観覧記  2002年5月




・5月3日(金)  Benefit 2002.05.03. – 阪神淡路大震災復興支援チャリティ・コンサート(オウブ、渚にて、高山謙一(ツメタイイキノママ....))  於 芦屋・山村サロン

 山村サロンで毎年震災チャリティーライヴが催されていることは聞いていて、いつか行ってみたいと思っていたものの、持ち前の怠惰さと金銭事情のため、今年も出掛けるつもりはありませんでした。

 が、前日の午後、職場で何気なく明太HPのbbsを開いたら、T.坂口さん(昔からマイナーな音楽のレビューをされているその道の大家)ご本人から告知(&お誘い?)の書き込みが入っていてびっくり。どうしよう…と気持ちが揺れ動いてしまいました。

 仕事を終えて、決断がつかぬまま、何となく久しぶりに某レコード屋へ。と、中古で割に珍しい出物があり、購入を迷っていたら閉店時間になり、思わず購入するはめ(?)となりました。が、帰りの車内で、買ったものの中身を見たら、期待していたほどの内容ではなさそうで、「とんだ散財をしてしまった…」と悔やんでみてももう遅い…。

 でも、結局、心に一度灯った火はじわじわと燃え広がり(←おおげさ)、なんとかお金を工面して、観に行ってみることにしました。できる時にできそうなことはしておかないと、と思って。たまたま当日は妻が朝から用事でいないため、家を脱け出しやすかったし…。

 浦和駅で切符を買おうとしたら、指定席券は売切れ。そういえば、今日はゴールデンウィーク後半の初日。3時間立ちっ放しはきついなぁと思いやられつつ、とりあえず特急券だけ頼んで、東京駅へ。駅構内は家族連れなどでえらい混雑でしたが、新幹線には到着前から少し並んだら座れたのでほっとしました。それでも立っている人はおり、後から聞いた話では、東海道新幹線の下りの乗車率は100%だったそうです。

 車内では、仕事絡みの報告書のようなものを読もうと思い、持参したつもりが、家に置き忘れて半分くらいしかカバンに入っておらず、少し目を通した後は、休日だと割りきって(←こればっかり…)、ビールを傾けつつ、流れ行く車窓の風景をぼけっと眺めていました。

 なんだかんだ、日本はまだ緑が多いものです。あと、どうでも良いことですが、東海道線って、富士山のすぐ近くを通るのですね。近くにいた子供が立ち上がって喜ぶわ喜ぶわ…。まだ頂上付近には白い雪が残っていました。

 で、新大阪駅に到着。芦屋への行き方はよく分からなかったのですが、たまたま来た電車に乗ったら当たりでした。ちょうど快速だったしラッキー(←我ながらこんなに適当で良いのか…)。

 大阪に来るたびに思うのですが、電車に乗っている人たちがおしゃべりしているのですよね。東京では車内でこんなに話し声は聞こえません。関西の方が堅苦しくなくて良いなぁ。

 そうこうしている間に、芦屋に到着。まだ時間があったのですが、念のため、会場の山村サロンを下見すべく、坂口さんの書き込みの指示通りに進むと、エスカレーターを上った正面に、サロンを無事発見。と、開演の1時間以上前なのに、若者が数人たむろしていました。渚にてのファンなのでしょうか。凄い人気だなぁ…。

 山村サロンのことは何も知らず、名前からして古風な喫茶店なのかな?と勝手に想像していたのですが、外から見える限りでは、喫茶室は新しめでした。最初は、その喫茶室でライヴが行われるのかと思い、「こりゃあ、お客さんが少ししか入れないんじゃないかな…」と不安になりましたが、別にある小ホールが会場とのことで一安心。

 で、芦屋に初めて来た物珍しさもあって、駅周辺を徘徊することにしました。駅に隣接するホテルやラポルテという商店街はもちろん、街並みもハイソな雰囲気。サングラスをかけた洒落た兄ちゃんが高そうな犬の散歩をしていたり、行き交う男女も何となく裕福そうな感じ。お気楽なジーパン+シャツ姿の自分が恥ずかしくなりました…。

 お茶を飲みたくなって、コンビニを探したけれど、ラポルテには入っておらず、少し離れた場所に漸く発見。店内に、お茶と一緒におにぎりを買うと30円引きになるとの表示があったので、これは良いと思っておにぎりを探したところ、売り切れなのか棚には何もない…。やむなく、すごすごと生茶のペットボトルだけ買いました。

 山村サロンに戻ると、先ほどよりも人が増えていて、それでも列を作るでもなく、めいめい談笑したりして待っています。と、中から人(思い返すと坂口さん?)が現れ、「開場時間が20分ほど遅れます」とのアナウンスが。

 で、ぼけっと突っ立っているのも何なので、今度はラポルテ内外を徘徊。一階にレコード屋があったので、懲りずに覗いてみることにしました。aikoの3rdアルバムの初回盤がないかなぁと探したけれど、aikoのコーナー自体がない。acoはあるのになぜ…。おかしいと思ったら、もっと目立つところに陳列されていました。げげっ、ニューシングルの初回盤と通常盤の2種がもう出揃っているのね。初回盤、あるうちに買っておこうかな、どうしようかな…。

 などどしょうもないことに迷ったり、お腹が空いてきたので夕食用に持参していたパンをかじったりしているうちに時間が過ぎ、またサロンに戻りました。入り口付近にはさらに一層の人だかりができています。

 山村サロンとは、中にどれくらいの人が入れるスペースなのか分からなかったので、「ここまで来て入れなかったら洒落にならないぁ…」と心配して、外のラックに置かれていたお店のチラシ類をチェックしてみました。

 それを読んで初めて知ったのですが、山村サロンは、元々芦屋駅周辺の地主の息子さんだった山村雅治さんが1986年からスタートさせたとのこと。小ホールは、講演会や演奏会のスペースとして用いられ、さらに結婚披露宴やピアノ発表会にも有料で開放されるようです。山村さんには、『マリア・ユージナがいた』という著書もあります。マリア・ユージナとは、旧ソ連の独創的な女性ピアニストの名前。読みたいけど、う〜ん、近くの図書館に置いていないかなぁ…。

 と、ぼけっとしているうちに、人が中に入り始めました。小ホールはまあまあの広さで、豪華な椅子がたくさん並べられています。まず支援募金と記帳をしてから席へ。前の方に座れてラッキーでした。

 そうそう、入場時には、NEUROBEATという坂口さんが時折お書きになっているペーパーが手渡されました。本日出演する、オウブ、渚にて、高山さんそれぞれを特集した3種です。オウブと渚にての号では、インタビューも交えつつ叙述されています。う〜ん、これは貴重。それぞれのペーパーのトップの文字の色にホチキスの針の色が合わせてあるのも、にくい心づくしです。後に、高山さんご自身が書かれた当日のセットリストのコピーも配布されました。

 お客さんは切れ目なく入り続け、100人を超えたよう。客層は、渚にてファンとおぼしき若い男やカップルが多く、少しお年を召した方や外人さんがちらほら。あと、雰囲気のある男性がいるなと思ったら、林直人さん(イヌのギター、アウシュビッツのボーカルなどをしていた方)でした。

 サロン当主の山村さんのご挨拶により開演。長髪で痩せた粋な感じの方です。震災のことが世の中からも政治家からも忘れられつつある現状、震災時の行政の対応の拙さなどが語られました。あと、全然知らなかったのですが、山村さんの奥様のお兄さんが坂口さんなのだそうで、その縁でこのチャリティ企画が実現したとのことです。今年でもう6回目。

 続いて坂口さんによるご挨拶と本日の演奏者の紹介があり、オウブのライヴへ。

 会場内は、演奏中は照明を落とすとはいえ、客席の中後方の窓から陽が差し込み、またステージがお寺の床下みたいな作りになっていて(大理石の土台の上で木が舞台を支えている)少しせり上がっているので、演奏者がよく見えます。客席(というかフロア)との距離も近い。そのおかげで、中嶋さんのパソコンのカバー(ふた)にグロスの「G」文字がちゃんとお客さんから見える向きに貼ってあることに気づきました。

 先日の東京でのライヴと同じくシンセを音源にした演奏なのかな、と思いきや、今日は時計の音を用いる初演とのこと。静寂の中、真剣な面持ちの中嶋さんが、マウスをクリック。クリックするカチッという音さえ聞こえてきます。少しして、時計の「チッ、チッ、」という音が徐々に現れてきました。

 時計の音が刻まれる中、金属のリングが鳴るようなシャンシャンする音が響き渡り、音が豊饒になったところで、急に時計のチクタク音だけに戻り、再びシャンシャン音が被さっていきます。そうしているうちにいつの間にか、時計音は一定に刻まずにリズムと化していき、ハウリングのようなノイズ音が現れたところで、すべてがフェイドアウト。

 スピーカーは、舞台の両横にramsaの小型のものが2本立っているだけだったのですが、ラップトップパソコンでの演奏のせいもあってか、結構音量はあり、音質も良かったです。中嶋さんは、初めにちょこっとヘッドフォンをつけていらっしゃいましたが、すぐに外してしまわれていました。ですから、今回は生音を聴きつつ演奏されていたことになります。
(追記:「今回は渚にても高山氏もMixerを使わして欲しいとのことで入 力channelの多いのを持参したのですが、このヘッドフォンモニター出力レベルがあまりに小さいので生音を聴きつつ演奏しました」とのことです。)

 お客さんには、オウブファンの方なのか、演奏中に写真を撮っている女性もいらっしゃいました。会場をそれとなく見渡すと、半分くらいの人は、目をつむって耳を傾けています。オウブの音は瞑想向きなのでしょうか?

 と、ふいに、カランカランする音が響き渡ります。時代がかった大時計が一時間ごとに時を告げる音っぽい。これに、ゴーンという、やはり時計っぽい、けれどお寺の鐘の声にも聞こえる金属音が絡んで、荘厳な雰囲気になっていきました。

 そのうち、時計のポコポコするリズムが前面に出てきて、ジャージャーいう音(時計のねじを巻く音?)も間隔を置いて現れ、再びゴーンという音も被さり、という風に、音が移り変わっては再び現れてくる展開へ。音の切れも良くて、ミレニアムCDシリーズのリズミックな曲を想起させられました。

 こういう風に幾つか音が交じり合うことがあっても、循環して静寂に戻ったり、決して凝った複雑な捻り方にならないのが、オウブの持ち味だと思います。今回は会場の関係でそう複雑で思いきった演奏をできなかった関係もあるでしょうけど。解体しようと思えば簡単にほどけますよ、ほら、というような。このシンプルさ、自然さは、どこから来ているのでしょう?

 実際に、以前読んだオウブの海外誌上のインタビューでは、複雑な録音の仕方をしているのではないかと聞かれて、そんなことはないと回答されていた覚えがあります。はたまた、中嶋さんのセンタリング主体のデザイン嗜好(NEUROBEATを参照のこと)も関係しているのかもしれません。

 そもそも、オウブのテーマは、一つの素材の本来の音(というかそうイメージされる音)をいかにして響かせるかにあるので、音源と演奏者の関係が外見上は分かれており、そのこともシンプルさを引き立たせています。

 そうすると、演奏は音源にある意味で制約され、演奏者の主観的な思想めいたものが前面に出る余地は少なくなってきます。音の素材の旨みを引き出すためには、演奏者の側の自己鍛錬がなければならず、音の純化を試みるにつれて、演奏者も修練を経て自分に素直に還っていくことになるでしょう。

 というわけで、中嶋さんの自己修練(←おおげさか…)と並走・併奏する音がオウブなのかも。それが、オウブのシンプルさというか飾らない自然さ、コンセプチュアルに陥らないどこか人間的な音につながっているのではないかな。勝手な推測に過ぎませんが…。

 あと、聴いていて思ったのですが、時計の音で刻まれていくのは、いわば物理的な時間に過ぎません。時計は、記憶を含めてあり続ける時間全体を思い出させ、我に返るための、いわば道具としての役目しか果たさないものです。他方で、時計は、生活に密着したもので、とりわけ大きな時計は、家の居間や教室、職場などにかけられ、その場にいる人々、集団に働きかけます。

 そのため、時計から感じる厳粛さは、人々が一緒にいつつも、現実の時を告げる音によって、それぞれ我に返り、過去を思い出すことから来ているのかもしれません。それは、今回の震災復興チャリティの趣旨にも合っていたと言えましょう。

 会場では、時計音源の新譜が販売されましたが、その長時間バージョンが今日の演奏だったとのことです。ちなみに、その新譜(3インチCDR『01170546』)に収められている2つのトラックの収録時間は、それぞれ1分17秒と5分46秒。坂口さんが前説で「言うまでもなく」とおっしゃった通り、震災の起こった日時にちなんでいます。95枚という限定制作数も。

 オウブの演奏は30分足らずで終了。休憩を挟んで、渚にてのステージに向けた準備が始まると(PAがいないので渚にてのメンバー自らがセッティング)、やはりファンが多いのか、いそいそとMDなどを取り出して録音の準備をする様子があちことで窺われました。

 渚にては、一度バンド編成で観たことがあります…うっ、もう5年半も前か…。今回は、テルミンに鎮座するパンダを背景に、柴山・竹田夫妻のみの演奏。竹田さんは、前に拝見した時は長い髪をそのままにベースを弾きダークな印象を受けましたが、今日は打って変わって髪を束ねてジーパン姿だったせいか自然体に見えました。お二人で太鼓を挟んでワン・ツー、ワン・ツーと歌われる曲からスタート。

 渚にてのアルバムは聴いたことがなくて、というか1枚目のを人から借りて聴いたことしかないので、知らない曲ばかりでした。ということで、ろくなことは書けません…。後から聞いた話では、前半はアルバム未収曲ばかりだったそうです。

 淡々とした曲が、淡々と、でも真面目に歌われていきました。前に聴いた時には、正直、素っ気なさ過ぎて物足りなさを感じなくもなかったけれど、時を経て再び観ると、エキセントリックさがなくて、それでいてフォークで時に見られるあざとさ(失礼…)もなく、変わった、でも変わっていない、自然体の音楽だなぁと思いました。自然さや素直さというのは得難いもので、それを体現している渚にても、得難いバンドでしょう。

 渚にては、実は、何気なく、未知の領域に進んで行っているのかもしれません。高橋さんの強烈なドラムによるロックの規定・枠づけから脱して、柴山・竹田さんのお二人を中心に、飾り気なく普通を極めていく(?)独自の音楽を紡ぎ出されてきたのが今の状態とすれば、これから先、また変わりそうな気もします。

 関係ないけれど、今回は眼鏡を持参して、かけたり外したりして聴いていたのですが、眼鏡をつけると目の前の光景と共に音までクリアになるような気がしました。でも、外している時の方が、ぼやけて見えようと、全身の肌から音が伝わってくるような感じがして、渚にての途中からは、眼鏡ケースごとカバンにしまいました。まあ、かけなれていないせいもあるんだけど…。

 竹田さんは、一曲、テルミンを使って、柴山さんのギターに合わせて音階を演奏。まじまじとテルミン演奏を観たのは初めてだったのですが、難しそうです。竹田さんも慎重に手をかざしていて、聴いているこちらまで緊張してしまいます。もう一曲では、テルミンを音響を奏でるために用いていて、それは柴山さんのギターとうまく溶け合っていて、聴かせてくれました。

 でも、何はさておき、柴山さんのボーカルをたくさん聴けたのが嬉しかったです。良い歌い手だなぁと実感しました。最後の「本当の世界」(?)だけは、オムニバスか何かで聴き覚えがある曲で、柴山さんは、時に足を踏み鳴らしつつ弾き歌い、竹田さんもあうんの呼吸で歌とギターを合わせる熱演。淡々とした中に静かさと激しさが自然に揺らめいているような気持ちの良いステージでした。

 その後、2度目の休憩を挟んで、林さんが登場。病気のためこのチャリティには歌で参加できないこと、渚にてで「けものには帰る家がある」という歌詞があったけれど人間には帰るところのない人もいること、この会場に来てお客さんとこうして面していることも一期一会で意味があることなどを語られました。

 で、ステージ奥にいらした高山さんが、林さんと握手を交わして、マイク前の定位置へ。セッティングは、ステージ用の(?)アロハシャツから着替えた柴山さんもちょこちょこ手伝われ、高山さんに声をかけたりなさっていました。渚にての演奏の合間にも、「イディオット(高山さん)と共演するなんてこの20数年で初めてと違うかな?」と嬉しそうにおっしゃっていましたっけ。NEUROBEATでは、高山さん、柴山さん、それに頭士さんのお三方を、20数年間育まれてきた「黄金のトライアングル」と称していました。盟友なのですね。

 高山さんは、1970年代末に現非常階段の広重さんのバンドへボーカルとして加入し、その後、イディオット・オクロットのバンド名義で『Original First Album』というCDを1989年にアルケミーレーベルから、そして翌年シングルを出しています。柴山さんも、アルバムのエンジニアリングとミックス、シングルのドラムとベースなどで参加されていました。

 …と知ったようなことを書いていますが、僕がそれらの音を初めて聴いたのは、再発盤(解説はT.坂口さん)が出た最近のこと。さらに正直に言いますと、シングルの曲(「Boys」と「Last Word」)には惹かれたものの、オリジナルアルバムの曲はそれほど熱心に聴いていませんでした…。

 その後も、高山さんは、断続的にではあるもの、バンドを編成して活動されていたとのことです(NEUROBEATを参照のこと)。G-Modern第6号に、1994年3月当時のライヴ(3年半ぶり)を評した柴山さんのレビューが載っています。

 肌色っぽいシャツにジーンズという飾り気のない格好で、高山さんのソロ演奏が始まりました。乾いた弱めの音のエレキギターを弾きつつ歌われます。歌い方は、前述のCDのままで、ご自身がファンという沢田研二に少し似ていましたが、ぶっきらぼうに低く甘い声質は、意外にもシド・バレットのような感じもあり。外も暗くなり始め、ステージ上のライトに照らされる高山さんお一人がひときわ映えていきました。

 詞と歌は、ダンディに哀愁を漂わせつつ冷めたもの。聴いている時には、初めから真実を抱き締めたまま〜とか、ハッとさせられる詞がいくつもあったのですが、すり抜けてしまって、もうよく覚えていません…。すり抜けたといっても、右から左に抜けたというよりも、奥が深すぎて一度聴いただけでは辿りつけなかったという感じ。

 しっかり聴いてみたいので、三上寛みたいにギター伴奏のみのソロ作を出して欲しいです。そういえば、声の迫力、詞、曲、演奏の神経質さと存在感は、三上寛を思わせるところもありました。「西の三上寛」と言っては怒られそうだけど…。何にせよ関西の重鎮を見させていただいた思いがしました。

 あと、何より驚かされたのは、エレキギターワーク。歌の間奏のギターでは、エフェクトを少し踏んだりはするものの、轟音というわけではないし、とりたてて変わったことはしないのだけど、ギターの音を知り尽くしたうえで、その場その場で音色も弾き方も探るのが伝わってきて、聴かせてくれました。ピックを使わないせいもあってか微妙なニュアンスがあり、一音一音が落ち着きつつも浮遊しているよう。

 演奏も、その場その場で決まっていくのですよね。曲の最中はもちろん、曲と曲のつなぎも、お客さんの拍手が入る間もなく続く時があったり。その場の生の呼吸とリズムを見極めながら、歌を注意深く泳がせていっているようでした。そういえば、呼吸や息という言葉はよく詞の中に出てきます。そもそもユニット名が「ツメタイイキノママ....」ですし。でも、高山さんの場合、冷たい息は、ぬくもりある安息と同居しているのかもしれません。

 演奏された中で、アルバム収録曲は「凍った海(Frozen Sea)」だけだったと思います。あと、「空気銃」のメロディの一部に違う詞をのせたものがあったような。「みず−の−いろ」という曲の詞が特に印象に残りました。「ツメタイイキノママ....」のメロディーも。

 セットリストを転載しておきます。

  1.夢のカケラ(Winter dust)
 2.嘆きのロックンローラー(Rock’n Roll Joker)
 3.遠く離れて(Deep Distance)
 4.この空(うつろ)の中をずっと(cette blessure)
 5.凍った海(Frozen Sea)
 6.みず−の−いろ(Water – what’s Water?)
 7.たったひとつだけの(instrumental)(Secret Present)
 8.いつの日にかの扉(door)
 9.ツメタイイキノママ....(COLD Breath)

 演奏と歌は地味だったため、途中で帰ってしまうお客さんもいましたが、貴重な演奏だったと思います。今日の録音をリリースしたら、名盤と呼ばれること間違いなしでしょう。あの生の息遣いはあまり伝わらないかもしれませんが…。

 最後に、山村さんからご挨拶があり、今日の演奏者それぞれが発していた強烈な個の表現のエネルギーを称え、林さんのお話にも触れつつ、今後の社会と人のあり方を語られました。今日の支援募金は、子供たちを助けるために、あしながおじさん募金に寄付することにしたいそうです。

 この時点で19時30分。およそ3時間の演奏とお話で、濃密な時を過ごせました。

 ただ、いかんせん、僕を含めて(?)若いお客さんが多くて、山村さんが大人として語り掛ける感じになってしまったのは、やむを得ないにしろ惜しく思いました。もっと地元の大人も来場して、意見が飛び交うようになると良いのに。…なんて、音楽主体のチャリティだし、ないものねだりですが…。

 今回は高山さんが出演者に加わり、現代のユージナ=本物の表現者を探して紹介するためにオープンされたという山村サロンは、坂口さんを介してとはいえ、関西で息長く独自の活動を展開してきたミュージシャンをも見出し始めたということでしょうか。喜ばしいことで、今後もこのチャリティイベントが続いていくことを期待します。

 その後は、急いで駅に戻って新快速に乗って新大阪へ。慌てて弁当とビールを買って、到着した新幹線に乗り込みました。連休初日のせいか、上りはあまり混んでいなくて無事座れ、ほっと一息。で、腹ごしらえをして、持参した報告書をめくる気もなくなったので、NEUROBEATなどを読ませていただきながら、ビールを飲みつつ、眠るでもなくぼけっと時を過ごしました。

 家に着いたのは12時過ぎ。妻には「法政までライヴを観に行くから」と伝えてあったので、こんなに遅くまで何をやっていたのかと言われないか冷や冷やしましたが、すでに就寝中。そっと布団に入り、妻の様子を窺ったけれど、聞こえてくるのは、寝息と、コッチコッチ動く枕下の100円時計の音ばかり。オウブのライヴはまだ終わっていなかったのか…とギクっとしつつ、安心して眠りに落ちていきました。





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