
日本フィル 第548回定期演奏会 2003年3月14日(金)
久しぶりの日本フィル。そしてサントリーホールも久しぶりだなあ、と思っ て日記をチェックしたら去年6月以来でした。
プログラムの前半は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番(1890〜1891)。 有名な第2番(1901年)、第3番(1907年)よりも番号は若いのですが、1917年 に大幅に改訂されているので、必ずしも初期の作品とはいえないようです。 ソリストの小川典子さんの演奏には何の不満もないのですが、聴いてみた印 象は、なるほど いかにもラフマニノフと思える響きがあちこちあるのです が、若書きの元ネタのせいなのか 今一つ盛り上がりに欠けたように思いま す。 休憩をはさんで、ショスタコーヴィチの交響曲第11番<1905年>。 第2番<十月革命に捧げる>、第3番<5月1日(メーデー)>、第7番 <レニングラード>、第12番<1917年>などと同様、作曲の経緯からしても 標題からしても、ショスタコーヴィチが生きてきた20世紀という時代背景抜 きには語れない曲です。第7番や先週聴いた(3月7日、新日本フィル)第 12番などは、それでも「勝利した戦争」や「成功した革命」を描いているせ いか、前向きな推進力が感じられるのですが、第11番は表向きは1905年の 「血の日曜日事件」(実は1956年のハンガリー動乱という説もあるらしい) を描いているせいか、エネルギーが内に籠もるというのか、なかなか厳しい 音楽でした。特に曲のあちこちに見られる弦の最弱奏(聴こえるか聴こえな いかというくらいの)が作り出す緊張感は、独特の凄みを感じさせます。 指揮のラザレフさんは、指揮台から落っこちるんじゃないかとヒヤヒヤする ほど大きな身振りでオケをリード。第3楽章、ヴィオラとチェロが静かに葬 送曲風のメロディを奏でるところでは、体をほとんど客席のほうに向けて指 揮してたのが印象的。 日本フィルの演奏は、何度かコケたトランペットは ミスが目立つ楽器だけ に ちと残念でしたが、全体としては日本フィルもラザレフさんの指揮に よく応えていたと思います。

