第11回目(7/31)






車掌のおじさんは、昔のことを思い出していました。

おじさんは、もうお祖父さんといってもおかしくない年頃です。



そのおじさんが少年のころ・・・















そのころは、物が無い時代でした
列車はずっと小さいものでした

そして、希望も幸福もずっと少ない時代でした
だから、みんながどこかに行きたがった時代でした





だから、列車は毎日ぎゅうぎゅう詰め






壁から壁、床から天井まで、文字どおり人がつめこまれていたのです・・・

(肌と肌が密着して耐え難く熱く重く、荷物なんて持ち込めません)






当時の駅員には、大学や大学院で幾何や位相学を専門に勉強して
それでも学者や教授になれなかった人達がたくさんいて
(どこも就職難だったのです)
そういう人達が不機嫌な顔で、でも完璧に人間を組み合わせて
小さな小さな列車に詰め込んでいました

(まるで、四角い缶詰のように)




乗客はそうして詰め込まれながら、点滴とチューブ入りの流動食で命長らえて
旅をしていたのです・・・(どこか、遠いところへ・・・)













もちろん、後に車掌になる少年もそういう旅をして
あまりに、直に、長いこと人に触れ合いすぎて(身動きも取れないまま)
そうして優しいけど人間嫌いのおじいさんになってしまったのです・・・

(いえ、人間嫌いと言うのは正確ではないです)
(人と自分に距離をおく人間、と言ったほうが正しいでしょうか・・・)







だから、車掌のおじさんは結婚もしていません
当然、子供もおらず、孫もいません




そして、そういう人間でないと
この次の駅まで一年もかかる列車の車掌にはなれないのです・・・



















車掌には、重い責任が負わされています
鉄道運行について、エンジニアとして、警察官として、医療員として
様々のことについて通じています

そして、教本化されていない様々のことについても・・・です



だけど、なにか変事がない限り、することはありません
せいぜい車内巡回くらいです





重い責任を負わされた暇な時間は、なにか気を紛らわすものがないと耐えられません・・・














だから車掌は巡回の折りにはいつも、物語を書いている女の子から
お話をひとつ、貰って帰るのです

(そのかわりに、時折、車掌はこっそりと列車のいろいろな所を少女に見せてあげるのです)










少女の書く物語は、車掌のおじさんのような
古くて経験の積んだ人には拙いものがあります

ただ、その拙い部分を通して、その書き手の少女の心が見えるのです


それが、とても愛くるしくて、老人の心を慰めるのです・・
(まるで子供や孫のように・・・)
















車掌の業務用の机には、運行表、業務用ファイル、機関計算表、物資計算表
その他の列車の運行に必要なたくさんの書類が山と積まれてファイルされていて、

その中で、何度も読み返された原稿が、きれいに束ねて置いてあります














列車は、今日も運行表にしたがって、正常に走っております・・・











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