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今になって思うこと
慣れ

ヴァイオリンをはじめて4年目。オケで弾いて4年目。
今になって思うこと。
昔はわからなかったこと。
卒業前に書いた、私のアマオケ体験。


最近思うのです。
あんまり練習しなくても、がくっと技術が落ち込むことがなくなったなぁって。

周りを見ていても思うのです。
どんなに上手くても、やっぱり、ヴァイオリンを習い初めて2年の子と、3年の子はどこかが違うよなぁって。

それで、一つ、仮説を立てました。
ヴァイオリンの演奏技術には、慣れという要因が大きく絡んでいて、時の経過が解決してくれることも、実はとっても多いのではないか?
そして、オケで弾くのだって、単なる個人の技術以上に、慣れに寄るところも大きいのではないか?

無謀な仮説かも知れないけれど、私自身は、案外いい線行ってる説じゃないのかと思う(笑)
それに、そう思うことで、楽になることもあるんじゃないかな、と、思う。

例えば、ヴァイオリン。
私、どう考えても、年々、弾くのが「楽」になってきている。
それは、単に練習をして、技術的に向上したから、というだけでなく、もっと違う何かのような気がしている。

そういえば、ヴァイオリンを持ってすぐに、弾くことなど、昔は不可能だった。
音が全く取れないし、指だって動いてくれないし、とにかく、とんでもないことだった。

でも、ケースから取り出したばかりのヴァイオリンでも…
一年経った頃には、曲がりなりにも弾けるようになってきたし、二年経ったら、音もどうにか取れてきだしたし、三年経ったら、それほど苦痛を感じることなく弾けるようになってきた。

似たようなことだけれど、昔は、たった一日弾かないだけで、一週間の努力が無駄になるというか、全く弾けなくなるような状態になることもあった。
でも、身体が覚えてしまったのか、最近では、一週間ぐらい弾かなくても、それほど変わりはなくなったし、一月弾かなくても、どうにか元に戻せる。

これは、練習の成果、ではないと思う。
だって、どんなに練習していようと、昔は、どうしても、楽器を出してすぐには弾けなかったし、練習をさぼれば、すぐに弾けなくなった。
なのに、最近は、大して練習していなくても、楽器を出してすぐに弾けるし、さぼりっぱなしだけど、技術が向上することさえある。

おっかなびっくり触っていたヴァイオリンを、普通にもてるようになり、ヴァイオリンが側にあることが日常化する…。
こういうのって、些末なことかも知れないけれど、その時間の経過は、思ったよりもたくさんのことを、残していくように思えて仕方がない。
練習どうこうよりも、何年続けていたかというのも、「慣れ」という一種の技術というか能力(?)になるのでないだろうか。

そりゃぁ、毎日練習するのがベストだろうとは思う。
けれども、そういうわけには行かない事情というものが、人それぞれ、たくさんあるものだ。
でも、練習できなくても、ヴァイオリンを持ち続ける、という日常が何かを教えてくれて、自分の知らないうちに、何かが変わっていくなんてことも、あるんじゃないかと思う。

つまり、何なんだって言うと、ヴァイオリンって、練習することも大切だけど、、細く長く続けているってことは、実は、もっと大切なことなのでは…ないだろうか。

曲がりなりにも続けていれば、自覚はないけれど、慣れてくる。
その慣れが、ヴァイオリンでは重要ポイントなのではないか。

そう。子供なんて、まじめに練習しない子が多いのに、昔何年か習っていた人が、随分上手なのは、週に一回のレッスンの時だけ弾いていたとしても、続けていたから、なのではなかろうか。

続けるってことは、結構大変なことだと思う。
特に、私たちは、あくまで単なるアマチュアで。
オケだけに、楽器だけに、すべてをかけることはできない。
みんな、日常生活をしながら、音楽をやっている…
ある意味、二重の生活をしている。

どちらかに入れ込みすぎると、様々なひずみができて、楽しいはずのことが、楽しくなくなってしまうことまである。
生活のバランスを取っていかないと、いろいろな弊害が出てしまう。
両立が難しくなると、音楽なんて、やめてしまおうなんて話になってしまう。

でも…
「音楽は、義務でやるものじゃない。
やらなくちゃいけない、という気持ちでするものじゃない。」

私は、レッスンの先生に、そういわれて目が覚めた気がする。

「練習しなくていいよ。
ヴァイオリンは、適当でいいよ。
来るだけおいで。」

あくまで趣味。生活の一部。
それが、全部になってしまうと、しんどくなるのかも知れない。

オーケストラで弾くのだって、長く続けるうちに、練習の仕方というか、誤魔化し方というか…(爆)
楽しみ方がわかってくる。
自分が完璧に弾くことよりも大切なものが見えてくる。

練習すること、自分の技術を磨くことは、もちろんとても大切なことだ。
けれども、練習できないということを、気に病みすぎて、面白くなくなってしまうというのは、本末転倒な気がする。

打ち込みすぎて、義務にまで思えてくれば、燃え尽きてしまいそうだ。
細く長く。
続けていきたいな、なんて思っている。

「慣れ」の力を、信じてもいいんじゃないかな。

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