|
■管弦楽曲
|
|
弦楽のためのレクイエム[1957]
・岩城 宏之指揮、オーケストラ・アンサンブル金沢
(グラモフォン POCG-10053
\2,718)
・小沢
征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ
(フィリップス PHCP-1493
\2,427)
・小沢 征爾指揮、トロント交響楽団
(RCA BVCC-9383 \1,845)
・シンクレア指揮、パシフィック交響楽団
(Sony Classical SK63044
♪♪♪)
|

小沢 征爾/
トロント交響楽団盤
|
★強いていえば、この作品は単一主題による自由な三部形式で、速度の配置は、
Lent-Modere-Lent と
なっています。しかし、これらの速度の境界はきわめて曖昧なもので、主題は波紋のように拡がるゆるやかな
振幅の内部に存り、たちあらわれる痙攣的な形態、あるいは Tempo
Modere は水泡のように突然あらわれて、
たえずゆるやかな振幅に合流しようとします。ですから指定された速度は、(四分音符≒66)に終始する一種の
変奏曲といったほうが正確でしょう。
この作品では、「拍」に対する観念が西欧のそれとはまったく異なっています。言うなれば、One
by One の
リズムの上に曲は構成されています。はじめもおわりもさだかでない、人間とこの世界をつらぬいている音の
河の流れの或る部分を、偶然にとり出したものだといったら、この作品の性格を端的にあかしたことになります。
僕は、この「レクイエム」という題を、「メディテーション」としてもよかったのです。瞑想という言葉が神への
排他的な専心を意味するように、一物に専念したい僕の気持ちが、この題を択んだのです。ですから特定の
人の死を悼んでこの曲を書いたのではありません。しかし、僕はこの曲を書きながら、しばしば早坂文雄氏を
憶い、その死を悼みました。
◆
武満徹の早すぎる死が伝えられてから、日本のみならず世界中で彼の死を悼むコンサートが開かれましたが、
オーケストラによる追悼演奏会では、おそらく全ての演奏会でこの曲が演奏されたのではないかと思います。
1996年9月2日、金沢市観光会館で開かれたオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)定期公演の冒頭、この曲
が演奏されました。実は、武満徹は1996年のOEKのコンポーザー・イン・レジデンスとして新作を作曲し、
その曲がこの演奏会で世界初演されるはずでした。しかし、彼を襲った病魔により叶わぬこととなりました。
病床で彼が書いたノートには様々な新作のメモがあり、彼自身、自分があのように急逝するとは思ってもいな
かったようです。
武満徹のプログラム・ノートによると、この曲は特定の人の死を悼んで作曲した訳ではないようですが、
それから40年後、彼自身の死を悼む曲として世界中で演奏されたのです。曲は厳しい響きに包まれ、聴く者の
心を揺さぶります。
|
|
鳥は星形の庭に降りる[1975]
・岩城 宏之指揮、メルボルン交響楽団
(RCA BVCC-634 \2,718)
・小沢 征爾指揮、ボストン交響楽団
(グラモフォン POCG-3356
\2,136)
・外山 雄三指揮、東京都交響楽団
(DENON COCO-80783 \2,913)
・尾高 忠明指揮、BBCウェールズ交響楽団
(BIS BIS-CD-760
♪♪♪)
|

外山 雄三/
東京都交響楽団盤
|
★この作品は、私がある時見た夢に由来している。その夢は、マルセル・デュシャンが、髪を星形に剃った
一葉の写真(マン・レイ撮影のものか?)と深い関わりをもっている。
ラルフ・ドーフマン博士夫妻の委嘱により、サンフランシスコ交響楽団のために作曲された。そのために、
原題は次のような英語によっている。“A Flock Descends into
the Pentagonal Garden”は直訳すれば、
“鳥の群れは五角型の庭へ降りる”ということになる。
曲は、「5」という数を構造の基礎としている。ことに、それは音程関係において顕著である。
曲の基本となる音列は、F#を中心とする Pentatonic
Scale(五音音階)から導かれた5種の旋法と、その
各々にスーパーインポーズされる、音程関係を固定した5種の
Pentatonic Scale から成っている。
曲は、オーボエによって奏される主動機(鳥の群れ)が、弦楽器を主体としる和声的な音場
(Pentagonal Garden)へ降下する態を描いている。
◆
私がはじめて聴いた「ゲンダイオンガク」がこの曲でした(井上道義指揮、京都市交響楽団の演奏会)。
それまでは、現代音楽というと「訳の判らない不協和音が響く、とんでもない代物」という先入観がありましたが、
井上さんの演奏はそんな先入観を一掃してくれました。
武満徹を、そして現代音楽を聴くきっかけとなった思い出深い1曲です。
|
|
ノスタルジア〜アンドレイ・タルコフスキーの追憶に[1987]
・M.ダウス(ヴァイオリン) 岩城 宏之指揮、メルボルン
交響楽団(RCA BVCC-634 \2,718)
・堀 正文(ヴァイオリン) 岩城 宏之指揮、オーケストラ・
アンサンブル金沢(グラモフォン
POCG-10053 \2,718)
|

岩城 宏之/
アンサンブル金沢盤
|
★この作品の、《ノスタルジア》Nostalghiaというイタリア語のタイトルは、1986年末、亡命先のパリで急逝した、
ソヴィエトの映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの作品名に拠っている。そして、この曲は、タルコフスキーの
追憶として作曲された。
短い序奏に続いて、独奏ヴァイオリンによって提示される、単純で沈痛な旋律が、全曲を支配している。時に
細分化された弦楽オーケストラが、タルコフスキーの(映画の)特徴的なイメージである、水や霧の感覚を表す
が、全体は、緩やかで哀歌的な気分につつまれている。
|
|
秋庭歌一具[1979]
・東京楽所(VICTOR
VICC-23015 \2,233)
|

東京楽所盤
|
国立劇場の委嘱により作られた、雅楽の管弦合奏のための作品。
篳篥、龍笛、笙などが用いられるのですが、そこから生まれるのは紛れもなく武満トーン。
篳篥(ひちりき)をオーボエ、龍笛をフルート、笙(しょう)をオルガンか弦のトレモロに置き換えても、きっと
武満さんの音が鳴るような気がします。
|
|
■室内楽曲・器楽曲
|
|
ギターのための12のうた[1977]
ロンドンデリーの歌、オーバー・ザ・レインボー、サマータイム、
早春賦、失われた恋、星の世界、シークレット・ラヴ、
ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア、ミッシェル、ヘイ・ジュード、
イエスタデイ、インターナショナル
・福田 進一(ギター)(DENON COCO-80447 \2,913)
|

福田 進一盤
|
★ギターは音色変化に富んだ美しい楽器です。”小さなオーケストラ”とさえ言われるほどですが、機能の点
でかなり不自由な面をもっています。しかし、そのために反ってこの楽器は作曲者(あるいは編曲者)に、
特殊な愛着と好奇心を喚ぶ(よぶ)のでしょう。
私はギターという楽器が好きです。そして、自分のよろこびのためにこの”12の歌”を編曲したのですが、
だがそればかりではなかった。率直に言って、私は、現在のギター音楽のレパートリーの狭さに疑問を感じもし、
また不満があります。クラシック・ギター(特に日本で)の世界が、”今日”との触れあいを失った閉ざされた状況に
あるのは、限られたレパートリーを洗練された技巧で上手に演奏するだけの趣味に陥ったからだろうと思います。
音楽は個人の好みや趣味から、また慰めから出発するものでしょう。でも、その地点に停まるものであれば、
音楽は決して生きたものとはなりえません。
私は大それた野心を抱いてこの編曲を試みたわけではありませんが、ギタリストたちの固定した風景に
もうひとつの窓から別の風景を開きたいと考えたのです。
”12の歌”はそれぞれに高度な演奏技巧を必要としますが、それはまず何よりも柔軟な精神へのエチュードなの
です。
◆
上に引用した武満さんの編曲ノートが全てを語っているので、付け加えることはありません。
早春賦からイエスタデイまで、世界のどこかで愛唱されている「うた」の数々が、武満さんの巧みな編曲によって
素敵なギター曲集になりました。
|
|
■声楽曲
|
|
混声合唱のための<うた>
さくら、小さな空、うたうだけ、小さな部屋で、恋のかくれんぼ、
見えないこども、島へ、死んだ男の残したものは、○と△のうた、
さようなら、翼
・関屋 晋指揮、晋友会合唱団
(フィリップス PHCP-20251
\1,942)
|

晋友会合唱団盤
|
武満が残した作品のなかで、親しみやすいジャンルのひとつが「歌」です。
なかでも、混声合唱のための<うた>は、素朴で優しいメロディ、そして混声合唱による絶妙のハーモニーが
心に響く作品集です。「小さな空」「翼」など、ぜひ聴いてみてください。
|
|
翼〜武満徹ポップ・ソングズ
小さな空、島へ、うたうだけ、明日ハ晴レカナ曇リカナ、
三月のうた、翼、めぐり逢い、死んだ男の残したものは、
うたうだけ、○と△のうた、恋のかくれんぼ、
ワルツ「他人の顔」より、雪、見えないこども
・石川セリ(Vo)
(DENON COCY-78624 \2,913)
|

SERI 武満ポップ・ソングス
|
武満徹は、自作の歌を石川セリにうたってもらい、何か楽しいアルバムを作ってみたいという夢を持っていた
ようですが、それが「武満徹ポップ・ソングス」という形で実現することになりました。
「現代音楽の作曲家が、なぜポップ・ソングのアルバムを?」という疑問に、武満自身がCDのライナーノートに
コメントを寄せています。
★「翼」といううたにも書いたように、私にとってこうした営為(いとなみ)は、「自由」への査証を得るための
もので、精神を固く閉ざされたものにせず、いつも柔軟で開かれたものにしておきたいという希い(ねがい)に
他ならない。
編曲担当の服部隆之、コシ・ミハル、佐藤允彦、羽田健太郎が、それぞれ腕を振るって調理した武満の「うた」は、
合唱版と比較したら びっくりするほど印象が違っていて、どこから見てもポップ・ソングになっていました。
石川セリのヴォーカルも素敵です。
|
|
MI・YO・TA SERI
MI・YO・TA、燃える秋
・石川セリ(Vo)
(DENON COCY-80459 \1,456)
|

MI・YO・TA SERI
|
「武満ポップ・ソングス」が発売された翌年、武満徹は世を去ります。
武満の葬儀のとき黛敏郎が何度もうたったメロディ、それは黛のもとで映画音楽のアシスタントをしていた時
に武満が書いた短い曲で、黛の記憶の中に長年しまわれていたものでした。その曲に谷川俊太郎が歌詞を
つけたのが「MI・YO・TA」です。編曲はコシ・ミハル、歌うのはもちろん石川セリ。
武満に私淑していた演奏家たちの伴奏にのって、美しくも悲しいメロディが何度も繰り返されます。
このCD制作に関わったすべての人たちの「武満に対する思い」がひしひしと伝わってきます。
|