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怪我!
怪我しちゃいけません。
ホントに真剣に切実にそう思いました。
私が指先を怪我して、ヴァイオリンが弾けなかった一月余りについて書いてみます。


その日、私はいつものようにバイトしてました。
とあるファーストフードです。
レタスを、スライサーという機械で切っていました。
回転する刃が野菜を千切りにします。
絶対、指なんて切るはずのない機械です。

でも、はっと気づいた時には、指に回転する刃の嫌な感触がありました。
ざくっという感じ。
反射的に、手を引きましたが、遅かった。
左手の中指と、薬指の先がざっくり切れました。
かろうじて、皮がつながっていたのが唯一の救いです。

しかし、切った瞬間、信じられませんでした。
痛いよりも何よりも、信じられませんでした。
とりあえず、あふれ出る血を前に、私は妙に冷静に止血しました。
怪我は…結構慣れてるので(爆)
#私は相当なドジですから(涙)

でも、ものすごくショックでした。
ショックの余り、立てなくなりそうでした。
止血しながら考えたことは、ヴァイオリンのことでした。
「最低〜!この怪我じゃ、ヴァイオリン弾けないじゃん。」

病院に行きました。
その頃には、ヴァイオリンの事ばかり考えていました。
ヴァイオリンが、弾けない。
治るまで、一体どの位かかるのか…。

その割には、頭には別の考えがありました。
その頃、私は、とある国家試験の追い込みで、「ヴァイオリンを弾く時間も惜しい」思わなくてはいけない「はず」でした(笑)
だから、「これってヴァイオリンなんか弾いてないで、そろそろ勉強に専念しろって事かな〜?なにしろ、弾きたくても弾けないんだから、自制心のかけらもない私には、かえってよかったのかも…超自然的存在(=神様?)の思し召しか??」と考えることにして、ちょうどいい機会だから、勉強に専念しようと、決心を固めたりしていました(笑)

ところが、そんな想いは、すぐにうち砕かれました。
ヴァイオリンが弾けない。
弾きたくても、弾くことが許されない。
これが、どんなにつらいことだったか。

勉強に専念するなんて無理でした。
かえって気が散って…どころの騒ぎでもない。
はっきり言えば、悲嘆にくれる毎日だったのです。

私は、もちろん単なるアマチュアで。
ヴァイオリン始めたのも、割と最近のことで。
別に将来音楽で食べて行くつもりもないし、大学を卒業すると同時に、ヴァイオリンからも遠ざかってしまうかも知れない…って考えていたくらいで。

ヴァイオリンが弾けなくなったところで、私の日常生活に大した影響もないはずだったし、もし、一生ヴァイオリンが弾けないとしても、私には、他にもいろいろな大切なものが…
例えば今やっている研究だって、勉強だってあるし、他にももっと、私の将来に直接的に関係のある事柄が沢山あるはずで。
大体、一生弾けなくなるような怪我じゃないし、そのうち治って、またヴァイオリンは弾けるだろう事は、私にも理解できていたんです。

なのに、ヴァイオリンが弾けないって考えただけで、お先真っ暗に思えてしまう。
すべてを無くしたわけでもないのに、自分には何も残っていないような錯覚に襲われる…。

私は、正直言って、自分がそこまでヴァイオリンが好きだったなんて、気づいていませんでした。
ヴァイオリンが、こんなに私の中で大きな存在になっていたとは、少し意外な気もしました。
けれども、自分でも知らない間に、ヴァイオリンに精神的にものすごく依存する生活を送っていました。

弾いている間は、安らげた。
俗世の?他のことなど何も考えずに、純粋に音に恋して、音楽を求めていられた。
いつの間にか、私の逃避先になっていたんです。
もはや、私にとって、無くてはならないものに、なっていたのでした。

ヴァイオリンが弾けない。
…弾けるのに、練習をさぼっていたときとは、訳が違います。
弾きたくても弾けない。
生活の中の、甘い部分がすっぽりと無くなってしまった感じでした。
ものすごく、空虚な想いに襲われました。

それに、私は…ものすごく怖かったんです。
一月のブランクが怖い。
今まで築き上げてきたものがゼロになるのではないか、という焦り。
これは、私が、大人になってからヴァイオリンを始めたせいかもしれませんが、今まで苦労して身につけてきた技術が、どんどん身体の中から抜けていって、傷が治ったときには、もはや弾けなくなっているのではないか…
ものすごく大きな恐怖でした。

一日のうちで最も心休まる時。最も甘美な瞬間。アンサンブルの喜びとも違う、最も幸せな一人の空間。向上していく喜び。楽器と戯れる心の安定。昔の作曲家との対話。現代まで受け継がれてきた演奏家の血脈…。
大げさかも知れないけど…
失うまで、気づかなかった。

私は、なんて素晴らしいものを持っていたのだろう。
なんて素敵な毎日だったのだろう。

ヴァイオリンを練習するのに時間を取られるせいで、他のいろいろなことをする時間が制約されると、私が漠然と考え、どうやって時間を作ろうかと悩んでいたことは、一面真実でしたが、実は大部分、間違っていました。
私が、どんなに忙しくても、毎日元気でいられたのは、ひとえにヴァイオリンがあったからだったのです。
一日中、心に響くあの音が、私の原動力だったのでした。

私がヴァイオリンと出会ったのは、ある意味、奇跡的なものでした。
私は、当時も、クラブに入れて貰えないかも知れないような、条件をたくさん抱えていて、私がヴァイオリンを始め、そして続けてこられたのは、いろいろな方にたくさん助けてもらったお陰です。
でも、この出会いは、大きかった。
これ程までに、身体全体に根を張り、全身をからめ取るような束縛を感じる、そういう魅力を持つものは、他に存在しないのではないかとまで、思います。

結局、一月半程で、どうにか怪我は完治しました。
お医者さんは、正しかった(笑)
「全治1ヶ月ちょっと…ってとこかな?」の怪我は、治るまでに、たっぷり一月かかるけど、一月たったら、ちゃんと治るのでした。

怪我をしたことで、ヴァイオリンが弾けなくなったことで、ものすごくいろいろなことを考えました。
どんなにヴァイオリンが好きだったかも、思い知りました。
結果的には、そんなこんなで、貴重な体験になった訳なんですが…でもっ!

皆さん、怪我しちゃいけません!!
ものすごく、つらいですよ〜(^^;)
注意して、注意しすぎることはありません。
弾けなくなっては、元も子もありません(爆)

怪我には、ほんと、気をつけて下さいね。

ところで…
単なるアマチュアで「これ↑」ですから、プロが怪我をしたと言うときの、落胆ぶりは、想像するに、ものすごいものでしょう…。
今まで、がむしゃらに練習してきたことを。自分の努力の証であったことを。プライドを持って弾いていたことを…いろいろ考えるでしょうねぇ。

そして、私がせいぜい一ヶ月の怪我で、これだけ動揺したことを考えると、プロの演奏家が、一生演奏できなくなったとしたら、自殺しても、ホントにちっともおかしくないと思います。
アイデンティティーに関わる問題ですよねぇ。
自分が何者でもなくなった気がするのは、当然かも知れません。
それでも生きろと言うのは、ものすごく酷だなぁ、すさまじい運命だなぁ…なんて思いました。

ところで、
…私は、もはや?一生ヴァイオリンを弾いていくでしょう(笑)

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