Why?  なぜ、私は「表現」に着目したのか?

『多重人格ブーム』
『リスカブーム』
『ココロの病ブーム』
(→演劇コラムより。『ココロのビョーキについて私が語ろう。』
(→保健の自主発表より。『りすとかっとについてかんがえる』
(→保健発表レポートより。『ココロの病について私がレポろう。』

◎Comic、インターネット、メディアの「表現」による、
(→保健発表レポートより。『ココロの病について私がレポろう。』
 無意識的な病気ブーム
(→書き下ろし。『病は気から?じんましんな生活』
(→
書き下ろし。『ぼくだってヒーローになりたかったんだ』

How to?  何がしたいのか?何をすべきだと考えるか?

『演劇部で知った照明、音響などによる「だまし」。それは実は日常生活にも。』
(→『音響☆音のマジシャン♪』アンチ正当派マニュアル
(→『照明☆ライトレンジャー』アンチ正当派マニュアル
(→書き下ろし。『体育祭をのぞいてみれば。』
『『必志組』での演出を通して、人の身体のわずかな変化が他人の感情を動かすことを知った』
(→『マジでいいエンゲキするための実体験講座』
(→演劇部運営より。『舞台構成を考える』
(→Thinking abou BODY and MINDより。『Message Three』

◎表現規制、などの問題ではなく。(どんな表現であろうともヒトは多かれ少なかれ影響を受ける)
 受け取る側も「表現」による「だまし方」を知ることによって自分の「だまされ方」を知る。
 (→書き下ろし。『「つくる」って大変だ。「そこにある」ってすごいことだ。』
 また、だまし方、だまされ方を知ることによって、
 自分のあらゆる表現が他人にどんな影響を与えるかを学ぶこと。
 (インターネットの普及で、誰もが簡単に情報発信者になれる。そのためのマナーと心構え)
 (→書き下ろし。『我が友人、WEBデザイン野郎、走る!!』

◎「表現」のtoolとして一生付き合う、自分の身体と心。
 筆もお金もパソコンもなくなっても、自分の「身体」「心」は一生残る。
 (→学校の企画で中学一年生に話したことより。『ねっこの夢。立ち戻れるように。』)
 (→Thinking about BODY and MINDより。『Home Sweet Home(2002、私。)』


What can I do next?  その中で、私はなにをしてゆくのか?

◎演劇教育(身体表現によるコミュニケーション)。技術(発声、立ち回りなど)にこだわるのではなく、
 自分の身体と心の可能性の探求を面白いと思ってもらうこと。「可能性の気づき」の波を広げること。
 (→Thinking about BODY and MINDより。『Message Three』
 具体的には、
 (→『演劇に、表現に関わっている同年代のみなさんへ。』

◎学校、学生以外にも広がりを持たせることの出来る「表現」や
 「生活」などに対する「可能性の気づき」を、ゆとり教育とあわせて考えて行くこと。
 (→書き下ろし。『ゆとりの意味をかんがえた。』)
 また、その仲間を見つけること。
 (→書き下ろし。『ヒトとヒト。方法論って、難しいけれど。』)





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