第5回目(7/13)





飛行スカート製作чu天鳥工房」の
主任技師の巣競(すせり)は、今年で26才

なのに、そばかすのある顔には化粧っ気もない
髪はいっつもぼさぼさのを、後ろで乱雑に束ねてる
おまけに眼鏡は分厚くて、フレームも黒ぶちの頑丈無骨なもの

だからちょっと見は、無精な男の子にみえてしまいます
(童顔なのは唯一の救いでしょうか…)



今は新入社員の架名と、新しい飛行スカートの設計について討論している
けど、うっかりすると細面のこちらも童顔な架名の方が女の子にみえかねません




「この支材があると、重量が増えすぎじゃない?今までもなかった
ものだし、削れるところはなるべく削った方がいいんじゃない?」

「いえ、この新型の構造はより気流をとらえて浮カを大幅に上げること
が出来るはずです。だから、むしろ重量より強度を重視すべきです」

「ふーむ、模型の風洞実験だとどれくらい上っていた?」

「45%〜60%ですね。実物だとそこから
10%は引かなくてはいけないでしょうけど」


「単純計算しても強度は1・5倍か…確かに支持材は必要かな、後で
力積実験をしておこう。じゃあここも金属部品を使った方がいいな」

「出来れば軽くて竪い白色鋼を使いたいですね」

「あれは高いから、単価が高くなるなぁ…この辺は社長と相談しないとね」



二人は今、新型スカートの製作に四苦八苦してる

けれども、社長が掲げた高い目標がクリアに近づきつつあるのは確か
50kg〜60Kgの人も飛ぶことが出来る飛行ス力−トの製作は、
順調といっても差し支えないくらい

(いや、それ以上の重さの人でも飛べるものが出来るかもしれない)





今までの飛行スカートでは、せいぜい50kg弱の女性しか飛べなかった

確かに女性は小柄だし、体格の割にも軽いのだけど、それでも50kg制限は辛い

(だからこの不況化でもダイエット産業は大はやり)


その制限を破る新製品を出すことが出きれば、大ヒットは間違いなし
飛行スカート業界の一大革命といってもいいと思う


そして、それが成し遂げられつつあるのも、仮名という
大学出の男の子の力によることは、巣競も認めざるをえない。
中等学校を出てすぐ最初の工房に入り、
その後いくつかの工房を転々としながら
「見て覚えろ」で修行してきた叩き上げの彼女には、
ちょっと悔しい



大学出ってのはこんなにすごいのかな…
それとも仮名が特別優れてるのかな…




比較対象の相手(つまり大学出)がいないので、それは分からない事だけど




ま、社長がなにを考えてこの子を入れたかは、分かった

(よく見つけてこれたもんだ)

なんにせよ、張り合いのある職場はやりがいがある













「はい、お茶どーぞ」


こちらも新入社員のメアリが、
各人専用の湯飲みにお茶を注いでくれる

ふわふわの髪にお肌ぴちびちの十代の少女は、
今のところ全然役に立っていない

一応テストパイロットとして入ったんだけど、
することなくて、また出来ることもほとんどない

(本当に、今時のただの女の子!)


だから今は雑用係

皆のちょっとした手伝いやお使いをしている
(お茶くみとかお掃除とか手紙出しとかね)





そのメアリに、ようやく出番がまわってくることになった
新型飛行スカートの試作版が完成したのだ!

















さっそく天鳥工房の一行は、郊外の丘の飛行場に繰り出す

メアリは学生時代の競技用飛行服を着て大張り切りだ
今まで役割がなくてなんとなく居心地が悪かったのが、ようやく払拭できる

前の休日には、自前のスカートで一日飛んで、
勘も取り戻したし技量を再確認もした




そしてついに今日

さあ、飛ぶわよ!

と気合をこめるメアリに、仮名が声を掛けた



「あ、メアリさん、飛ぶ前に体重測って」



はぁ?!


「な…なんでそんなこと…」

「限界重量を知りたいんだ。60キロに足りない分は、重しをつけるから」



その大きな荷物は体重計だったのね…
けれど、この仮名って子(年上だけど)分からない

と、メアリは思う


女性に体重を聞くのが失礼な事くらい知ってるでしょうし、
私がたじろいでるのも平然と見てる


大体男の子って、女の子とは仲良くしたがるものだし
(特に可愛い子とは)
そうしないのは容姿に自信がないとか内気だとか
そういうなにか理由があるものだけど

仮名にはそれが見当たらないし…


メアリに対する態度も
常識的でまっとうで丁寧で親切で爽やかとすら言えるんだけど…

どこかよそよそしい
どこか冷たい感じもする


まさか…同性愛者なのかしら!
でもその割には社長とか巣競さんなんかとは熱心に喋ってるし…
おばさん趣味なのかも!



「どうしたの?」

「あ…何でもない…やっぱり計らなきゃだめ?」

「正確に知りたいからね」



今の仮名の顔、すっごく事務的だ

こいつ、顔はいいけど絶対女の子にもてないよー!



「メアリ、早くしな」



巣競がじれてせかす
他の社員もじれている

仕方なく、メアリは体重計に足を載せる


ここで拒んでも、メアリの代わりに誰かが飛ぶだろう
飛行スカート工房にいる人は、たいていが腕に覚えのある人だ

はっきりいってテストパイロットというのは特に要らなくて、
メアリはお情けでいるようなものだ

飛ばなかったら、その危うい存在意義すら失われてしまう



だから、観念して、計に足を載せる。


ぶるぶるんと針がまわった

振動を止めた数値は…



「45キロ」



う…また太ってる



「じゃ、袋3つにして5キロづつ詰めましょう」



皆は土を堀り麻袋に入れ、計りを使って重さを調節した

それを腰の飛行スカート装着ベルトに下げると、
メアリは自分がずいぶん重たくなった様に感じる



こんなので本当に飛ぶのかしら









風が吹く頂上へ行く
さ、飛行開始!



従来品よりかなり大きく張り出したスカートが、風を受ける
とたんに、メアリーは体重が消えるのを感じる

一瞬、自分が消えるような感覚
足先から溶けてゆくような感覚
いつもと同じ感覚

いや、軽くなり方が強すぎるか!



メアリは、細心の注意を払ってバランスを保つ



これは普通の人にはちょっと乗りこなしが難しそうね…



そして、爪先が宙にふっと浮くその瞬間に身を躍らせる
新型スカートは、見事に空を飛んだ…






「思ったより空中での安定はいいわ。普通のよりいい位。
ただ、離陸するとき揚力がありすぎてコントロールが難しいわ」



「そう…じゃ、重さをあと5キロ増やして試してみよう。
この後も5キロ刻みで80キロまで試してみようと思うけど」

「えっ!」

「ああ、でも少しでも離陸が重さで難しいと思ったら無理せずすぐ言い
なさいね。あんまり高度な技量を要求するスカートじゃ売れないしね。」



「じゃ、また飛んでみて」



「はーい…」









今日は、メアリにとって久々に疲れる一日だった
けれどテストパイロットとしての初仕事も、
飛行スカートの試験飛行も、まずまずの成功だった



その日のメアリの夢見は、とても良かった




























”母の島”は揺れていた


乱気流に呑みこまれたのではない
中での議論がこじれたのである


なかには”母”たちが定員ぎりぎりまで集合していた
それが、二派に分かれて争っていた

一方はやや歳上の者が多く、数も多い
一方は、新しく”母”として入った比較的若い女達





議題は、欧国内戦にかかわるか否かであった
古株の母達は、当然ながら係わりを拒否しようとした

無差別医療行為を除いて、弱者が犠牲になり
夫や子供を戦地に送らねばならなくなる戦争には
いかなる大義名分があろうとも絶対にかかわらない

これが”母”達の不文律であったはずである

だから、今回の議論も全会一致をもって決まるはずだった
当然、戦争協力は拒否すると







ところが、初めて反対が出た
反対者は、若い”母”達だった

老齢や肥満で飛べなくなった”母”達に変わって
地域婦人会で選出された新しい”母”達

彼女達は、戦争の一方に協力すべきだと主張した



「今回の戦争において、悪ははっきりしています。連合軍に
協力し、早期に独裁者を打倒することが、連合軍、人民戦線
将兵のみならず独裁者側の国民を救うことにもなるのです!」




確かに、今回の戦争は独裁者の圧政と侵略が原因だった
彼女達の言うことにも、理があるように見える



けれど、物事の善悪はそれほどに単純なのか?
大勢の人が関わる事に、明瞭に白黒をつけることができるのか?

そして、一度戦争協力の前例をつくってしまえば、
あとはいいように列強の掲げる正義に振りまわされて、
抑制のない悲惨をうみだすのではないか?





若い”母”達は、そんなことを考えたこともないようだった


おそらく、かなり国粋的な教育を仕込まれ、
教えられたとおりのことを信じ、語っているんだろう


今や、教育を行うのは母ではなく、国が管理する学校になっている





義務教育の拡張充実運動を進めた結果がこれか…

”母なる母”は、ほぞをかんだ





しかしながら、ある助言に従って事前に打っておいた手、
若い”母”達が占める席を、古株の母達のそれよりも
ずっと少なくしておくは効を奏した



”母の島”において、多数決により戦争協力拒否の議決が採択された




















ここはとある将軍の執務室


「50kg以下というのは、明らかに我が軍の徴兵基準以下で
あります。さらに小銃、爆弾等の装備がありますから、実際
には40kgを下回る体重でなくてはならいかと存じます。」

「そんな男が使いものになるか!では女を…」

「例の”母”達が拒否するでしょう」

「黙らせ…」

「るのは無理です。つい先だっても協力要請を拒否された将軍が
国家反対防止法を適用しようとして、奥さんに家から放り出され
門の前で土下座をするはめになりました。はっきり言って、彼女達
抜きでは銃後が維持できません。細君に逆らえない将兵が大部分です。」

「教師どもは何をやっとるんだ。国家に奉仕することが
最も大事なことだということくらい何故教えられん!」

「成果は上がっているという報告を受けますが…」

「全く、何か良い手はないものかな…前線を超えて奇襲を
かけることが出来れば、敵など一挙に撲滅出来るのだがな。」



















新型飛行スカートが発売されるや、それは大ヒットした

なにしろ、制限体重を一気に20kgも引き上げのである
ちょっと太目の子や体の大きい子は争うようにして求めた

販売店の前には売り出しの日から連日長蛇の列


そのなかに、ちらほらとごつい男の姿があった…






「お、おじさんが買うの…?」

「あ、いや娘のプレゼントにね」

「ああなるほど、いいお父さんですね。娘さんおいくつ?」

「じゅ…えーと、じゅうはち…」

「あら、結構大きい娘さんね、でも大きくなって飛べなくなる人多いんですよね」

「ああ、まあ、そうなんだ…」

「サイズは?」

「サイズ…あ…」

「いちおうこれ5サイズありまして、あんまり違いすぎますと
入りませんから、娘さんのサイズ、聞きにくければこっそり
お母様などからききだしてくださいね、大体でいいですから」

「あ…ああ、そうする。また来るよ」

「はい、お待ちしてます」








このスカートが世界を揺り動かすと予想していたのは、
ほんの数人でした…






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