1年近く前にどこかで書いたことだけど(もうその文章は抹消したが)、
「Release」という単語には公開という意味の他に、「解放」という意味がある。
ROCKET DIVEを初めて聞いた時、Releaseということが強く印象づけられたことを、
今改めて思い出した。「解放」-----何から?
数年前、雑誌「音楽と人」のインタビューでこんな言葉があった。
『1st(アルバム)は衝動一発、2ndは基本的に1stの同路線上にあり、
3rdで落ち着きつつ次に来るべき成功の萌芽を予感させる新路線が見え、そして4枚目で大ブレイク』。
これは、hideが当時新作だった2ndアルバム、「PSYENCE」を評して『大体、
2ndは認められないんですよきっと。後に、4枚目以降できっと「最高傑作」
と呼ばれるものが出来てしまって、だけどそっからまた時間が経った時に「いや、
実は2枚目が良かった」といわれるものですよ』と言ったのを受けて、
インタビュアーの市川氏が『古き良き洋楽の黄金パターンね』と続けた言葉なのだが。
この言葉は、なんとなく今でも或意味ロックバンドの歩む黄金路線として通じる気がする。
幾つかのバンドの歴史を少し振り返ってみると、ああなんて的を得た表現だったんだろうと納得できると思う。
故に私は、彼のソロアルバム3作目をずっと心待ちにしていた。おそらく2作目がリリースされたその時から、
次回作はどう化けるか、どう拡張するか、どう進化しているか、とても楽しみにしていた。
そして「大ブレイク」の4作目。多分そのアルバムは、日本の音楽シーン全体を揺るがすことになるだろう、
音楽史に確実に刻まれる1作となるだろう、そんな未来さえ、「PSYENCE」リリース時に夢見ていた。
けれど。その夢は永遠に、永久に、幻の欠片となってしまった。
本当は大して音楽なんて愛してないのに、「人気者」の地位に縋りつきたいが為に商売アイテムとして音を操る、
自称アーティスト達。歪みきった音楽市場。80年代でストップしている日本の音楽シーン。
ノスタルジーに支持されて、それで良いと生温いところで留まっている。
自分達の名誉と地位を守れればいい。自分が気持ち良ければいい。
見切り席が定価で売られていても何とも思わない。自分の利益になるから。
それなのにダフやバッタ物には口うるさい。自分の懐が潤わないから。
神ヨロシク、敬えと言うがごとく、演奏して“やる”、歌って“やる”、笑って“やる”。
手を差し伸べ、綺麗な世界に自己投影し、崇め奉るフリーク達。偶像崇拝。
VISUAL SHOCKから美ジュアルに堕したアイドルバンド。
べったりと寄り添い合って溶け合わねばならない、個を殺しても。
ギター教本に載ってるような単純なコード進行。かと言って気の利いたサビの一つも作れない。
形が無く、輪郭の曖昧な歌詞世界。何を伝えたいかなんて空虚で、そこに心なんて入っているの?
安売りされた「カリスマ」という言葉。こっちなんて本気で見ていないのに、
本当にこっちを見ていないのに。自分がキッズだった時代が無いから、あっても忘れきっているからこっちの気持ちなんて知らない。
見てくれさえいない。それなりの演奏力、それなりの存在感、それなりのステージング。
それなりのアイドルがカリスマ呼ばわり。反吐が出る。
流れを読んで、1位取り合戦。うまくハマればミリオンセラー。
どこどこ立ちました、チケット何分で完売しました、バンドもファンも得意面。
本業忘れてバラエティで笑顔振り撒いて、CM大量に流して、タイアップ取って。
・・・それだけプロモーションに金かけてもらって、売れなくちゃレコ社も火の車だよね。
良いバンドはいるのに、奴等がヒットチャートという名のもとに重くのしかかり、
表に出てこられない。古臭い、生温い、心地良いだけの音に日本全国縛られて。
音で確かめられずに、付属品・おまけで客を釣っている。本末転倒。
音ではなく、「アンダーグラウンド」「洋楽」という銘柄を信仰している「音楽通」の人達。
音楽は知識で聴くものじゃなくて、感性で聴くものなのに。
文化的鎖国状態を警告しつつ、寧ろ洋楽アレルギーを煽っている。彼等も所詮、
パブリックイメージとキャリアに評価を頼っている。頑なさは、同レベルだ。
音楽が汚されてゆく。Rockが歪んでゆく。重荷ばかりが増やされて、純粋なオーディエンスになれない。
そんな世の中。最初のメモリー、最初のメロディー、一体どこでなくしてしまった?
この憤りをどこにぶつけたらいいのだろう。広がるのは絶望ばかり。
失ったものは余りにも大きすぎた。幾度も気づかされ、その度にピンナップのhideに向って文句をブーたれている。
「どーしてくれんだ。銀歯見せて笑ってる場合じゃないよ、まったく」。
だけど。私はまだ希望を捨て切れない。それでも期待している。-----音楽が好きだから。
Ja,Zoo。邦楽を超越した音楽。
BREEDINGなんて洋楽として聴いても全く違和感無い。
PINK SPIDERのハードなロックとキャッチーな歌謡曲の結合。
ボーダーレスのジャンル。日本語はRockのリズムにハマらないなんて、嘘だ。
FISH SCRATCH BEAVERの歌詞など、
古典めいた日本語が素晴らしくコミカルな味わいを出してるじゃないか。
頼むから、この音をヴィジュアル系なんてもので一括りにしないで欲しい。
そして。hideの音にはいつも未来があった。その先に続くもの、そこから始まるもの、それが見えた。
音から未知の世界が広がっていた。どれほど隙の無いアレンジをされていて、
何物も入り込む余地が無いとしても、そこには更なる可能性が流れている。
この人には、留まるという概念が存在しないのか。そんなことさえ、感じられるほどだった。
奇しくも今作は、最も「hideらしさ」に溢れた作品となった。
「残された人達」が彼を真摯に見つめ直し、彼の存在を認識し直した結果、1stよりも2ndよりも、
実に「hideらしい」アルバムとなったのだと思う。
痛いくらい、アルバム全体に「残された人達」全員のhideへの愛情がつまっている。
その音が、ひしひしと伝わって来る。
Spread Beaverのメンバーがインタビューで言っていた言葉。
「だって聞きたいじゃない。」---ああ、同じなんだと思った。「眠ったままじゃ、勿体無いじゃない。」
---一緒なんだ、と思った。
ラスト曲が終わっても、58分28秒まで回り続けるCD。5分ごとに入る、
アクセス音。
初めてこのアルバムを聴いた時、私は音が聞こえなくなってもストップボタンを押さなかった。
長い長い静寂。その間にいろんなことを考えていた。音楽シーンの現状、行く末。
彼はこのアルバムに何を託そうとしていたのか、何を賭けていたのか。
・・・どうしてこんなに音楽が好きなんだろう。片時も、手放すことができないほどに。
5/2からずっと今日まで、ひどく凝縮した時間を過ごしてきた気がする。
本当にいろんなことを考えてきて、いろんなことを見つめ直した。壊れたものも、
生まれたものも、蹴り倒したものも、積み重ねたものもいろいろあって、
そのいろいろが包括した日々を送ってきた。
それら諸々が、頭の中を縦横無尽していた。空白の間に。
思い出すように、機械音が入り込む。アクセスしている。繋がるだろうか。
テレホーダイ接続時の重い重いプロバイダーのように、繋がらないだろうか。
・・・何に。誰に?
繋ぎたいと思う人。繋がって欲しいと願う人。繋がりたいと思うことが無ければ、
一生相通じない、出逢うことなく過ぎ去ってゆく人達、物達。アクセスしなくちゃ、
何も始まらない。思わなければ、アクセスするという行動にも至らない。
逆転すれば、アクセスしようという気持ちさえ起こせば、その先には数千、数万のホームページが横たわっていて、
画面の向こう側には数千万・数億の人間と繋がっている、ということ。
そういうこと、なのかもしれない。ROCKET DIVEで歌われた歌詞の意味。
そういうことなのかもしれない。58分28秒までの空白の時間の中に、答えはあるのかもしれない。
I.N.A.は、5/2を忘れないようにと58分28秒という時間を設定したと言っていた。
58分28秒までの長い静寂の時間、思い起こす諸々のことが空白を埋めてゆく。
一つ一つ塗りつぶしながら、そして新しい音を生み出してゆく。
その音が、頭の中で鮮やかに鳴り始める。そんな錯覚を私は覚えた。
きっと、空白を埋める何かは、1人1人多種多様のものだと思う。一つのある定義などつけられない。
また、彼はそういう人だったのだから。あらゆるカテゴリーにはまらない、
はめられない、限りなく自由な人だったのだから。枠を壊す、壁を乗り越える、
そうではなく、初めから境界線など存在しない人だったから。
だけど根本的なことは変わらない。Ja,Zooに携わった人達、触れた人達、
すべての人々に共通する、最終的な結論。行く先。hideが好きなんだってこと。
音楽が、Rockが大好きで仕方が無いってこと。アルバムを聴いて最後に残るもの、
辿り着くもの。イコール、最初の気持ち。・・・好きということ。
バトンを渡された、そう誰かが言ってたけど、彼はこのアルバムで、
確実に無限の可能性と自由を提示し、残していった。そして空の上で「さあどーすんだ」と見ている。
今も。これからも。5分ごとに繰り返されるアクセスの度に。
繋がっている?確かめながら、向き合っている。「繋がりたい。」最初の気持ち。
それさえあれば、もっと世界は広がるはずだと信じて。
Ja,Zoo完成のために尽力してくれたSpread Beaver始めとする関係者の方々、
そしてhideちゃん。素晴らしいものを聴かせてくれて有り難う。
心からの、感謝を込めて。有り難う。