2000年クリスマス記念「赤い夜」

(12/24)








十三歳の世果は、自分の誕生日が怖かった。
十二月二十五日が怖かった。



いや、怖がっているのは彼女だけではなかった。
境界村に住まう人々全てが、その日を恐れていた。



異国の聖人の誕生日とされてもいる、実はさらに古々しき神の祭日、クリスマス。
赤い服を着た殺人鬼が、死を配り歩く日。



村人達は、なるべく大勢で寄り集まって、眠らずに二十四日から続く夜を過ごす。
それでも毎年少なくとも一人は殺された。

ある者は用を足しにいったときに。
ある者は眠りながら夜の闇にさまよい出て。
ある者は村から逃げ出した明るい都会の明るい片隅で。
またある者は、衆人環視のなかで・・・






















「毛唐の祭りなんぞ関係ない!大和男子は修行に励め!」
「はい!」



境界村にすむ中学生の子供達は皆、分校が数年前に廃止されて後
隣の鉄道の駅がある町の学校まで通っていた。



世果はさらにその町の、武道の道場にも通っていた。



その道場主の牢間老人は、明治時代から生きている、まさに頑固一徹の武人である。
いまなお壮健な肉体を保ち武術の腕も確かだが、やや情緒の面で異常が感じられる彼は、
数人しかいない弟子一同にクリスマスイブの日も稽古を課していた。



もちろん、クリスマスの日も課すつもりである。







せりゃ!うりゃぁ!きぇい・・・!











世果が稽古を終わって、弟子達の中で一番遅く
道場を出たときは、すでに日は落ちて暗かった。





家路につこうとした世果は、血臭を嗅いだ。



まさか、この時間に、こんな所で!



世果は思わず身構える。
先刻師匠から借り出した革袋の中身に手をかける。

現れる人影。
長身で、逞しい。
隙のない身のこなし。

しかしそれは、「敵」ではなかった。
街灯に照らし出されたのは、知った顔だった。
道場の兄弟子である。

浅黒く精悍な顔立ち。
若くして師範代を任される腕。
歳は、世果の十五歳上。
そんな彼は言った。



「あの・・・なんだ・・・今日は予定とかなにか・・・あるかな。もしよかったら・・・」



彼は、ライバル達を文字通り打ち負かして、世果に交際を申し込んだのだった。














彼やその兄弟弟子は皆、世果に惚れてていた。

世果は、大きな瞳以外全てが小作りで、小柄で華奢だ。
背にかかる艶やかな黒髪を結いあげた、まるで精巧な人形めいた少女である。
男の汗くさい道場には不似合いに見えるが、いやだからむしろ、とにかく可愛い。
それでいて、筋はよい。
牢間老人から直接指導されているせいだろうか。
撃剣で彼女から一本取るのは難しい。
組み打ちで、力に劣る彼女を抑え込むのは至難の業だ。
油断をすれば突きをくらい、気を抜けば投げられ極められる。
強くて、美しい。
まさに、最強武術を求めてきた者たちが理想とする
(そして現実にはありえないような)少女だった。














でも、世果の答えはこうだった。



「すみません」



そして、一礼しながら兄弟子の横を通り過ぎた。

















すでに時刻は遅く、バスの最終は出てしまっている。

世果は、自転車で村に向かう。

村までは遠いが、それでも人気も車の往来もない舗装道路を一時間も漕げば着く。
恐怖が待ちかまえる村へ。

背に負った刀が、鍔鳴りを立てる。










世果は、気配を感じることが出来た。
死を配る赤い男の気配を。

彼は、十二月二五日の午前、前の日から続く夜にしか現れない。

その間、今、どこで、なにをしているか。
息づかいまで感じ取ることが、彼女には出来た。
だから、恐ろしかった。
その能力のお蔭で、命拾いしたこともある。

けれど恐怖は、毎年続く。
今年こそは、それを断ち切らなければいけない。
そのために、戦う術を学んだのだから。






彼女にとって、明るく浮かれ騒ぐクリスマス、恋人と
甘く過ごすクリスマスはテレビの向こうの
どこか遠い世界の話でしかなかった。























十二月の風は冷たい。
手の指がかじかむ。
動かなくなっては困るので、時々息をかけて温めた。






世果には、とても気がかりなことがある。
彼女の誕生日は、十二月二十五日。
しかしそれは本当の誕生日ではない。
それは、彼女が拾われた日だった。
今は養父母となっている老夫婦に。





殺人鬼が毎年現れるにも関わらず、村が続いているのはなぜだろう?
もちろん、村と言っても境界村は、小さな村ではない。
人口は千を越える。

だからといって・・・










世果は、町と村を隔てる一級河川にかかる鉄橋を越えた。
油断無く、注意を周囲に配る。
気配を、遠く感じる。
赤い、靄のような気配。
ともすれば薄くなりがちなそれを、注意深く追ってゆく。







微かなそれを、ずっと

耳をすますようにして・・・





遠くで、笑い声が聞こえる。
テレビでよく見るタレントの声。
森を背にした一軒屋から聞こえてくる。



防音ではない木造の家だからといって、外にこれほど響いているのはどうして?



気配がする。
赤い男の気配。

世果は、自転車を降りる。
革袋から刀を出し、抜く。
鞘は捨てる。





あとで師匠に怒られるかもしれないという考えが浮かぶ余地は、ない。

近づくにつれ、テレビの音が大きくなる。
虚飾にみちていても明るい世界から響く音。
しかし、それは耐え難いほど大きい。
それでも、世果は耳を澄ます。
気配を探る。

敷地に足を踏み入れる。
昔ながらの家。
戸締まりは厳重で、この村の例にもれず堅固に補強もされているはずだが・・・
鎧戸が、破られている。

血の臭い。



気持ち悪い・・・



注意深く、足を踏み入れる。
廊下の強い気配。



いた!



血みどろの居間、虚しく映るテレビの前に、赤い男はいた。

赤い、顔も赤い、手も血にまみれて赤い男。
背は高い。
頭髪の無い頭。
目だけ黒い。
瞳だけの目。
赤いコートのような服。
手には、五本の鍵爪。


いや、これは人なの?


躊躇せず、世果の刀が疾る。
この日のために特訓した必殺の斬撃は、しかし宙を切る。<
br> 人間にはあり得ないような早さで、赤い男は消える。
素早く刀を戻した世果の前に・・・赤い男は現れない。
彼はそのまま消えた。
気配と共に。



世果は改めて、室内を見渡した。
惨殺された、家人の死体が、いくつか。
吐きそうになって、口元に手をやる。



殺してやる・・・



自分の心の言葉に、また吐きそうになる。













また、遠くで気配がする。
村立の文化会館。

世果が行くと、赤い男はいない。

ただ広い空間に、世間のクリスマスなみに
飾り付けられた死体がいくつも、料理とともに転がっていた。





今年はいつになく、殺人数が多い。



皆殺し・・・?













世果は、赤い男を追い、村中をめぐった。
至る所で死臭がする。

少女はさらに殺人鬼の後を追った。














村一番の目抜き通り、古びた二階建て商店が並ぶ
二車線の大通りで、不意に気配を感じる。

商店の隙間から伸びてくる爪!
世果は刀で受け止める。
ぎん!と澄んだ音。



逃さない!



爪を刀で絡め取りつつ、赤い男の体を路地に引き出す。
そのまま腕を繰り込み、掴み、投げを打つ。

容易く赤い男は投げられる。
受け身もとれずに大の字にアスファルトに叩きつけられる。

すかさず世果は爪の付いた腕を踏みつけながら、心臓部を刺突する。



ぐすっ!



男は吼える。
この世のものではない言語で、顔に苦悶を浮かべながら。



「がぁぁぁぁ!」



男は爪をふるう。

世果は刀を握りつつ飛びすさる。
刀身に血は・・・ついていない。



化け物かっ!



身を起こす男に袈裟切りに斬りかかる。
爪で受け止められる。
飛び散る火花。
華奢な手にしびれがはしる。
それには構わずに、世果は二撃、三撃と加えてゆく。
かっ、かっ、と飛び散る火花。
少女の斬撃を、赤い男はことごとく爪で受け止める。



「このぉ!」



日頃人にはみせたことのない憤りの声を上げる世果。

少女が足下に見舞った斬撃を、赤い男は天高く跳んで避ける。



なっ!


暗闇に広がる赤いマント。
頭上から爪が降ってくる。
世果は刀で受け止める。
そこに赤い男は体重をかけてくる。
予想以上の衝撃。
世果は思わず体勢を崩して尻餅をつく。
刀だけは手放さないが、そこに重みが加えられる。
赤い男が、体ごと覆い被さってくる。
爪が、世果の目の前に迫る。



ぎりぎり・・・



世果は相手の体の下に足を潜り込ませ、巴投げに投げる。
そして男の体重の圧迫がなくなるや否や、そのまま素早く跳ね起きる。
投げられた赤い男も、頭をめり込ませたアスファルトから身を起こす。

再び向かい合う二人。

赤い男は、いきなりコートの前をはだける。
コートの下は、赤い裸。
つい反射的に、手で顔を覆ってしまう世果。
その指の隙間から見えたのは、腹の肉を割って出てくる黒い筒。



なにあれ!



世果は、頭で考えるより速くその場から跳びさすっていた。
その一瞬後に、世果の背後の建物が爆発、炎上した。



大砲?!


赤い男は卑猥な反動をつけて、逃げまどう世果めがけてめくら滅法に撃ってくる。
その度に爆発炎上する建物。
いまや、村一番の繁華街は、紅蓮の業火に包まれていた。



このじゃやられてしまう!



逃げ場を失った少女は、今や狩られる小動物だった。
精度が悪いのか今はまだ命中弾はないが、そのうちに当たるだろう。
いや、このままでは炎に包まれて焼け死んでしまう。

一かばちか、世果は背後の炎に飛び込んだ。
そこめがけて、赤い男は何発も、目に見えない弾を撃ち込む。
さらに広がる炎。
何発も何発も撃つ。



やがて、殺人鬼は撃つのをやめた。
燃えさかる炎のはじける音だけが聞こえる。
赤く染まった空に向かって、どこともしれない言葉で呟く。












その背後から!
炎を巻いて世果が飛び出してきた!


赤い男に振り向く暇も与えずに、その首に横殴りに斬撃を加える。

がっ!という手応え。
柔らかいものの中に、堅いものが触れる。
世果は構わずに、刀を振り抜く。
何かが砕けた感触。

血も吹き出さずに、赤い男の赤い首が飛んだ・・・



















世界が燃えている。
そこに、雪が降り始めた。
しんしんと降る雪。
火が、消えてゆく。
徐々に。
顔に感じる火照りと高揚が、消えてゆく。
火は完全に消えて、雪が積もってゆく。
白くなりゆく世界。



終わった・・・



世果は、なすこともなく、ただ俯く。
赤い男の首なし死体は倒れもせずに、彫像にように立ったまま。



「これから、どうしよう・・・」











その時、さくさくと、雪を踏む音が聞こえてきた。
視線を上げると、黒い男がいた。

黒い、見慣れない形のコートを着た男。
顔も黒い。
けれど、遠い大陸から来た人々のような顔の形ではなかった。
どの人種とも似ていない顔。
ひときわ黒い、瞳だけの目。
薄い、ただの裂け目のような口。
頭髪は、ない。
眉もない。

そのような男が、口をひらく。



「抑圧機構はすでに恒和機構によって打倒されました。貴女
も、抑圧端末を既に倒されたようですね。ご安心ください。
次の接点時間にはもう、何の干渉も行われないでしょう。」

「何の話・・・?」

「脱落者は今後、移住者と名称を改められます。
恒和機構は貴女達に今後いかなる干渉も行いません。
もし希望するなら、帰還申請をここで受け付けます。」

「・・・?」

「もちろん、ここに残留することに困難は存在しません。
この世界の治安・司法機関とは話がついています。」



世果は、沈黙したまま。
そのまま数秒がたった。



「沈黙は残留の意志だと解釈します。それでは、私は戻ります。」



そして彼はお辞儀をしながらいった。

「メリークリスマス」

そして雪の中へ消えていった。







今のは、何?
私には分からない・・・















翌朝、世果は主を失った家で目覚めた。

警察もテレビ局の人も来なかった。
村は、無人で、廃墟と化していた。

世果は普通にバスに乗り、学校の終業式に行った。
つつがなく終業式はおわり、世果は道場にいった。
兄弟子達は、皆怪我をしていた。
包帯や湿布や絆創膏に体のあちこちを覆われていた。
一人などは腕を吊っていた。
ひとり無事な師範代の兄弟子は、実に気まずそうだった。



世果は、牢間老人に刀の破損と鞘の紛失を詫びた。

破門でもおかしくないほど怒られることを
予想していたのに、お咎めはほとんどなかった。








その日の稽古が終わると、道場生達はぞろぞろと道場を出て来る。
世果もそれに混じっている。

昨日、世果に声をかけてきた兄弟子が、日頃の精悍さ
に似合わずおずおずと、今日も声をかけてきた。



「あの、昨日のことだが・・・その、なんだ、えーと、忘」
「そうだ、先輩方、クリスマスパーティしません?」
「えっ」



言葉をうまく継げない兄弟子に、世果は微笑んだ。
皆がはじめてみる、世果の笑顔。
とても可愛いかったので、みなうんうんとうなづいた。








すべて終わったのだから、これくらいはいいよね・・・


雪は今日もゆるやかに降っていた。














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