緋色ちゃんは、最近世の中がとても腐っていると思っています。

中学一年生の13歳の彼女の目から見ても
ひどい事が多すぎるのです。




彼女には、ちっちゃな妹がいます。
まだよちよち歩きの、片言しか喋れない子です。
名前は、碧です。

お母さんはいません。
お父さんは芸術家で、善い人なのですが生活力に欠けます。

だから、緋色ちゃんは結婚したわけじゃないけど主婦なのです。
そして結婚したわけじゃないけど母なのです。


だから、ちっちゃな妹の教育にはとても気を遣っています。
将来、碧が不良やコギャルや援交女や礼儀知らずになっては
剣の師でもある本当のおかあさんに申し訳がたちません。







なのに…

世の中、とてもちっちゃな碧に見せられないものが多すぎるのです!












例えばある日。

緋色ちゃんは妹を連れて、商店街へ通じる道を歩いていました。
横断歩道の信号が赤だったので、緋色ちゃんは妹の手をひいて立ち止まりました。

後ろから来た車も、止まりました。

すると、その窓がするすると開き、中から
煙草の吸い殻がぽいと投げ出されたのです。

緋色ちゃんは内心怒りに燃えながらも平静な顔で、
その吸い殻を摘み上げて、車の中の人に差し出して言いました。



「ちゃんと然るべき所に捨てて頂けませんか」



大概の人は、面倒くさがりながらもそこで吸い殻を受取ります。
(あとで別の場所でぽい捨てするのでしょうけど)
なかには自らの行いを恥じてくれる人もいます。





でも、その日の人は違いました。
髪を6、4分けにした背広姿の若い
サラリーマン風でしたが、ひどく傲慢でした。



「汚ねぇな!持ってくんじゃねぇよバカ!」



なんと、反省するどころか逆ギレし、
あまつさえ緋色さんを罵倒したのです!





たまに、こういう人がいます。
自分のことしか考えられないのです。

煙草がいかに有毒なものか、
土壌にどれだけの損害を与えるのか
知らないのです。

ゴミを道端に捨てるようなことはいけないと
いう常識も良識も知らないのです。

きっと、ひどいこども大人な親に育てられたのでしょう。





それでも、緋色さんは我慢強く再考を促します。



「お願いします。小さい子も見ていますので。」



「うっとおしいよお前」



そう言い放つとなんと緋色ちゃんに唾を吐き掛け、
そのまま窓を閉めて発車しようとしたのです!



この様な人面獣心の輩に言う言葉を、緋色ちゃんは持っていません。

右手に買い物カゴと一緒に下げていた木刀を諸手に構え、
九蟲神晴流の気合と共に車の乗車席に突き込みます!



けやぁ!
ぐはぁ!



そして、破れた窓ガラスから手を突っ込んで、
半死の男の泡を吹いた口に、吸い殻をねじ込みます。



「これからはちゃんと携帯灰皿を持ち歩くように。できれば禁煙しなさい。」









また、街ではこんなことがありました。

最近、駅前のきれいになった旧商店街(いまでは洋風の名前
に変わってます)の辺りを、髪の毛を染めていかにも都会で
はやってそうな服装を来た男の子達が無為にたむろっています。
そのグループであろう何人か、緋色ちゃんに声を掛けてきました。



「ねえ、どこいくの?」
「キミ暇?カラオケいかない?」



緋色ちゃんはこういう人種があまり好きでないのでさっさと通り過ぎ
ようとすると、彼らは行く手に立ち塞がるように彼女を囲んできました。



「おい、声かけてやってんだから無視すんなよ!」
「どいてください」
「そんなこと言わないで俺らとどっかいこうよ」
「どいて」
「なんだと、襲っちまうぞコラァ!」
「おいおい、折角誘ってんだからさぁ、可愛いからって生意気言うなよ」



彼らの一人が緋色ちゃんの細い手をとろうとしました。

何と無礼な子達でしょう!
数人で行く手を遮ったばかりか、無断で女の子に触れようとするとは!。

怒った緋色ちゃんはその手をねじって手首の関節を外しました。
関節を外された男の子は、男の子の癖にだらしなく泣き叫びます。



「イタイイタイイタイー!」
「ああ、こいツなにしやがる!」
「コロスゾコラァ!」



仲間たちが激昂して緋色ちゃんに襲い掛かります。

緋色ちゃんは大人っぽくみえても背は155cmしかありません。
体重は秘密ですけど軽いです。
色白で華奢な体つきにみえます。
指なんかとても白くて細いのです。
おまけに今日は彼女は木刀をもっていません。

だけど、緋色ちゃんは怯みません



掴み掛かって来る手の指を折り
殴り掛かって来る腕の肘を叩き折り、
踏み出して来る足の親指を踏みにじり、
蹴って来る足の向うずねを蹴り返し、
うずくまる男の子の鳩尾に爪先を蹴り込み、
逃げる男の子の延髄に突きを打ち込みます。





こうして屑たちを叩きのめした後、緋色ちゃんは嘆息します。


いつから街はこうなったのか。
これではちっちゃくて可愛いい妹の碧が無事に出歩けません。













なんとかしなくちゃ…













緋色ちゃんは、学校では学級委員で一年生全体の代表でした。

なにしろ彼女は成績は一番で、素行は真面目です。
それになにより、小学校ではずっとクラス委員とか生徒代表でした。
下級生には優しくて面倒見がいいし、横暴な上級生や幼稚な先生に
対しても怯まずきっちりと意見を通します。
それに統率力があって、判断に私情を挟みません。
それでいて、どんな子にも柔らかく接するので、同級生
のなかでも緋色ちゃんはもう「お姉さん」なのです。
(実際は「お母さん」に近いのですが…)

だから、もう当然のごとく緋色ちゃんは学級委員で一年生代表なのでした。


ところで、学級委員や学年代表は愉快な役職ではありません。
堂々巡りの議論が多い委員会などに度々出席しなく
てはいけませんし、いろいろな雑務も在ります。
先生にも雑用係としていいように使われますし、なにか行事が在る度に
まとまりがなく好き勝手する同級生達をまとめなくてはいけません。
もしイジメ問題などが在れば、それも学級委員の責任にされてしまいます。
(先生達はすでに役割を放棄しているのでした。)
その上に緋色ちゃんには家事が在るのでもう大変です。




一人、生徒会室の窓の外に夕暮れをみると、ふと
溜め息をつきたくなってしまうのも無理はありません。

人の世話ばかりしているのも疲れるのです。



「ふぅ…」



そこに三年生の男の先輩が入ってきました。
生徒会長の高階先輩です。

彼は眼鏡を掛けていますが、かっこいいいと女の子達からは言われています。
(緋色ちゃんは自分が美人なのでほとんど気に留めていませんでしたが)
成績は優秀、剣道部では主将です。
背も高くて、性格も清潔、温厚で頼り甲斐が在ります。
いつも女の子達に囲まれています。
当然誰もが、彼女の二、三人はいると思っていました。





でも本当は、彼は一人の女の子ともつきあったことはありませんでした。
それだけもてているのに、手すら触れた事もないのです。

本来生真面目な性格だというのもあります。
今風嫌いというのもあります
実は女の子が苦手だというのもあります。


でもなにより、彼には好きな子がいました。


その子は年下でした。
とても可愛い子でした。
ちょっと古風な所がありました。
性格もなにも、すべて彼の心の琴線に触れる子でした。

一緒の学校で、いつも遠くから彼女を眺めていました。
でも彼が一足先に卒業すると、それも出来ません。
ごくたまに、こっそり母校にのぞきにいったりしました。
校庭にいる体操服姿の彼女を見かけると心臓がどきどきです。
怪しまれないように苦心しながら隠し撮りもしました。
撮った画像やその子の想像で、毎日自慰していました。
(取り巻きの女の子達にはとても信じられない姿です。)
(でもそこは男の子ですから)

やがてその好きな子を中学校の入学式で見た時は狂喜しました。
(もちろん、こっそり、人の絶対みていない所で)
しかも、一年生代表で生徒会に入ってくれるとは。
生徒会をしていたことに初めて喜びを感じました。



でも、奥手な性格と多忙が災いして、なかなか告白
する事すらかなわず一学期が過ぎてしまいました。



彼は焦りました。
彼は三年生、残された時間はあと僅かです。





そして今日、ようやくチャンスが訪れたのです。

今、生徒会室には彼女しかいません
(彼が彼女だけ仕事を多くするよう細工したのです)
うるさい取り巻きもいません。
この機会を逃せば、もう巡ってこないかもしれません。


そう思って、生徒会長は荒くなる息を抑え、破裂しそうな心臓をこらえ
つとめて平静な顔を保ちつつ、彼女のいる部屋に入って行きたのです…






「あら、先輩も残ってらしたんですか?」
「あ、ああ、うん。君はまだかかりそうなの?」

「まだ、後少し…」

「少し休憩したまえ。お茶入れようか。緑茶しかないけど。」

「どうもありがとうございます」





こぽこぽこぽ…

しばらく沈黙…






緋色ちゃんは、高階先輩を善い人だと思ってます。
男性として好いているわけでは全然無いのですが、
人間としては高く評価しています。

(まさか自分が隠し撮りされたりおかずにされたり
しているなんて夢にも思っていませんでした。


だから、全然無警戒でした。



まさかあの体育教師のように襲ってきたりはしないでしょう。
(ちなみにその教師は今重体で病院です。)
先輩はいわゆるお父さん(理想像)のようにきちっとしている。

そう思ってます。

そういう安心感と、疲れと、孤独の後の人恋しさ、それに
二人きりの親密感みたいなものから、お茶を飲みながらつい
緋色ちゃんは語ってしまいました。



「先輩、世の中腐ってますよね」



高階先輩はお茶をぶっと噴き出しそうになりました。

実は必死に、どうやって告白しようかと考えて
いたのですが、その思考がぶっ飛びました。



「そ、そうだね。最近ひどい事件が多いし。」

「やっぱり上の人達や大人達がダメなんですよね。本当に目先
の利益ばかりでお金といやらしい事ばっかりしか考えてなくて」



高階先輩、少なからずどきっとします。



「うちの小さな妹が影響が受けないか心配で…」

「…君がしっかりしていれば大丈夫だよ」

「でも、手の届かない所でどんな影響をうけるか…」

「でも、そこまで言うのだったら世界そのものを変えないといけないね」

「そうですよね。変えなきゃ。」

「…政治家にもなるのかい」

「政治家…でも、政治家は利権とかに絡めとられて思うようにならないから」

「そうだね。難しいね。」

「独裁者がいいと思うんです。そうしたらちゃんと造り直せるから。」

「君が…なるの?」

「ええ。ダメですか?」

「いや…」




また沈黙。

…ずず…





変な子だ…

それでも、高科先輩の緋色ちゃんが好きだという気持ちは変わりません。

だから、このままこんな話題に流されたり
沈黙に押しつぶされたりしてはいけないのです。
流れを無視してでも、言うべき事を言わないと…



「ところで話はかわるけど」

「あ、はい、なんでしょう?」

「君が好きだ。」

「え…」







あまりに唐突な告白に、今度は緋色ちゃんの
思考回路が麻痺してしまいました。






緋色ちゃん、告白を受けたのは初めてです…

















その日は、諾も否も与えずに
ふらふらと帰途につきました。

腐った世界の事は、どこかにとんでいってしまってます。
頭の中は、告白の事で一杯でした。

その日の緋色ちゃんは、もうお母さんではありませんでした。
世話するばかりの人ではありませんでした。

恋されている女の子です。





この十年間彼女をかたく縛っていた
何かが融けました……










夜、緋色ちゃんはいつものように
お父さんの人形造りのモデルをしていました。

けれど、お父さんの手は、いつものように進みません。
じっと、緋色ちゃんを見詰めています。



「…お父さん?」



「きれいになったね。なにか…あったんだね。」











「うん…」















ところで返事は、まだ考えていないのです。











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