第17回目(1/24)






冷たい夜の窓硝子を、からくり嬢は見つめていました

そこに映る、自分の顔を・・・









彼女の顔を
ある人は、美しいと言います
ある人は、整っていると言います
ある人は、能面みたいだと、言います・・・


能面とは、全ての表情を現す面です
だから、どの表情でもありません
何の表情でもないのです
それは、無表情といいます



だから、ある人は、からくり嬢のことを、怖いといいます
冷たい人だと思う人もありました



実際、からくり嬢は人ではなく人形ですし・・・

人形は普通、冷たいものです
動き、喋り、髪まで伸びたりする人形は怖いものです








でも、本当は、からくり嬢はそれほど冷たい人ではありません
人形だから、冷たい、無表情な顔をしているのではないのです



彼女は柔らかい膚を持ち、蒸気と圧搾空気で動く人形です
だから、本当などんな表情でも浮かべる事が出来ます

そもそも、喜怒哀楽、すべてを表せる人形として
とても人に近い、人そのものの人形として、
彼女は作られたのです


そして、彼女は、自分の無表情さが実は嫌いなのです・・・











からくり嬢は、独り窓に向かって、何か表情を作ってみます

小さく、微笑んでみます
(それは、生みの親の博士がとても好きだった表情です)

でも、なかなか上手くいきません

だから、指で口の端を抑えたり伸ばしたりして・・・

おかしな顔になっています





でも、いつもの無表情な顔より、なんだかとても魅力のある顔です
斜め後ろでこっそり見ていた私は、つい声をかけてしまいました




「どうしたんですか?何か、あったんですか?」





からくり嬢は、慌てて振り向きます

いつも無表情な顔にわずかに狼狽の色が見えます
抜けるように白い頬にほんのりと、赤みがさしています

(それは、薄化粧をしたようで、この世のものでなく奇麗でした)



「いえ・・・ただ・・・」




「?」




「笑う事が出来ないか、と、思って・・・」




「??」





「変、かしら?変でしょうね」



「い、いいえ、そんなことないですよ、でもどうして・・・?」






私が疑問を投げかけると

からくり嬢は、彼女の物語を語り始めました

どうして、彼女が笑う事が出来ないか、を・・・















からくり嬢は、何度も書くようですが、からくり博士によって作り出された人形です

からくり博士の、
人に近い物、人そのものの様なものを生み出そうとする
研究によって生み出されたのです








彼女には、たくさんの姉がいました
美しい、姉達

動かない、椅子に腰掛けたきりの美しい姉
歩いて、茶を注ぐことしか出来ない美しい姉
鸚鵡のように繰り返して歌う美しい姉
とても速く計算の出来る美しい姉
不器用に、自ら動くことの出来る姉・・・・


段々人に近くなってゆくけど、人にはまだ遠い、姉達・・・


人にあらざる美しさがそこには在りましたけど
人の素晴らしさはそこにはなかったのです



それまで一番末だった、からくり嬢のすぐ上の姉でさえ
良く出来た、冷たい自動人形でした・・・








だから博士は考えました
いくら良く作っても、人形は人形です

関節や動力、思考ルーチンにいくら工夫を費やしても
人と同じように歩いても
人と同じように話しても
人と同じように計算しても
所詮人形には違いなかったのです・・・






おお、人と人形の違いは何でしょう?

博士は考えました
人にあって、人形にないものは何か?





魂でしょうか?
いいえ、魂の込められた人形は沢山あります
博士だって、今までの人形に心血を注いできたのです



では、なに?








博士は考えに考えた末、一つの結論に達しました






小さな宇宙






それが欠けていたのです!




人は誰でも、小さな宇宙を内に持ちます

それは、感じる毎に、知る毎に、考える毎に精密になる宇宙です
思いやる毎に、想像するごとに、行う毎に、表す毎に膨らんでゆく、宇宙です



小さな、現実の模型です



それが、今までの人形になかったのです


だから博士は、
新作であり末娘であるからくり嬢を作るときに

感じることが出来るよう、柔らかい膚を用いました
自由に表せるよう、歯車やワイヤーだけでなく、
蒸気や圧搾空気を動力に取り入れました

髪は、成長するように
爪も、長く伸びるように

そして、心には、何も入れませんでした
これから宇宙を受け取ることが出来るようにです・・・





からくり嬢は、だから作られたばかりの時は、大きな赤ん坊でした

姉達のように、はじめから大人でもなく
立つこともできず歩く事も出来ず
話すことさえで出来ませんでした


そこから、彼女は博士に、ゆっくりと育てられたのです・・・


会話、絵本、お遊戯、散歩、勉強・・・

赤ん坊から幼子へ、そして少女へと・・・


そうしていつか

からくり嬢は、感情の豊かな
生き生きとした表情を持つ女の子に”育った”のです・・・























やがて、悲劇は起りました

からくり博士が死んだのです



独り孤独に研究と制作に没頭していた博士は
大きな屋敷こそ持っていましたけど、資金などろくにありませんでした
全ては借金で賄っていたのです

その額は膨大で、とても返せる物ではありませんでした
おまけに人形は人ではありません
法律ではあくまで”物”でした

からくり嬢は姉達と一緒に借金のかたとして、ある男の元へ引き取られて行きました・・・









からくり博士の人形を引き取った男は、様々な見世物で人から金を取る商売をしていました
例えば、ホルマリン漬けの奇妙な、あるいは酷い死体を見せて金を取ったり
奇妙に生まれついた人達を檻の中に入れて見せては金を取ったり
女性が裸で踊るのを見せて金を取ったり・・・

そういう商売をしていた人でした


性格的には、冷酷で、残酷な人でした


彼は、からくり嬢やその姉達も見世物にしようと考えました
当時、彼女たちほど良く出来た美しい人形はなかったものですから・・・


人形愛好家、いえ、人形性愛者をお客として
着物の似合う彼女たちに、古風な舞を踊らせようとしたのです
帯や着物が一枚、一枚脱げて行くようなのを・・・



姉達は、言われた通り、定められた通り、仕掛けの通りに
人形らしく舞います

一枚、二枚・・・

(人形性愛者な客たちは、その人形臭い動きと無表情さに興奮するのです)





でも、からくり嬢だけは、そうできません

人形にしては動きは自然過ぎて
滑らかすぎて、不器用すぎて

そしてその顔は、いつも悲痛と羞恥に彩られていました・・・



それが、人形性愛者たちにはひどく不評でした
あれではまるで、人そのものではないかと・・・






支配人である男は怒りました
怒りに任せて、からくり嬢をぶちました
ぶたれた柔らかい膚が、赤く腫れ上がります

「人形の癖になんでそんな顔をするんだ!
人形だったら人形らしくつんとしていろ!
なんだ、その顔は!
やめろと言ってるんだ!
お前みたいな出来損ないは壊してやろうか!」




支配人に脅されて、からくり嬢は無理に表情を消そうとします
無表情になろうと努力します




でも、出来ません
つい涙が出てしまいます





「何してるんだこの野郎!」





本当に壊れてしまいそうになるほど、
からくり嬢は毎日支配人に蹴るなぐるの暴行を受けました


それでもいつもステージに立たされたのは、からくり嬢が
人形としては一番良く出来ていたからなのです・・・













からくり嬢は、ある日もう耐えられなくなりました
夜、皆も、支配人も寝静まった頃、人形倉庫から脱け出しました

(倉庫の鍵は、外からは空けられないけれど、中からは簡単に空けられました)




油を持ち出し、見世物小屋(と言っても随分大きな物でしたけど)全体に撒きました

そして、火を放ったのです!





残虐な支配人も、姉達も、すべて火に焼かれて死にました

からくり嬢はそのどさくさに、あった金を持てるだけ持って逃げました





遠くへ、遠くへ・・・








彼女にとって幸いだったのは、彼女はあくまで人形だったので
放火犯として指名手配されなかった事です


そして、切符を買えば誰でも、人形でも列車に乗れることでした







ただ、深い悲しみのせいでしょうか
彼女はその時から表情を失ってしまいました・・・

(あるいは、姉達の呪いかもしれません・・・)





























不意に、からくり嬢は、私に言いました

「ねえ、貴女、物語をお書きになるんでしょう」


「え、ええ、まあ、拙い物ですけど・・・」


「面白い、とてもおかしいお話を書いてくださらない、思わず吹き出してしまうような」



おかしい話っていっても・・・からくり嬢さんが吹き出すようなのって?!


「え、え、その、うまく書けるかどうか・・・」



「いつまでかかっても良いわ、ええ、書けなくても構わない」

ほ・・・


「もちろん、ただでとも言わないわ」



そしてからくり嬢は袂から私の手に、何かを渡しました

これは・・・札束です!
それも、一番高額の紙幣の!
表の札や帯が、煤けて汚れた・・・でも、すごい大金です!



「あ、あの!これ・・・!}




「前金よ、では、よろしくね」






あわわ・・・

夜の車内散歩などとしゃれこんでみたお蔭で
なんだかとんでもない事になってます・・・!










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