〜飛行スカートの歴史〜

飛行スカートの歴史は浅く、百年足らずでしかありません。
しかしながら、それは人類の夢〜空を飛びたい〜を適える ものであるために、急速に発展・普及しました。

ただし、それは女性の間だけでです。
なぜなら、スカートは履くものだったからです。

女性が空を飛べるようになったこと。
それは、地上からの解放を意味するだけではありません。
今まで置かれていた、従属的な地位からの解放も意味していました。
そして、闘争的な父系社会からの脱却にもつながるものでした。

飛行スカートは、自分以外のものを空中で支えることはできません。
運び得るのは、数枚の紙とか、ほんのちょっとした小物だけです。
だから、物流や経済には、あまり影響を与えることはありませんでした。

しかし、物ではなく、もっと簡単に持ち運びでき、しかも強い影響をもつものがあります。
それは、情報です。

国境を越え、時には海すら越えて飛びかう女性達は、地上の枠組みとは別の、それを超えた交流や 情報網、組織を持つに至りました。
”母達の島”に代表されるような。

そして、人類の半数が強く結び付けられたために、地上の古い諍いや 富、権力を巡る男達の悲惨な闘争は、かなりが姿を消しました。
(完全になくなりはしないにせよ。)
それもこれも、飛行スカートが発明されたお蔭です。
(あくまで、女性だけが履けるものだったというところがミソなのです)。


今日は、そんな飛行スカートがどのようにしてこの世に現れたのか。
三人の女性にスポットを当てて、簡単にお話いたしましょう。









飛行スカートの原形は、百年前に流行していた王朝風の裾が 広がった大きなスカートに由来します。

このスカートは、中に木枠を入れてあり、それで常にひだ飾りのある 裾が広がるようになっていました。
もちろん、これには全く飛行能力はありません。




このスカートを、重力からの束縛を断ち切るために用いようとする初めての試みは、 古い芸術と学問の都市<白草>で行われました。


<白草>は、海辺の断崖にへばりつくようにある都市です。
ですから、街は高低差が激しく、至る所にある階段を上り下りして 移動しなくてはいけません。
そして、常に崖から街に吹き上げる風が吹いているものですから、 スカートで歩こうものならたちまちめくれあがってしまいます。
そこで、この都市にすむ女の人は皆、スカートの裾に錘をぶら下げていました。

さて、ここに一人の歌姫がいました。
高さよりも横幅がありそうな、きわめて巨大な女性です。
(昔は、歌姫といえば巨大な女性が殆どでした。
美声のためなら巨大な体格をもやむを得ないと考えられていたのです)。
名前は、李々・ニッセンといいました。



巨大な体格と巨大な重量を有する彼女にとって、<白草>の生活は実に厳しいものでした。
何処に行くにも階段を上り下りしなくてはいけないのです。
なにぶん百年前ですから、自前の足以外、大した交通機関はありません。
ロバや駕籠は彼女の体重を支えかねましたし。
ですから、どうしても李々は歩かざるをえなかったのです!
その一歩ごとにかかる重力と労苦の大きさときたら!
しかも、李々が歌劇の公演に出る円形劇場は、最上部に位置しています。
そして生活の場は外港につうじる最下部なのです!

けれど、その<白草>の劇場といえば、そこで公演することや招かれることは、古代から非常に名誉
あることだとされていました。
下積みの長かった李々にとって、この公演を断るのはどうしてもできない相談でした。
いくら、自分の体重を支えるのが困難なところでも。

幸い、李々には歌以外に、もう一つ才能がありました
創意工夫する才能です

彼女は、<白草>に吹きあげてくる強い風に目をつけました。

前述した通り、<白草>ではスカートに錘がついています。
風が吹いてもめくれあがらないようにです。
それを、李々は反対に、積極的に風を受けるように改造したのです。
ひらひらとめくれあがるだけでなく、推進力として利用できるように、特別の可動式の枠組み を組み込んだのです。

その試みは、上手く行きました。
<白草>の下から吹いてくる風を、李々のスカートは上手く受け止め、その体にかかる重力の かなりを相殺することができたのです!

・・・ただ一つ不幸だったことは、下着についてはなんの工夫もされてなかったのです。
おかげで、李々の大木のような足が生えているお化けめいた大きさのかぼちゃパンツを、 朝の散歩に出ていた老人がもろに目撃してしまいました。
彼はショックで足を滑らせて、都市の階段をかなり下まで落ちていってしまいました。
(それは、飛行スカートによる犠牲の第一号と言えるかもしれません)


さて、この李々のスカートは、単に重力を軽減することしかできませんでした。

それは<白草>のような高地の段差がある都市では流行しましました。
けれど、誰も、それを飛行に使うことは思い付かなかったのです。

杏を除いて。

杏とは、彼女は、そう、あの誰もが知る名作「おさげの杏」の作者、杏・シャーリィのことです。
(杏が飛行スカートを初めて考案した人であることは意外と知られていません。)

では、どのようなきっかけで杏は飛行スカートを思い付いたのでしょうか。
ちょっと、いまから見てみましょう。



北の極に近い辺境の新開拓地である<王子江戸言葉島>にも、短い夏の季節がやってきました。
それに合わせて、杏の通う学校でも恒例の野外パーティが開かれることになりました。
けれど、杏は「おさげの杏」に書かれている通り元々孤児であって、それようのドレスなど 持っていません。
そこで、彼女の養父は気を利かせて、所用で交易所まで出掛けた時に、杏にあうドレスを買ってきたのです。

けれど彼は、初老になるその歳まで独身であり糞真面目で頑固な農業従事者であって、お洒落とか 女の子とか(妹以外)パーティとかドレスとかにはとんと無縁な生活を送ってきた人でありました。
だから、自分の買ったドレスのスカート部分が、李々の開発した”重力軽減スカート”であること
に全く気づいていませんでした。

そして、杏自身ももともと貧しい孤児であり、お洒落とかには全く縁がなかった上にいつもSFの 世界に没頭していて、「火星人が襲来してくる話」とか「月まで砲弾で飛んでいく話」だとか、「海底 を数万マイルほど超未来科学で作られた潜水艦に乗って公開し、邪悪な世界征服をもくろむ組織とたたかう話」 なんかで頭をいっぱいにしている女の子だったので、買ってもらったスカートが普通 のスカートではないことに、同じく気づかなかったのです。

さて、問題の野外パーティです。
途中までは、当たり障りなく物事は進行していました。
夏の陽光、きらめく草と馨しい花。
木の実やハーブを入れた焼き立てのクッキー、上等の紅茶。
朗らかに笑う若い人々。
その場に、一陣の風が吹きました。
この時期には珍しい、強い長く吹く風でした。
女の子達のスカートが、ふわりめくれあがりました。
杏のスカートは、それはもう盛大にめくれあがりました。
いっぱいに風を受けて。
細身の杏の体が一瞬宙に浮き、爪先立ちでよろめかなくてはならなかったほどに。



当然、杏の木綿のパンツは丸見えです
この状況、普通の女の子なら、傍にいる者の耳が聾になるくらいの悲鳴を二つや三つはあげる
でしょう

でも、杏の少々ずれている思考回路は違います
”恥ずかしい”感情よりも、もっと別の所に繋がったのです
「空を飛ぶにはどのような手段を用いたらよいか」
日頃考えていた問題の、その回答が閃いたのです!


早速、杏は飛行スカートの案を練りました。
図案を描き、小さな模型もつくりました。
(それは現在、飛行博物館に収められています。)
自らのSF小説にも、その空とぶアイデアを盛り込みました。
その小説は当時のベストセラーとなり、一躍杏を作家として有名にしました。





けれど、結局、杏は飛行スカートを作れませんでした。
いや、”作らなかった”あるいは”公開しなかった”のかもしれません。







飛行スカートの実現は、次の少女までまたなければいけません。
杏の小説を読み、それを実現しようと試み、成功した少女の出現まで。












蒙子・フィエは、病弱な子でした。
学校も休みがち、友達もほとんどいません。
だから、恋とか愛とかよりも、本を書かれているような冒険に心をときめかせるような、そんな 少女に育っていました
「火星人襲来」とか、「砲弾で月まで飛んで行く」話だとか、「暗黒大陸を、原住民の元酋長と
金髪少女と一緒に父を求めて冒険する」話なんかに。
そのなかに、とりわけ彼女が愛好した一冊がありました。
それが、杏・シャーリィの作品の一つ、飛行スカートを履いた少女と男爵ネコの物語だったのです。

その物語にでてくる小道具には、とてもリアリティがありました。
特に、”飛行スカート”。
現実に作れそうでした。
そして、それをもし本当に作ったなら、病弱な蒙子も、心ときめかせる冒険に出られる。
そんな気が、したのです。

蒙子自身はひ弱で、力の要る工作作業は苦手でしたが、幸い、彼女には兄がいました。
工作の類が得意で、妹に優しい兄です。

それに、蒙子の家はそこそこ裕福な農園主でした。
他の家の子のように家業の手伝いを要求されることがないので、兄妹には暇が十分ありました。


二人は、”飛行スカート”の製作を始めました。
妹が図面をひき布を縫い、兄が木枠などの内部機構を拵えて・・・。

もちろん、最初はうまくいきませんでした。
試作第一号は、全く飛べませんでした。
第二号は、飛ぶ前に木枠が壊れました。
第三号は、飛ぶことは飛べたのですが制御が出来なくて、蒙子はひどく地面に打ちつけられ、
何日も寝込まなければならなくなったほどです
(そのせいで、危うく娘過保護な親に製作を禁止されることでした)

けれど、何回も何回も、繰り返し繰り返しあきらめず粘りつつ改良に改良を重ねた結果、二人は ついに完成させることができました。

自由に空を飛ぶことの出来る道具。
”飛行スカート”を。




このようにして飛行スカートはフィエ兄妹によって完成をみました。
ただ、飛行スカートはあくまで”スカート”であるために、蒙子の兄はそれを 使うことが出来ませんでした。
それで、飛行スカートは蒙子・フィエの発明品として世界に広まることになったのです。







それでは、物語は再び、現代に戻ります・・・










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