行ってましたよね」

殿「セントルイスとB&Bだよ。で、東京でセントルイスとツービートってやったんだけど、松竹演芸場で。あん時も、ファンが全然違ってたもん。セントルイスは若いファンばっかしで、おいらが出ていくと、こっち向いてたなぁ。で、腹立って余計過激になって『馬鹿野郎、この野郎』ってやっちゃったから、余計人気なくなったわ」

玉袋「(笑)お互いじゃあ、セントルイスは思ってたんですね、ツービートもB&Bも」

博士「最初にまぁ、出てるからね」

島田「でもああいうのはな、人気って不思議なもんでね、セントルイスが最初にやってくれたんや。売れてるからやっぱり。やすきよさんもそうやろ。俺ら一番売れてないから、真ん中に挟んでくれたんや。そしたら二番目が一番やりやすかったんや。客を起こしてくれて。そしたら異常なくらい受けたんや。ほんでそれがオンエアになって、俺大阪で見てたんや、ちょうどそん時大阪帰ってて。ほんとにすぐ売れるってそういう事でさ、歌なんか二分半か三分やろ、流れるの。あん時十二分ぐらい漫才やってた。もう出てたらやな、急にな、『お、さっき出てたB&Bやないか』ってこうな、いきなり言われるという。そんだけ変わるよ」

玉袋「ああ、そうでしょうねぇ」

島田「次の朝、新幹線乗る時でも、団体のおばちゃんが『昨日見た見た』言うて。十何分アップで映したらな、顔わかるわな」

博士「はいはい、ゴールデンですしね」

島田「ほいで東京に着いたら、花王石鹸からコマーシャルの話が来てたんや」

博士「え、一夜にしてですか?」

島田「うん、だからその会社の人が来て。花王一社提供やからね」

博士「あのシャンプーのコマーシャル」

島田「うん、次の日来たわ。それと『営業で、土日半年押さえてくれ』言うて。シャンプーのキャンペーンボーイみたいなんかな。びっくりしたがな。そんでその頃ね、田舎のキャバレーとか行っとったんや。ギャラ五万ぐらいやったんや。それでマネージャーがしゃべってるの聞いてたら、『一日七十万で半年押さえてくれ』って。俺七十万の意味がわかんなくてな」

博士「(笑)いやいや、意味はわかるじゃないですか」

島田「一日七十万もどうすんのって思うもんな」

玉袋「使えないっすよね」

島田「使えないっちゅうか、急に上がったらわからへんのや」

博士「はいはい。で、ザ・マンザイも始まりーの、お笑いスター誕生にも出てたっていうのもね」

玉袋「あれ、ザ・マンザイが始まる前でしたっけ?」

博士「ザ・マンザイが始まった後ですよ。ザ・マンザイがでも、三ヶ月に一回だから」

島田「一回しかやってないんちゃう、ザ・マンザイはまだ」

博士「はい、一回だけですね」

玉袋「ツービートはザ・マンザイ一回から出てるんですか?」

島田「うん、セントルイスも出てるし。やすきよさんも出てたし。阪神巨人も出てたんじゃないか」

玉袋「出てました出てました」

島田「最後の頃」

博士「あ、最後の方でした?」

島田「最初はあんま出てないと思う。最後の方、四本目五本目とかな」

玉袋「サブロー・シローさんも、最後の方出てましたね」

島田「カフス・ボタンさんも出てた、最後の方」

殿「あ、そうかい?カフス・ボタン出てんの?」

博士「はい、出てましたよ」

玉袋「出た出た出た出た出た」

博士「で、十月から笑ってる場合ですよのレギュラーが始まるんですよ。80年の十月ですからね。一年の間でこう、一気に来る訳ですよ。笑ってる場合はもう、メイン司会で帯ですからね」

島田「あれね、最初NHKの何か、お昼の何かあるやろ」

玉袋「昼時日本列島みたいなやつ」

島田「そうそう、ああいうのがあったんや。あれが最初に来たんや、三ヶ月な、司会みたいの」

博士「殿も何か、NHKの昼に出てましたよね」

玉袋「昼のプレゼントで見た事あるんですけど」

博士「僕も見た事ありますね」

殿「出て、降ろされたんだよあれ。喧嘩になっちゃったんだよ、あれ」

玉袋「あの茶色のタキシード来てる頃ですね」

殿「そうそう」

島田「(笑)覚えてるわ」

博士「『ずいぶんNHKに乱暴な人が出てるなー』と思ったんだよ。すげぇ喧嘩腰でしゃべってんだもん」

殿「それであれだよ、ディレクター飛んじゃったんだよ」

玉袋「あ、何日か連続で出たんでしたっけ、あれ?」

博士「そうそう、突如出なくなってさ」

殿「怒られたんだ『うんこ』とか言って、『昼時にうんこはねぇだろう』って(一同笑)」

玉袋「じゃあもう、その頃給料はガッツガッツ入って?」

島田「いや、まだ全然。適当にもらってたけど」

玉袋「やっぱり戸崎社長が着々と貯金してたんでしょうね」

博士「それでザ・マンザイが始まる訳ですが、80年4月、7月、10月、12月と放送されるんですけど、視聴率が、4月が15.3、7月で27%、10月で28.8%12月になると32.6%ですよ」

玉袋「化け物番組になってるんですね」

殿「ザ・マンザイって何回やってるんだい?」

博士「12・3回ですか」

殿「そんなにやってんの?」

島田「そんなにやってないと思うよ。九回ぐらいちゃう?」

博士「いや、マンザイグランプリとか」

島田「入れたらね。入れたら12・3回や。三本目か四本目にな、『ネタがねぇな、洋七よ』とか言うて。ほれで一応考えて来たんやけど、本番までに。それでカンペ書けっちゅう訳よ。歌でさ、アカペラみたいにさ、マンザイでカンペて。間寛平ちゃうで。あんなの見て漫才出来へんがな」

玉袋「(笑)誰も間違えないですよ、それ」

島田「あれびっくりしたよ。正面にバーンと置いて、アマンドのネタ。田舎者の集まるとこ言うて。そんなね、歌詞やったら一枚で終わりやん。大体こう、一番二番三番。バッてはなすのが早いのよ。そらそうや、しゃべりぜんぶやもの。まあすごいなと思ったね。見て自分の間を作ってく訳やから。歌じゃないからなぁ」

玉袋「カンペがあったんですか」

殿「カンペでやってたもの、漫才。ネタ覚えられないんだもの」

玉袋「もうその頃は忙しいですからね」

島田「だから、書き上がったばっかりやねん、昼頃フジテレビ行ったら。書いたんやけど、覚えてないちゅう訳よ。『このおっさん、すごい人やなぁ』と思うたな。見てやられへんよ、間もあるし」

殿「俺はだから、途中からなるたけ全然違うネタをやろうと思ったな。漫才のネタじゃないやつを。変なネタだよな」

島田「だからね、大阪の連中とか俺らは、大阪でけっこうはやってて、舞台しょっちゅうやってるから、そのネタを小出しにやってる。まあ東京やし、全国ネットやし、初めてやからな、昔のネタやってもええ訳やんか。でもツービートは途中から新ネタを本番でかけて来よった。これにびっくりしたで、そやから。その紙とか。普通は劇場でうけて、自信があるやつをどんどん出すんやけど、初めてしゃべるやつをカンパケでどんどんうけさすやろ。その時やで、『うわ、すごい人やな』と思ったの」

博士「持ちネタが少ないですよね」

島田「うん、少ないねぇ」

殿「だから、後半のネタなんかは、要するに寄席芸じゃないからよ」

玉袋「それ用に作ってくる訳ですか?」

殿「うん、それ用で客前で一回もやった事がないネタを、いきなりやるんだよ」

博士「(笑)こえーだろうなぁー」

殿「ところがな、俺冷や汗かいたのが、落としてしまったんだ、相棒が『うん』ってしまって(一同笑)。参ったもんなぁ。三人官女とかいうじゃない、五人官女とかさ。患者ってわざと行ったんだよ。そしたら普通つっこむじゃない、『患者じゃない、官女だぞ』って、普通言うじゃない、節句で。『患者が並んでどうすんだ、病院じゃないんだから』って言うんだけど、『いただろ、何人患者』っつったら、『そうそう』って。『駄目だこいつ』と思って(笑)」

玉袋「でも、カンペを置いてやるって、その神経もすごいですね」

島田「すごい。俺はでけへんわなぁ。それもあのテンポやろ。そんなもん、もう見るだけで大変やがな」

殿「だけど、セントルイス何本目でやめちゃったっけ?」

島田「三本目でやめた」

博士「その漫才ブームの初期、一番最初はB&Bが走ってましたよね。笑ってる場合ですよのレギュラーもありますし、お笑いスタ誕もあるし。レギュラーの数も全然違うし。受け方も、やっぱナンバーワンでしたよね」

島田「一時ね」

博士「それでこう、中期っていうか、漫才ブームの中期は、ぼんち時代っていうのがありましたよね」

玉袋「ああ、A地点からC地点まで」

博士「非常に短い間でしたけど、完全に頂点でしたよね」

玉袋「武道館やりましたからね」

島田「短かったなぁ。五日間ぐらいしかなかったもん」

玉袋「(笑)五日間ですか」

殿「やっぱりあの頃は、営業みんなで行ったもんなぁ。そしたらぼんちがトリで、異常に人気があったよな。『アー』なんつってただけだけど、俺なんか『何言ってんだ、こんなもん』と思ってたけどなぁ」

博士「よく漫才特番とかやってると、紳竜さんとかが、すごいぼんちさんの悪口ばっかり言ってましたよね、番組の中で」

島田「そういうタイプだもん、紳助すぐな」

博士「江本さんが『ベンチがアホやから野球でけへん』って辞めたじゃないですか。それで紳助さん出て、『ぼんちがアホやから漫才でけへん』って言って。ひどい事言うなぁ、と思ってね」

殿「言ってたよなぁ」

博士「漫才ブームの頃の絶頂期ですね、そのブームに対してどう思ってたかっていうのを」

島田「いや、おとっつぁんはすごい冷静やったからな。だから酒のめたぐらい、こんなもん当たり前だみたいな。もう次の発想とかあったんちゃう」

殿「俺な、ぼんち君がな、アイドル化した時点で、もう駄目だなと思ったよ。ぼんちが、面白い面白くないじゃなくて、『エー』とか言って、今の女の子のファンみたいなのが付きだして、キャーキャー言い出したじゃない。あん時、『これはもう、終わりだなぁ』と思ったもん。それで『そのまま行くと、みんな潰れるぞこれ』と思って。俺もう、そん時に切り替えてたなぁ。終わる事を前提に違うとこ行かなきゃ、と思ったね。駄目だよ、あれなぁ。すごいアイドル化しちゃったからね」

島田「だから、さいしょは女子大生とかね、結構大人に受けてたんやけど、売れてきたらB&Bだけでまわるやんか。そしたらだんだん年齢層が下がってくんのよ。それで『もみじまんじゅう』とか『めちゃめちゃ陰気やで〜』とか『これが青春や』とか言うてるから、お客さんが小学生になったな、最後は」

博士「ギャグだけに反応しちゃうんだ」

島田「それでキャー言うてるだけやしね。でも、そん時俺は、どう修正してええかもわかんなかったしな。ただ、どないなんのかなぁとは思ってたね、この後。もう『何でもええわ。一回売れただけでも、もうしゃーないやないか』と。その辺の違いやわな。次の展開考える人と、もう俺は俺でしゃあないなというね」

博士「漫才ブームの時にでも、浮かれないってのは大変ですよね」

玉袋「もう全然違う訳ですからね、生活から何からね。ガラッと変わっちゃうんですもんね」

殿「そりゃなぁ、食った事のねぇようなもん、向こうから持ってきて、『こんなもんねつまんないもんですけど』とか、『まずいでしょうけど、食べて』なんて言われるじゃない。で地方行きゃあな、一番いい店取ってあるもんね。有名な店で、おいしいって言われてるとこ、興行師が連れてくじゃない。そこで偉そうに食って飲んでんだろ。で、そん時はそんでうれしいんだけど、『これやばいぞ』と思ったなぁ。『このまんま行ったら、これすぐ終わりだぞ』と思って」

島田「だって、五木のステーキハウスがあるやんか、六本木に。あんなんで、1万円の一番高いの書いたって、その頃やっぱり、食べられる前なんか、『うまそうだな、洋七なぁ、一万円な』とか言うてたやんか。そやけど、自分で五十万とかポケットに持って、それ見たら、何かまずそうに見えんねんて」

殿「寿司でも何でもな、『いい寿司』とか、タクシーだって『いいタクシー』って言い出しちゃったもんな。『高いタクシー呼べ』だって。『それハイヤーだよ』って(一同笑)」

島田「俺最初ね、初めてクラブ二人で言った時ね、『ボトル何にします?』って言うやん。だから『何言うてんねん、一番いいやつ持ってこい。一番高いリザーブ』(博士笑)。指名してどうすんのって。ほいたら『リザーブ置いてません』て」

殿「『ヘネシー?そんな女はいらない』って(笑)」

島田「『そんな外人はいらない』やて。ほいで三十分に一回ぐらいママ呼んで聞くねんで。『今帰ったらいくら?金はあるんだけどな』って。また十分ぐらいで『今帰ったらいくら?』やて。クラブは『いっしょです』とか言われて。貧乏性が抜けないんだもんな」

殿「駄目だよなぁ」

博士「だから、僕らに殿がよく言うのは、漫才バブル、芸人バブルを全部経験してるから、もうなんて事ないっていいますよね。東さんの事件でも何でも、『そんなの全部経験したんだ』って」

島田「ああ、そやろね」

博士「ええ、冷静な意見があるんですよね」

殿「だって、ねぇちゃんでもあからなくなったよな、途中からな。昔はもう、ぺーぺーの頃は、ホステス一人『うわ、きれいなねぇちゃんだ』と思うと、その店の一番最低限のおねぇちゃんでも『いい女だなぁ』と思ったもんな。ナンバーワンで『うわー、すげぇ』と思っよな、始めな。そのうちナンバーワンがきても、『何だ、こんな女』って感じなんだよ」

島田「そうそう。だからその、上からばっとかぶせていけば、もてんねん、これな。ほいで金ない頃は引くやんか、きれいな人から『いらっしゃいませ』とか言われたら、何かドキドキしてな。『こっちの方がすごいんかな』とか思うやんか、相手の方が。それが美人が来ても、『おう、どないしてんやお前』って、普通に言うたら、これうまくいくねん。お客さんみんなビビる客ばっかりやから。それを上からバーンていったら、けっこうよかったりすんねんな」

博士「二人のエピソードで、毎日のように会ってるんですけど、二人で遊びに行こうっつって、北海道に行ったって話ありますよね」

島田「ああ、行った行った」

博士「洋七師匠、秋田からタクシーを」

島田「新潟やったな。関越がまだ途中までしかなかって」

玉袋「(笑)タクシーで北海道まで行ったんですか?」

島田「だって、電車で行ったら九時ごろまでしか着かれへんもんな、夜行」

殿「何しに行ったんだろう、北海道?」

島田「ただ1日半休みがあるから」

殿「あの頃の札幌のディスコ入った瞬間に、入って席着いた瞬間に動けなくなるんだから。ずーっと客が、じーっと見てるんだもん、ギャーギャー言って。動けないんだから、もう」

島田「すっごい大きなディスコがあったの。二フロアーあるディスコがあって、二千人ぐらい入るの、両方で。そこへ二人ではいったらもう、動けない状態やな。みんなで『あー!たけし、洋七!』とか言うて」

博士「もう全員が二人にこう」

島田「そうそう」

殿「こういう席にいたら、全部囲まれちゃうんだよ。みんな見に来るの。だから、そっからもう、うごけなくなっちゃうの」

博士「それでススキノでナンバーワンホステスを、何日間かかけて洋七師匠が」

殿「ああ、たきこちゃん(笑)」

博士「実名出さなくてもいいじゃないですか」

島田「あれは腹立つよな、ほんま。二人で十時頃に待ち合わせしてたんや。そこ、俺初めて行ったクラブや、『みの』って。売れる前に11PMで行った事あったんやけど。そしたら、そのきれいな女の子が泣きくずれんねん。『ファンです。会えてよかった』って」

博士「洋七師匠の前で?」

島田「うん」

玉袋「泣いたんですか、それはもう完璧じゃないですか」

島田「そらぁもう、完璧やがな。余裕しゃくしゃくで酒飲んで。でも出て来ぃへんがな、おたきさん。そんでもう帰ろうかなぁって思ったら、店閉まる五分ぐらい前に『ごめん』て言われて。それでパッと見たら、ボトルがもうなかったんや、一本。あのほら、ヘネシーやなくてレミーやってんや。なかったけど、来たからしゃあないから、そのまま一本。そんで二人でグーッと飲んで、その女の子パッと見て、『いやー、ほんとはたけしさんのファンなの』って(一同笑)。二時間も俺の前で泣いてた女が、ほんとはたけしさんなのって、俺ギャクかなと思ったもん。そんで五分もせんうちに、二人でいなくなっちゃったんだわ」

殿「だってそのねぇちゃんが、耳元で『あのデブ置いて行きましょう』って行ったんだよ(一同笑)」

島田「失礼やろ」

殿「『あのデブ置いて行きましょう。やんなっちゃう、しつこくて』っつってたぞ(笑)『たけしさん、あたしを連れて逃げて』って。あれ雪祭りだよな。雪祭りで、洋七置いて逃げたんだ、俺。もうやれると思うから。『うわー、うれしいうれしい』と思ったな。したらさ、もう一件スナックみたいなとこ行って、それでみんなジロジロ見るじゃない。んでその子も有名なんだよ、たきこちゃんてのはナンバーワンで」

博士「僕らも一度お会いした事あるんですよね。すごい美人でしたよね」

殿「それでね、あの頃若くて有名だろ。それで雪祭りじゃない。こっちはもう、ホテル行こうと思ってるじゃない。どこも空いてないんだよ。それで俺のホテルはマネージャーが寝てやがんだ、また。で、結局タクシー拾って小樽まで行ったんだもの」

博士「はぁー、はるばるですね」

殿「小樽行って明くる日帰って来て、大変だった俺。洋七は怒ってる訳だよ」

島田「いや、俺はギャグでどっか行ってる思うから、まだ店終わっても待ってたんや。俺もギャクやと思うからよ、ずーっと待ってたら、あんまり来ぃへんから帰りますわ、言うて。それでクラブから10メーターぐらい出た時に、ママが追いかけて来たんや『洋七さん』て言うから、『やっぱり電話かかったな』と思ったら、『すいません、追加のボトル一本五万五千円下さい』って(一同笑)。たった一杯のんだだけで。俺はその頃、ずーっとラーメンを探してたんや。『ピートたけしって来てませんかね?』って。二人でおる思うもん、ギャグや思うから。小樽まで行ってる知らんやん」

殿「それで明くる日お前、こっちはよ、『笑ってる場合ですよ』なんだよ」

島田「で、朝一の飛行機で帰ってスタジオ行ったら、『あの、たけしさんがお見えです』言うから。木曜日か金曜日が担当やったんや。そんで月曜日やんか俺。『今日ちゃうやろ?』ったら、そのねぇちゃん連れて来て、『イェーィ!』とかやってんの、そのねぇちゃんといっしょになって」

玉袋「連れて帰って来たんですか?」

博士「東京にね、空輸したんですよね」

玉袋「空輸、クール宅急便」

殿「空輸したんだけど、その夜か昼間かな、帰って来て、ニュージャパンが燃えてんだよ。あそこ泊まる予定だったんだから、俺」

博士「ニュージャパンに泊まる予定だったんだけど、お金がなかったんですよね」

殿「うん、金がないんで、新宿に高田先生がいたから、高田さんとこ行って金借りたら新宿が近いんで、プリンスホテル泊まっちゃったんだよ。そしたら丸焼けだったんだよ。驚いたねぇ」

玉袋「ねぇ、雪祭りから火祭りになったという、すごい話で」

博士「いい話です」

殿「それで『笑ってる場合ですよ』行っちゃったんだよ、イェーとか言って。馬鹿野郎とか怒ってんだよ」

玉袋「傷心のまま本番に言った訳ですね、傷ついたまま」

島田「そうそうそう、傷つきまくっとったがな」

玉袋「鼻はボキボキ折られたまま、本番をやってた訳ですか」

島田「その頃から、今の状態に来たな(一同笑)」

博士「あれがきっかけだったんだね」

島田「あの二時間泣かれたのが頂点やったな(一同笑)」

博士「さあ、という訳でね、今週はですね、漫才ブームを振り返るという事でね。絶頂時代を振り返っていただきましたけど」

島田「ひょっとしたら、来週それから落ちていく話やから、ここでやめといたらええねん」

博士「『めちゃめちゃ陰気やで〜』時代に入りますんで。はい、また来週」

アナウンス「街でいちばんの男、ビートニクラジオ。出演はビートたけし、浅草キッド、そして島田洋七。今夜お届けしたナンバーは、ビートたけしで『浅草キッド』、そして前川清の『雪列車』。街でいちばんの男、ビートニクラジオ。愛と笑いの夢列車は、まだまだ走り続けます。たけしさんと洋七師匠の、伝説のトークスペシャル、来週もどうぞお楽しみに」

−−−−『雪列車』−−−−

続く……

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