第10回目(9/8)

 トロ憑将軍率いるソビ干支の軍隊、通称赤軍は、明け方、突如として四六センチ攻城砲を撃ち込んできた。 一〇門の砲が火を噴く。 かっきり一〇分分間。

 もちろん、塔状都市九楼の膨大な重量を支える外壁は新式の炸裂弾が命中してもすぐに壊れるような事はない。刃も通らぬ切断面を持つ、複雑な形状の石をパズルのように組み合わせて作られた古代からの塔状都市は、遺跡になって千年経っても崩れない。 まして現役の九楼は現代の建築技術を用いて、万が一外壁が壊れても塔全体が崩壊しないよう鉄骨の枠組みを内部に持つ。
 しかし、内部にその炸裂音は大きく響く。筒状をしているだけに、その音は内部で反響し増幅されて何倍にも大きく響く。 家々の壁は大きく震え、食器を収めた棚は倒れて硝子と陶器の割れる音が響く。
 
  「市民の皆さん、口を閉じて、じっとして!大丈夫、塔はこれくらいでは崩れたりしません!大丈夫です、落ち着いて!」

 街角に設置されたスピーカーが市民軍司令部の放送をがなりたてるが、その声もかき消されがちだ。

 そして、砲声がやんだ。

 堅固な地盤に建てられる塔状都市には絶えて地震などなく、故に振動対策をしていない家々の中は散々な有様だった。まるで絵本に出てくる嵐の王子様(擬人化された小さな嵐で、悪気はないのだが好奇心が 強くほうぼうで騒動を巻き起こす)が大挙して騒ぎ回ったようだ。
 ただ、塔そのものは小揺るぎもせずそびえている。音の割には、公共施設への被害はほとんどなかった。

 やがて、降伏勧告の放送が聞こえてくる。

 「我々は、君たちと争うつもりはない。ただ、ともに手を携えて十一の国家社会主義の脅威に備え……」

 その放送の途中に、塔の上がら一人の女性が飛び立った。白い飛行服をまとった彼女は長く黒い髪をなびかせて、赤軍の頭上ぎりぎりまで降下すると手にした白い物をまき散らす。何人かの兵士が彼女をねらって発砲するが、当たらない。赤軍の将校達が怒鳴る。

 「馬鹿者、撃つな、やめんか!」

 やがて手にした物をすべて撒き終わった彼女は優美な曲線を描いて上昇し、塔の上部に戻る。 白い物。 それはビラだった。  


  「赤軍のみなさまへ。次は爆弾です。貴方達の手の届かない高いところから落とします。それがお嫌ならどうぞ、お引き取りあそばすよう。」







 「ねえ、あの人達諦めるかしら」

 屋上の飛行場で出撃準備をするメアリにそう言われて、飛行スカートの調整をしていた架名は答えた。

 「あの国の命は安いんだ。一人一人の値段が紙一枚程度しかしないんだよ。だから、きっと、来る。」
 「そう……」




 そして正午。再び、砲撃が始まった。
  今度の砲撃は異なった。水平に射撃を行ってきたのだ。威嚇ではなかった。堅牢な塔状都市で唯一弱いところ、門を狙ってきたのだ。

 飛行スカートの一隊が塔の上から飛びたった。彼女たちは正確な投擲で砲兵を狙って煉瓦を落とした。何人かの砲兵が煉瓦を喰らって倒れる。しかし、そうすると側に控えた別の者が砲にとり ついて操作を続ける。 そして、歩兵部隊が一斉に駆け足で門に殺到する。  一端砲の上を飛び去った飛行スカートの女性達は、次は爆弾を投げ降ろした。  投擲棒をはずして軽くした手榴弾をいくつも砲に向かって投げ落とす。  爆発と悲鳴。やがて砲の側の弾薬に引火して、砲は大爆発を起こす。

 別の飛行スカートの一隊が塔の上から飛び立つ。その中にはメアリも含まれていた。彼女たちは急降下して赤軍の歩兵部隊の先頭を横切るように飛ぶと、その目の前に爆弾を落とす。次々と爆発が起こり、土がまき散らされる。しかし、赤軍の兵士の足が止まったのは一瞬だけだった。

 「祖国の為に進め!進まない者は督戦隊の機関銃が撃ち殺す!」

 督戦隊の恐怖と、奴隷同然の小作人生活で従順さを骨の髄まで仕込まれている赤軍兵士は爆弾をものともせずに前進する。

 塔の門は、鋼鉄、それもわざわざ戦艦の装甲板と同じものを特注して作ったものだ。  さらに内部から鉄骨で補強してある。  しかし、四六センチ砲の直撃を受けては留め金が持たなかった。補強材ごと傾きひしゃげた門には大きな隙間から開いていた。

 赤軍兵士の一人がその隙間を潜ろうとした。その瞬間、彼は塔の内部からの狙いすました銃弾に倒れた。 何人かの赤軍兵士が門の内部に向けて射撃を開始しようとすると、塔の上から何かが落ちてきた。煮えた油だ。この世の者とは思えない絶叫が響くがそれもすぐにかき消される。

 「立ち止まるな、進め、進め!」

 赤軍兵士達は、仲間の死体を乗り越えて門の隙間から入り込んでくる。 当然彼らは内部の集中射撃にさらされるが、屍の山を築きつつ、それを遮蔽物代わりにして赤軍兵士達は進み続けた。

 「女性、子供は上の階に避難してください!」
 「押さないで、押さないで!」

 民兵達が誘導する中、非戦闘員は上の階に避難する。災害訓練通り。しかし、これは本物だ!(それも五百年ぶりの!)

 「各階守備隊は持ち場を死守しろ!決して敵兵を進めさせるな!」

 その指令とは裏腹に、一階守備隊は敗走の最中だった。外国の退役将校だった隊長を犠牲にすることで、二階に通じる防火扉を固く閉め生き残り達は二階に上がる事に成功していた。しかし、一階守備隊は主に外国での軍役経験のある者たちで構成された、いわば九楼の精鋭部隊だった。彼らにして、赤軍の猛攻を支えることはできなかった。  二階以上の守備隊と言えば、年に一回、市民軍訓練に参加しているだけの民兵である。 そしてその訓練というのもかつての剣と槍の時代には真剣な防衛の為の訓練だったが、今では昔から続いているという理由だけで行われる行事と化していた。服装は赤い前時代的なユニフォームの上に胸甲をつけたまさに時代遅れの代物、一応最新の銃器で武装してはいるが、その操作法ですら今教本を紐解いてる始末である。
  そもそも、土地を持たない九楼の産業といえば、交易(税が安いので会社を置きやすい)、そして高度に知的集約的な製造業、あるいは知識そのものを売ると言うものである。 それらに従事している人間には、赤軍兵士のように仲間の命が散るのを見てそれでもなお平然と死地に飛び込む、その精神が理解できない。
 やがて、轟音とともに防火壁が吹き飛んだ。





   塔の上からは爆弾を抱いた少女達が次々と飛び立ってはかえってくる。彼女たちはもう威嚇で爆弾を落としてはいない。直接、敵を狙って落としている。空からの攻撃に防御手段を持たない赤軍の死体が積み重なった塔の周りの地面はまさに地獄絵図そのものだった。

 戻ってきたメアリを迎えた架名は、彼女が腕を怪我しているのに気づいた。

 「メアリ、大丈夫?!」
 「ええ、これくらい全然平気。早く点検をして爆弾を頂戴。」

 立ったままのメアリに看護役の女性が包帯を巻き、架名がスカートを調べる。問題なし。後ろからメアリの胸に手を伸ばし、膨らみに手を触れながら弾帯の上の留め具を外す。そしてへその辺りの下の留め具を外して弾帯を外すと、すでに爆弾を差し込み済みの弾帯を装着する。

 「よし!」
 「じゃ、行ってくるわ」
 「あまり低く飛ばないで、まぐれでも当たる事はあるんだから」
 「分かってる」

 そのまま飛び降り台に向かおうとしたメアリは、振り向いて架名に顔を寄せる。 そして、頬に唇を押し当てる。

 「わお!」

 周りの人が歓声を上げたり口笛を吹く。

 「じゃあ、行ってくるわ」
 「き、気をつけて」

 そしてメアリは飛び降り台から飛び立つ。架名も、現実に引き戻される。次の女性飛行士が待っている。拡声器が敵が二階まで侵入してきたことを伝えていた。






 「ここも、もうだめだ!」
 「しかしもう後がないぞ!」
 「脱出できるものだけ脱出させろ!それまではなんとしても持ちこたえるんだ!」

   メアリは、次も無事還ってきた。 しかし、還ってこない飛行士も何人かいる。

 「架名、次の爆弾!」

 メアリが叫ぶ。しかし、架名が持ってきたのは小さな赤子だった。

 「睡眠薬で眠らせている。さ、これを抱いて」
 「え、ど、どういうこと!」
 「もう、ここは保たない。君はこの子を連れて脱出して。東へずっと、南よりに飛ぶんだ」
 「架名はどうするの?」
 「僕は残るよ。市民の義務だから。」

 架名の手には、似つかわしくない機関銃が提げられている。

 「私も残るわ。まだ戦えるもの!」
 「だめだよ、小さな子供を逃がす義務が君には残ってる」
 「じゃあ、架名も逃げよう。ね、飛び方は簡単よ、架名は華奢だから……」

 架名はメアリの唇を、自分の唇で塞いだ。 そして、少しの時間を経て、離す。

 「早く。逃げるなら、早い方がいい。大丈夫、僕も死にはしないよ。」

  飛行士達は小さな子供を抱いて、あるいは包帯姿で何も持たずに飛び立った。 そして、塔には帰ってこなかった。




   やがて最上階に立て籠もった九楼政治委員は、ソビ干支軍に対し降伏声明をだした。その時には脱出可能な女性はほとんどが脱出していた。市民軍は、彼らにしてみれば、自分の役割を果たしたと考えていた。しかし赤軍の兵士達は、何故彼らが死ぬまで戦わないのか訝った。そして降伏をなかなか信じなかった。 司令部からの命令で停戦が実施されるまでにはまだしばらくの戦闘が続いた。






 「無駄な抵抗をするな。我々の言うことに従う限り危害は加えない。」

 赤軍の将校はそう宣言した。架名達捕虜はかなり手荒に扱われたが、赤軍の感覚では小突く、はたく、蹴る、胸ぐらを掴む程度は暴力に入らないのだろう。
  架名達は塔の外の野原に一列に並ばされて、職業を告げさせられた。

 「飛行スカート製造技師」

 粗末な折り畳み椅子に座って、粗末な折り畳み机の書類にひたすら書き込んでいた書記官が顔を上げた。そしてわずかに驚いた表情を見せると再び書類に目を落とした。

 「よし、お前はこっちだ」

 列の後ろに控えていた赤軍の兵士が架名を列から連れ出し、鋼鈑張りの貨物車(というより囚人護送車だろう)に放り込んだ。内部には、誰もいなかった。






 メアリは、小高い丘の上に着地した。赤子を抱いた腕に巻いた包帯から血がにじんでいる。すでに感覚がない。これ以上飛び続けると、赤子を取り落としそうだ。
  赤子を地面にそっと下ろし、自分も座り込むと、腰のポーチから包帯を取り出し、血が滲む包帯を取り替えた。

 「とりあえず、休ませてくれるところはないかしら」

 体力が失われているのが自分でも分かる。気を抜くと、たちまち無意識の世界に落ちていきそうだ。けれど、ここはまだ九楼に近い。  地平線の彼方に煙を上げる塔が見える。
 少なくとも通商同盟都市のどれかに辿りつかなきゃ……。



   「はっ」
 メアリは、目を覚ました。
  周りに気配がする。

  もしかして、寝てしまった?!敵がいる?!

 腰に手をやる。上半身を起こしつつ銃を引き抜き、彼女にのしかかるようにしている男に突きつける。

 「フラウ(お嬢さん)、フラウ(お嬢さん)、落ち着いて、私達は敵ではありません。」

 メアリの目が、周りにいる男達の姿をはっきりと捕らえる。そろいのフリッツ型鉄帽、黒い制服、髑髏の徽章。男の顔は、まだ若い。

 「私達は十一(といつ)軍第一〇九強行偵察部隊、揺現素少尉です。九楼の様子を偵察にきて、貴女を見つけたのです。さあ、そんな物騒なものはしまってください。私が軍は九楼の味方です。貴女に危害を加えるようなことはありません。」

 そこまで聞いて、メアリの意識はまた薄れていった。

 「ああ、しっかり、しっかりしてください。おい、頭を動かすな、看護兵、看護兵!」

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