第15回目(12/7)





私は今日、一人のおじさんにいきなり自己紹介をされました


「私、名前はアントニオ=李=太郎と申します」

「生まれは茨ノ城、腐り豆の美味しい茨ノ城です、前は自転車を作る会社に勤めておりました」


「はあ・・・」



そんな風に一方的に、背広のおじさんは自己紹介だけして去っていったのです・・・












次の日、私が猫子さんとおしゃべりしていると
(毎日同じ列車に乗っててよくも飽きずに、と思うでしょ、でもそういうものなのです)

後ろから声をかけられました




「あの〜すみません」




振り向くと、そこにはあの自己紹介おじさんが立ってます。




「あの、ちょっとお聞きしたいのですが・・・」

「はあ」

「私の名前、なんと言いましたっけ?」





「・・・・・・はあ?」









つい私は、間抜けな声を出してしまいました
だって、全然予想もしない質問でしたから










確かに私は物覚えの良い方ではありません
することを忘れたり、物を置き忘れたりするなんてしょっちゅうでした
(本の読み過ぎだ!なんてよく怒られたものです)

でも、自分の名前を忘れるなんていうことはありません









だけど、そのおじさんは、自分の名前を忘れたと言うのです!


(はっ、ひょっとして記憶喪失?!)







幸い、私はおじさんの名前をまだ覚えてました
(昨日聞いたばかりでしたから)

「アントニオ=季=太郎と言ってらっしゃいましたけど」





「そうですか、いや、ありがとうございます。」







そう言って、なんどもぺこぺこお辞儀して、おじさんは去ろうとしました






その時、傍らにいた猫子さんが、小首をかしげて言いました

「あれ、おじさん、この前はグレゴリオ=金=次郎って言ってなかったっけ?」





えっ?






「あれ、そうでしたか・・・?それは、確かですか?」


「うん、おとといの前の日、おじさん私にそう言ってたよ、名前はグレゴリオ=金=次郎だって」


「あれ、おかしいな、どこでおかしくなったのか・・・?どちらが正しいのでしょう?」






私達に聞かれても・・・私達のほうが知りません、そんなの







そこに、いつもの赤い着物を着たからくり嬢が通りかかりました

嬢は、いつものようになめらかで等速的な動作で
小さく頭を下げて挨拶します

「あら、ごきげんよう、音々さん、猫子さん、それに・・・サルジニオ=全=二浪さん」







えっ、あれ??






「サルジニオ・・・それ、私の名前ですか?」



「・・・?、この前はそう名乗ってらっしゃいましたよ、違いましたか?」







・・・あれ、どういうことでしょう?











そうして皆が??な時、

「あれ、どうなさいましたの、皆さん」

声の主は貴々さんです



「うん、このおじさんの名前がね、ちょっと分からなくなってるの」




そんな猫子さんのはしょった説明に、訝し気に貴々さんは言います

「貴方は確か・・ベルガリアーノ=小=春男さんでは?」






「・・・・」








「なんか、また違うね」

「でも、私の記憶は確かだ、私の電気仕掛けの記憶は忘れないから」

「ええ〜っ、でも猫子ちゃんと聞いた通り言ったよお」

「私は、昨日聞いたばかりだし・・・」


客車の遠くからも、貴々さんを護る声がします

「・・・陛下の記憶に間違いございません」








どういうことでしょう?
みんな、違います







そして何故、おじさんは自分の名前を聞いてまわっているのでしょう?





理由はおじさんが語ってくれました
それは、こういう事なのでした







おじさんは何故か忘れるのです

毎日、毎晩、毎朝・・・ずっと一年中、一日も欠かさずに




名前だけではありません
自分のこと全て・・・・生まれも、何をしていたかも、自分が何者かも・・・・

自分のことだけを、毎日すっぽりと忘れるのです

(なぜこの列車に乗っているのかも・・・すっぱりと忘れていました)






それでは困るので、おじさんは毎日自己紹介をしてきました
そうすれば、自分が忘れても、他人が覚えてくれてますから




そして、人から聞いた記憶を、自分の記憶としていたのです・・・








でも、それがおかしくなってますね。

どうやら、伝言ゲームのように内容が変わってます

(伝言ゲームは知ってますよね?知らなければ、5人ほど集めて列を作ってみてください
そのなかで、初めの人から順番に、こっそり耳打ちして文章をリレーしてゆくんです
最初の人の言葉と最後の人が聞いた言葉、どんなに違っているかびっくりしますよ)




つまり、おじさんの記憶は、もう本当の記憶ではなくなっているんです

それは、とても悲しいことでした

(おじさんをみていると、そう思うのです)









だから、私達はおじさんの一番古い記憶・・・おじさんが最初に
自己紹介した人を探して、おじさんの名前を聞いてみることにしたのです・・・








おじさんが一番始めにこの列車で名前を告げた人、それは車掌さんでした

車掌さんは職務上、よく覚えてました
告げられたことを細かいことまで、全部です





「名前、田中太郎。万葉出身、もと保険セールスマン、両親は・・・」






それが、おじさんの、一番古くて、きっとオリジナルに近い記憶でした・・・
(アントニオとか、どこからでてきたんでしょう?)









そしておじさんが記憶をもうなくさないように、私は紙に残しておくことを勧めました
私が紙にタイプしてあげたのです

書き上げたものを見たおじさんは、もっと詩的に彼の人生を飾ってくれないかといいました
私がおじさんの注文通りにすると、まるで物語のようになりました



そしてこれがきっと、おじさんの最も正しい記憶になるのです・・・
















その翌日、またおじさんに会いました
そして、昨日と同じように聞いてきたのです、自分の名前を!

「私の名前、なんでしたっけ?なにをしていた人なんでしょう?」









私が昨日、そういうこと全部紙に書いてあげたじゃないですかというと、おじさんはこう言いました。


「いえ、あの・・・その紙をどこかに忘れてきてしまったんです」











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