「シックス・センス」の謎に迫る

ひさびさに好みの映画(怖い部分を除き)を見たので、特集組んでみました。ディテールの細かい映画
は大好きなのです(^^)。

ネタバレ感想

「秘密」のある映画だということは聞いていましたが、よもやこんな結末とは(^^)。最後の最後まで、
まさかマルコムが死者だったとは全く気付きませんでした。っていうか、エンディングロールが始まっ
ても、「え、なになに?」って感じで、エンディングロールが全部終わった頃にやっと理解したありさ
までした。お恥ずかしい(^^;)
物語の大半はいたって静かな展開で、「こんなんでなんでリピートする人が多いんだろ」と思っていま
したが、途中で疑問だったことがラストの数分で、まるでジグソーパズルをはめていくように解決して
行く様は快感を覚えるほどでした。この辺の脚本・演出は「ユージュアル・サスペクツ」に勝るとも劣
りませんね。
第六感という、「成仏しきれない死者」を扱った日本人にも馴染み深いホラーな映画。でもそこに描か
れているのは親子愛、そして夫婦愛。俳優の素晴らしい演技ともあいまって、感動的な作品に仕上がっ
ています。
1回目と2回目では違う見方で楽しめるこの映画。複数回見てこそ、の映画でしょう。

「シックス・センス」を解析する

その1:基本法則

死者に関する法則は以下のとおり(コールが「秘密」を告白するシーンで明らかになる)。

法則1.死者は、自分が死んでいると思っていない。
法則2.死者は、自分が見たいものは見える。
法則3.死者は、お互いには見えない。

その2:追加法則(作品を通して私が考えたその他の法則)

法則4.死者は、「死んだときの姿」で常に現れる。
      毒殺された女の子、自転車で交通事故にあった女性は明らかに死んだときの服装をしてる。
      マルコムも常にヴィンセントに撃たれたときに着ていた青いシャツを着ている。
法則5.死者は、現世のものに触れたり、動かしたりすることができる。
      コールの母親のなくなったアクセサリや、毒殺された女の子のビデオテープで明らか。

その3:疑問点の解析

私が思った疑問、いろいろなHPやMLで話題になった疑問を解析してみます。異論・反論・質問は、
秘密保持のためメールでお願いします。メールいただければその内容はこのコラムに随時アップしてい
きます。

Q1.コールはいつマルコムが死者であるとわかったのか?

    マルコムが死んだ翌年の秋、マルコムがコールを待ち受けているシーン。家から出てきたコー
    ルは、この瞬間にマルコムが死者であることを理解していたと思われる。その理由は、小走り
    に(逃げるように)教会に駆け込んだこと。教会が「聖地」であることはその直後のマルコム
    の発言からも明らかであり、そしてコールはマルコムに会う前に、教会の椅子に隠れてお祈り
    の言葉をつぶやいていた。
    この時にコールがマルコムが死者であることを気付いていなかったとすると、作品中でコール
    がマルコムを死者だと気付くシーンは描かれていない。背理法で考えても最初からわかってい
    たと考えるのが妥当。
    しかし、この場合ひとつ疑問が。コールが死者を死者だとわかるのは、寒気がする、死者は殺
    されたときの傷が生々しく残っている、などの状況判断から。後に手首に傷をもつ中年女性を
    母親と間違えるくらいのコールが、傷跡がまったくわからない温厚なマルコムを見たときにす
    ぐに死者だとわかったのはなぜだろうか?

Q2.マルコムは死んでから1年間、何をしていたのか?行われたと思われるマルコムの葬式を見て、
   なぜ自分は死んだということを理解しなかったのか。

    まず、法則2によると、死者は「見たいものだけ」見えることになっている。マルコムが見た
    いもの、それは自分が治せなかった「病気」をもつ患者・コールと、愛する妻だけ。なので、
    自分の葬式など全く眼中がない、したがって見ることができなかったと考えるべき。基本的に
    この作品中で定義される死者は「自分の興味(執着しているもの)」に関する場面にしか現れ
    ないので、マルコムはコールに会うことだけに執着していた。これはラストの妻への言葉から
    も明らか。したがって葬式が行われていることなど知る由もない。
    マルコムが最初にコールに会ったときに、「君とは前にも会う予定があった」と言っているよ
    うに、1年間の間にも何度かコールと話をする場面をつくろうと、コールを待ち伏せしていた
    のかもしれない。そしてやっと話をする機会を作ったのが1年後の秋だと考えられないだろう
    か。

Q3.コールの体の傷は誰によってつけられたか?

    コールの体には、冒頭のシーンでの手首の傷と、友達の誕生パーティで小部屋に閉じ込められ
    たときについた背中のひっかき傷がある。これは、死者によってつけられたものと考えるのが
    妥当であろう。まず、手首の傷は、その後中年女性によってつけられたもの。彼女の手首に同
    様の傷がある。さらに、彼女は何度もコールの前に現れていると考えられることができる。彼
    女は台所に出現する幽霊であるが、作品の前半でコールが登校前に食事をしている際、戸棚の
    扉と引き出しが全て開け放たれているシーンがある。これはこの中年女性によって行われたも
    のであると考えるべきだろう。なぜならコールはこの間じっとテーブルに手をついていた(そ
    れも恐怖しながら)ことが描かれているから。おそらくこの中年女性の霊とは何度も合ってい
    て、逃げ切れずにつかまったときについた傷であると考えられる。
    また、背中の引っかき傷は閉じ込められたときに、そこの幽閉されていた男と二人きりになり、
    傷つけられたものだろう。コールの異常なまでの叫び声などから、あの場面では幽霊と一緒だ
    ったことは明らか。
    ちなみに、死者が生きている者に触れられることは、毒殺された女の子がコールの足をひっぱ
    ったことなどから明らかである。

Q4.テープに録音されていたスペイン語は?

    ヴィンセントとのカウンセリング中に録音されていたスペイン語での「死にたくない」という
    声は、幽霊の声。心霊写真と同じようなもので、ヴィンセントがそのときコンタクトしていた
    幽霊の声が録音されていたものと考えられる。このような事象は、超常現象としてはポピュラ
    ーな部類に入る。その証拠として、この声の前に録音されているヴィンセントの声とは明らか
    に声色が異なることがあげられる。
    ちなみに、心霊写真といえばコールの写真に写っている光のようなものは心霊写真であると考
    えるべきだろう。要するに、小さい頃から周りには死者がいっぱいいたっていうこと。

Q5.いつも鍵がかかっている地下室へのドアの謎。

    ワインセラーのある地下室へと通じる、赤いドアノブのドア。マルコムはあけようと思っても
    いつも鍵がかかっている。これは何?
    マルコムがここでラテン語の調べものをしたり、テープレコーダーを聞いたりしていることか
    らわかるように、ここはワインセラー兼マルコムの書斎。マルコムの死後、妻はマルコムを忘
    れるためにここに鍵を閉めたのではないだろうか。
    マルコムは、入ろうと思ってもいつもカギが閉まっている。訝しがりながらも仕方なく鍵を開
    けて入る。妻は翌朝あいている鍵を不思議に思いながらもまた閉める、その繰り返し。最後に
    は本棚でふさがれてしまった。妻としては自分の閉めたドアが毎日開いていたら気味悪く思う
    のも当然だろう。

Q6.宝石店での指輪のエピソードの意味は?

    マルコムの妻が経営する宝石店で、サファイヤリングを見ながらのカップルとの会話。この会
    話って映画にどう関連するのだろう?
    このエピソードは、「物には人間の思いがこもっている」ということを表現したものと理解し
    ている。その物に執着して成仏できない霊がいるように、物にはかならず人間の思いがこもっ
    ているというこの作品の本質を間接的に表現したもの。「指輪」というキーワードはラストに
    重要な役割を果たす。
    ラストで落ちた指輪はマルコムのもの。マルコムは自分の手に結婚指輪がはめられていないこ
    とに気付き、自分が死者であることを悟る。そしてこの指輪には、妻のマルコムに対する愛が
    込められているのである。この指輪が落ちたこと、それはマルコムとの別れ。
    ただし、この場面での疑問を挙げるなら、マルコムは死んだときには結婚指輪をしていたはず。
    つまり、死者から指輪をはずすのは、まあ葬式や火葬などの時のはずで、よっぽどのことがな
    い限り撃たれたときには結婚指輪をしていたと考えるのが妥当。法則4から考えるとマルコム
    は死んだときに姿で現れるはずだから指輪も常にしているべきである。

Q7.毒殺された少女のビデオテープ。これって偶然?それとも盗撮?

    これは、どちらにしても疑問が残る。
      まず、偶然撮影されたものだと考える場合。この女の子は寝てばかりであまりに暇で、人形劇
    でもビデオに撮ろうと思っていた。撮影中に母親の声。起きていることがわかると怒られるの
    であろう、人形劇のセットだけはかたづけたがビデオテープまでは止める余裕がなかった。そ
    こへ現れた母親、ビデオが回っているとはしらずに証拠となるシーンを撮られてしまう。
    しかしこの推理には致命的な欠点がある。それは、女の子が成仏できない理由。もしも偶然で
    あったならば、女の子は自分が母親の床洗剤によって殺されてしまったことを知らないはず。
    死因が病気かなにかだと思って死んでいくはず。だったら、成仏しきれずにビデオテープをコ
    −ルに託す理由がみつからない。この行動は、明らかに「テープを父親に渡してくれ」という
    もの。つまり、死んだときには自分が母親に毒殺されていることをしっていたことになるので
    ある。
    一方、ビデオが女の子による盗撮で、母親が洗剤を入れている決定的証拠を録画しようとして
    のことだったら、彼女はなぜ何らかの方法で父親に助けを求められなかったのだろう。父親は
    葬式のシーンを見る限りは普通の人間(少なくとも母親よりは)なのに。
    また、盗撮であるならば、なぜ人形劇を録画する必要があったのだろうか?これは必然性のな
    い事柄である。

    MOTさんの見解 (1999.11.24)
    
私は、このビデオは偶然撮影されたものだと思います。彼女は自分の人形劇をビデオに撮って
    いて、母親が部屋に近づいてきたのを察知し、あわててベッドに戻ります。そして、そのまま
    まわり続けていたビデオに母親の犯行が偶然撮影されます。多分、少女は死ぬ前にこの犯行を
    知ってしまったのでしょう。ところが、これを父親に伝える前に死んでしまい(※)、この怨念
    がコールへの接触につながったのだと考えられます。

    (※)少々理屈っぽいですが、少女の幽霊の服装(パジャマ)を見る限り、彼女の部屋で寝たきり
    のまま死んでしまったことが想像できます。
    (管理人コメント:少女が成仏できないことを見る限り、少女が死ぬ前に母親が行っていたこ
    とを知っていたのは明らかです。作為的にビデオを撮影していたならば、父親に訴えることも
    できたでしょう。とすると、少女は瀕死の状態でビデオ撮影した人形劇を見ていて、そこで洗
    剤を入れられていたことに気付き、そのまま死んでしまったと考えるのが妥当でしょうか。ち
    ょっと強引ではありますが。)

Q8.毒殺された女の子、わざわざコールに頼まなくても自分で父親にテープを渡せばいいのに?

    基本的に幽霊は、自分が執着していることを解決するために自ら行動を起こし、決着をつける
    ことはできないことになっている。なぜなら、もしそれが可能ならば、数多くの幽霊がコール
    に会いに来る必要などないから。物語の中で、幽霊はコールに自分の希望をかなえてもらうた
    めに、コールに会いに来ている。「シックス・センス」の中ではコールは幽霊の悩み相談役。
    希望をかなえて成仏させることが彼の使命なのである。まさに織田無道状態。

Q9.自分が死んでいるとは思っていないなら、なぜ首をつられた3人はただ吊られているのか?

    法則4から、死者は死んだときの状態で現れることになっている。たしかに、首をつられた3
    人は死んだと思っていない(法則1)。しかし、首をつられ、後ろ手にしばられている状態な
    ので動きたくても動けないのである。したがって、しかたなく首を吊られているだけ。かれら
    はコールに相談することもできない、最も可愛そうなパターンの死者なのである。

Q10.コールが学校から帰って来ると椅子に座っているマルコム。彼はどうやって家に入ったのか?

    彼は基本的に幽霊であるため、ドアをノックして、コールの母親に挨拶をする必要などない。
    家の中にいたければ、そこに「現れる」ことができると考えることができよう。たとえば、毒
    殺された女の子についても、深夜に、それもパジャマのまま遠距離のコールの家まで歩いてき
    た(もしくはバスに乗ってきた)などとは考えられず、「コールに会う」という思いによりコ
    ールの部屋に「現れた」と解釈すべき。そもそも霊なので、物理的な移動などとは無縁なので
    ある。したがって、あの時マルコムはコールと話をするためにコールの家に現れた。それだけ
    の話なのである。
    さらに言えば、あの時向かい合っていた母親とは話などしている必要もない。彼が必要として
    いるのはコールなのであり、母親には全く無関心なのだから。(だから、彼には母親は見えて
    いなかったかもしれない)

    Yuukiさんの見解 (1999.11.14)
    マルコムには母親が見えているのではと思います。コールに「お母さんにも秘密があるね」と
    いう台詞を言っていたはずです。
    (管理人コメント:そうですね。母親に関するセリフがありました。)

Q11.死者はいつ現れ、いつ消えるのか?

    死んだ人全てが霊として残っているわけではない。執着するものがある人、成仏できない人だ
    けが幽霊となり、コールにその望みを託しにくるのである。
    霊として現れるタイミングは死んだときにすぐ。つまり、死んだ段階でなんらかの心残りがあ
    る人は必ず幽霊になってコールに会いに来ると考えるべき。これは自動車事故で死んだ女性の
    ケースで明らか、さらに毒殺された女の子も葬式の日の前日にはコールに会いに来ている。し
    たがって、現世との境目は連続的で、かつ死者は自分が死んでいるとう意識がないという状態
    なのである。
    ちなみに、死者は見たいものしか見えない(法則2)ため、自分の葬式など執着のないものは
    見えない。したがって自分が死んでいるとは思っていない。毒殺された女の子も自分の葬式が
    階下で行われているなどとは全く知らず、ただただコールが来るのを自分の部屋で待っていた
    のである。
    死者が消えるのは自分の願いがかなったとき。映画のラスト、マルコムのケースであきらか。
    そして、消える瞬間には自分が幽霊であることを理解し、そして消滅することもわかるらしい。
    ただし、望みがかなわない霊は永遠に存在しつづける。友人の誕生日パーティーで小部屋に閉
    じ込められていた霊は、かなり古い時代の霊のようだ。自分の濡れ衣を晴らすことだけに執着
    し、いまだに成仏できていない。彼は閉じ込められた状態で死んでしまっているので、自由に
    移動することができない(法則4)。こういうケースは最もかわいそうで、コールが出張して
    悩みを解決してあげないことには永遠に成仏できない。

Q12.毒殺された女の子の母親は、なぜ2人の娘を虐待していたのか? 

    りえこさんの見解 (1999.12.6)
    
これに関してはみなさんの意見もいろいろあったみたいですが、あのお母さんの病気のこと知
    ってますか?あるアメリカ人が教えてくれたのですが、あのお母さんは”Munchausen's Synd-
    rome by Proxy”っていう病気らしいです。家族の中の誰かが病気の時に得られる周囲からの
    注目・注意・同情みたいなものを欲しがる病気なのだそうです。恐いですね。日本語ではなん
    ていうんでしょう?調べてないですけど・・・
    それにしても、そんな病気恐いですね。だから妹も病気なんですよね。あー恐い。でも、この
    病気アメリカではポピュラーみたいです。
    (管理人コメント:おお、なんと医学的なコメント!ありがとうございます。これについて、
    ネットで調べてみました。)

    Munchausen's syndrome by proxy (Meadow, 1977)
    親が創出した虚偽の病歴および身体所見により,子が不適切かつ不必要な検査および治療を施
    され,結果として虐待されあるいは死に至る。
    例:子の鼻口部を窒息寸前まで押さえつけて,その上で病院に連れていく。入院すると症状が
    消失する。ヴィデオ撮影等により診断がなされる。

    ↑この例については、具体的にはこんなことがあったようです。(原文はこちら

    9 ヶ月の子供(MA, 仮名)がたびたび無呼吸状態になるという症状で病院に運ばれてきた。こ
    の無呼吸状態は生後 7 週間で始まり、その後しばしば続いているという。無呼吸状態になるた
    びに、母親は人口呼吸を行うという処置をしていた。
    病院側では原因を調査したが、肉体的な原因はわからず、MAの家に看護婦を派遣した。すると、
    看護婦の派遣により、子供が母親を拒絶する仕草が見られることが発覚、子供を入院させると
    ともに病院内に隠しカメラを設置して母親の挙動を監視した。
    入院から 6日後、母親が子供の顔を自分の胸に押し付けて窒息させ、意識を失わせる場面がカ
    メラに撮られた。MAはぐったりとし、心拍数が低下したという。この後、母親は子供をベッド
    に戻し、ナースコールをした後に人口呼吸をはじめたという。
    このビデオにより、母親は逮捕された。

    この病気は、幼児虐待の一種として認識されており、日本でもわずかなら症例が存在していま
    す。「他人から同情される」ことで他人の意識を引きたい、という意識から子供を虐待してし
    まうようです。一般的には子供を虐待するようですが、自分自身を痛めつけて(病気にして)
    まわりから注目を集めるという症状もあるようです。

    「最近どお?」
    「めちゃめちゃ忙しいよ!昨日なんか徹夜勤務でさぁ・・・」

    なんていう人は、この症候群の一歩手前かもしれませんよぉ。

    Munchausen's syndrome by proxyについては、こちらに症例が載ってます(英語)。

それでもまだ疑問なこと。

Q1.コールはなぜ学校で教師に向って叫びだしたのか?

    「学校ができる前、この場所は何だったか?」という質問に対し、「絞首刑場」と挙手して答
    えるコール。彼はその後なぜ強気な発言や教師に対し罵声を浴びせたのだろうか?この場に幽
    霊がいて、コールに何かを言わせたのだろうか?しかしこの場面では幽霊はおろか、おびえる
    コールの様子もなかったし、必要以上に寒気を感じている描写もなかった。ただたんに「ばけ
    もの!」とコールが学校で呼ばれている様子を描写したかっただけなのだろうか?
    また、この教師はおそらく普段からコールのことを厄介物扱いしているのだろうが、結局は学
    芸会でコールを主役に抜擢している。これは物語上なんらかの関係があるのだろうか?

    Yuukiさんの見解 (1999.11.14)
    これはコールの祖母の霊が母親の秘密についてささやいたように学校にいた霊がコールに囁い
    たのだと思います。あの教師は普段は全くどもりなどないようでしたので、それを見抜くのは
    特別な力をもった霊だと考えます。いつも変な目で見る教師にコールが憎悪を抱いていたため、
    ある霊がそっと背中を押す程度の誘惑であの罵倒を繰り返し叫んだのだと思います。そしてこ
    の教師は自分の秘密を見抜いたコールに心底恐怖し、ごますりで主役に抜擢したのだろうと思
    います。その後の展開は教師とコールの和解になるのですが、この秘密を共有することによる
    はそのままコールと母親の関係にもつながるのではないでしょうか。
    (管理人コメント:なるほど。説得力ある見解です。おっしゃるとおりですね。)

    管理人コメント(1999.12.14) NEW!!
    
なんと、この疑問に対する答えは小説版シックス・センスにあるようです。映画のラスト近く、
    学芸会の控え室でコールが話していた女性の霊は、実はカニンガム先生(「どもり教師!」と
    言われた男の先生)の「先生」だそうです。この女性の霊は昔のカニンガムのことをよく知っ
    ていて、昔「どもり教師」とあだ名で呼ばれていたことも知っていたそうです。
    コールが教室で叫び出したのは、彼女がささやいたんですね。知らないはずのコールが自分の
    昔の恥ずかしいあだ名を叫んだものだから、異常なまでに怒り狂ったのでしょう。
    (りでぃあさんのコメント【べるえぽっく「シックス・センス掲示板」】より)

Q2.なぜコールは「そんな目」でみられることを異常にいやがるのか?

    コールは見下すような目でみられることを異常に嫌がるそぶりを見せている。マルコムに対し
    て1度、そして学校の先生に対しても1度。自分の事を疑い、変な目で見ることを嫌がってい
    るだけなのか、それとも霊的な何かが関係しているのだろうか?

Q3.ヴィンセントが裸だったことには意味があるのか?

    精神的苦痛に耐え切れずにマルコムに訴えにきたヴィンセント。結局彼はマルコムを射殺し、
    自分も自殺してしまうが、なぜ彼は裸だったのだろうか?周りに衣服がおいてあったような気
    がするので、おそらく進入してきたときには服は着ていたようだ。
    場所が風呂場だったが、「風呂に入ってからマルコムに文句を言おう」的な悠長な状態ではな
    さそうで、彼がなぜ衣服を脱いだかは全くの疑問。単純に、精神的異常を期待していたという
    ことなのだろうか?

    けんさんの見解 (1999.11.14)
    ヴィンセントはコール少年と同じように、幽霊につけられた傷が体に無数にあったらしいので
    す。それを、マルコムに見せつけて、こんなに苦しんでるんだぞ。って言いたかったんだと思
    います。
    (管理人コメント:ヴィンセントの背中には傷があったですか。気付きませんでした)

    西平さんの見解 (1999.11.17)
    
彼が裸だったのは、彼の身体にある霊傷をマルコムにみせたかったのではないでしょうか。実
    際彼の背中に傷がありましたしマルコムが救ってくれなかったからこんな身体なったんだと彼
    はいいたかったのかも。霊傷については、コール少年が階段の上の物置みたいなとこに閉じこ
    めろれたあと身体に傷があったというシーンがありましたし。
    (
管理人コメント:霊は第六感をもつ人間だけには触ったり傷つけたりできるわけですよね。
    もう1回見たときに、ヴィンセントの体の傷は確認してみましょう。)

細かいつっこみ

1.マルコムの服装

    法則4からわかるように、マルコムも常に青いシャツを着て行動している。時にはジャケット
    やコートをはおっていることもあるが、そのときでも青いシャツ。さすが、細かいところに気
    を配ってますな。と思ったら、1ヶ所だけ青いシャツを着ていないシーンが。コールが彼の秘
    密をマルコムに打ち明けるシーン。このとき、マルコムはトレーナーを着ており、青シャツは
    来ていません。監督、ここだけは見逃しましたな。

    西平さんの見解 (1999.11.17) 
    
彼の服装については わたしもよくわかんないけど彼が地下室で仕事をしていて宝石鑑定人が
    奥さんをアーミッシュの市に行こうと誘うシーンがありましたよね。あのとき彼はたしか青い
    トレーナーかなんか着ていました。いかにも自分のうちでくつろいでいるみたいな感じで。だ
    から服装については見たいものだけ見える彼らにとってはどうでもいいことなのかも。着たい
    ものを着たいときに着るって感じなのかもしれませんね。

    (管理人コメント:あのシーンでもトレーナー着てましたか。でも、死んだときの服装を着て
    るというルールが成立しないと、ラストでマルコムが自分の存在に気付くということが偶然だ
    ということになってしまいますよね。それだとラストに対しての衝撃が少ないと思います。そ
    の辺りの設定は監督の言葉を聞きたいですね。)

    MOTさんの見解(1999.11.24)
    マルコムは、作品中2度ほどトレーナーを着ています。これは確かに、「死者は死んだときの
    服装をしている」という法則に反するように見えます。しかしながら、彼の行動からも明らか
    なように、彼(つまり死者)は多少の服装換えはできるようなので(※)、あのトレーナーは「血
    染めのワイシャツ」の上に羽織っていたのだと思われます。ちなみに、トレーナーの襟首の部
    分からはみ出していたシャツは白系の色で、例のワイシャツっぽいのですが、はっきりとした
    ことは微妙に分からないです。

    (※)彼は何度か、「血染めのワイシャツ、ネクタイなし」っていう格好もしていますよ。あと
    もちろん、コートやチョッキ(?)を着たり脱いだりしていますし…
    (
管理人コメント:多少の服装換えはできるようですね。コートなんかも羽織ってるし。でも、
    さすがに本編でワイシャツに弾丸の穴や血を発見することはできませんでした。トレーナーの
    下に着ている服は、私の記憶では水色でなかったと思います。)

2.死者の「影」

    これをやっていたらすごかったのに、と思ったのは死者、特にマルコムの「影」の処理。死者
    なので影が映るわけがなく、これじゃあ普通の人(第六感を持っていない人)は影だけ動いて
    いるのを見ることになる。これはあまりに不自然。もし影が描かれていなくても、初めて見る
    人はそんなとこ気付かないだろうし、また2回目に見たときには「細かい!」と感心したんだ
    ろうに。ここに関してはちょっと残念。

    Yuukiさんの見解 (1999.11.14)
    
死者の「影」ですが、これはやはり見えていなければならないと思います。一つは観客を騙す
    ため(僕はネタバレを知っていたのでまず、影があるか確かめました。)、もう一つは幽霊自
    身が自分が死人であることを知ってはいけないという点です。どんなに鈍くても自分の影がな
    ければ異常だと気付くに違いありません。
    (管理人コメント:霊は自分の見たいものだけをみることができるくらいのものですから、影
    があるかないか、なんていうことは眼中にないのではないでしょうか?そういう意味では、影
    を消していても説明はつくものと思います。
    影がないと観客が「秘密」に気付いてしまうかもしれませんが、私も注意して見ていましたが
    影が出てくるシーンはほんのわずかです。よほど疑心暗鬼な観客ぐらいしか気付かないでしょ
    うし、逆に気付いていてもラストの秘密を知ったあとだったら「細かいなぁ!」と感心すると
    思うのですが・・・)

    多美子さんの見解(1999.11.24)
    この映画では、カメラの視点が3つあります。
    1.マルコム(死者)の目から見たもの。
    2.コール(霊感者)の目から見たもの。
    3.第三者(無霊感者)の目から見たもの。
    「死者は自分が死んでいるとは思っていない」「死者は自分の見たいものだけ見える」「他の
    死者は見えない」ということから、1の場合、マルコムは自分に影があって当たり前だと思っ
    ており、そのように見えます。
    3の場合は、影どころか死者の姿すら見えません。これは映画の中でいうと、学校の授業中の
    シーンです。コール君が先生のことを「どもりのくせに」と言い返しているシーンです。あそ
    こは、絞首刑場であった頃の幽霊ではなくて、過去の学校関係者(それもおそらく先生の子供
    の頃を知っている人、昔、先生の先生のだった人とか)がコール君の横にいて囁いているはず
    です。
    2は細かいことをいうといろいろあるのですが、ま、省きます。この映画で語るシーンで言え
    ば、コール君には死者が死んだ原因時点での姿で見えています。ということは、時制としては
    生きている時点(まさに死んだ瞬間の時点)に遡るわけですから、そこには生者もしくは死体
    という実体に付いている影がありますから、コール君が見る死者の姿に影も付いて見えていい
    はずです。
    (
管理人コメント:なるほど・・・納得です。死者が見えている、という時点で影があっても
    いいわけですね。つまり、その「影」は第三者には見えてないと。その通りですね。コメント
    ありがとうございます。)

この他にも疑問点などありましたらメールください。「主観的に」解析してみましょう。