第6回目(10/12)





塔状都市九楼の中央を貫く螺旋階段。
夕日の光を浴びながら、架名はその階段を下っていた。
ゆるやかな周を描いて、家路を下る。

行き交う人々。
穏やかな時。
もうすぐ電灯が点る時間。
明日は休曜日。

けれど、架名の顔はあまり晴れない。
彼は明日、メアリとデートする約束をしていたから。
(そこに至るまでに、いろいろと事情があったのであります)







階段の九層目の踊り場。
その街灯の下に、一人の女性が立っていた。

都市の頃は20代後半〜30代前半。
黒い服を着て黒い髪を結いあげた、きれいな人。

別に不思議な光景ではない。
踊り場の街灯は、待ちあわせによく使われる場所だ。

恋人か夫か友達かそれとも子供か、誰かを待っているのだろう



だから、架名は気にも止めず通りすぎようとした。



「ねえ、君」


後ろから声を、かけられた。
かけたのは、さっきの街灯の下の女性。



「私とデートしない?」



デート?



架名は、一瞬、言葉を返せない。

女性は、階段の上から屈みこむように、
戸惑う架名の顔に顔を近づけた。

吐息がかかる位。



「こんなおばさんとじゃ、嫌?」



知らない女性からの誘い。
娼婦か、それとも有閑婦人の火遊びか。

いいや、違う。
なぜなら…

架名は彼女の手を取り、古めかしい礼をした。



「とんでもない、光栄です。あなたのような美しい女性にお誘い頂いて。」

「じゃ、行きましょうか」



黒衣の女性は、架名の腕に自分の腕を絡めて歩き始めた。
















暗い照明。
酒の匂い。
置物や花、タペストリー、植物で、巧妙に隣のテーブルと仕切られた間取り。
典型的な密会用の酒場だ。
そこへ、女性は架名を連れて入った。
奥まった席に案内される。



「飲み物は?」

「そうですね…」



架名はメニューをぱらぱらとめくる。



「じゃ、発酵茶を」



ぷっ、っと女性が吹き出す。



「酒場でいきなりお茶なの、架名君」



告げてもいない、知るはずもない架名の名前を口に出す彼女。



「ええ、でも、酔って出来る話をするのではないでしょう」



女性の笑みが、静かなものに変わる。



「賢明ね、姉君に似ているわね。」

「光栄です、”母の母君”」

「名前は夜織(よぉる)よ、よろしくね」

















酒場には、緩やかな音楽が流れていた。
自動オルガンの雅な音色。

それに混じって、様々な男女の声が混じる。
ささやき声、甘い声、押し殺したあえぎ声。





そのなかで、架名と夜織は話を続ける。



「飛行スカート、また新型を出したのね」

「今度のは、前の型を少し改良しただけです」

「限界重量を5キロも増やしたわ。貴方の設計ってすばらしいわね。」

「どうも、恐れいります。純粋に僕の設計の成果とは言いかねるのですが。」

「大人気よ、皆争って買っているわ。男の人まで。」

「…」

「軍隊でね、こんど新しい部隊が創られるという情報が入ったの。飛行部隊よ。」

「…初耳です。」

「あなたが学生時代に軍に誘われていたことも知っているわ」

「…たいした情報網ですね」

「女性には気をつけたほうがいいわよ」



架名は溜め息を吐く。
脳裏には、ある少女の面影。



「…確かに。けれど、僕が軍の意向を受けてあのスカートを作ったと
いうなら、それは間違いですよ。それなら軍の研究所にいますよ。」



夜織は、グラスの酒をあおる。
架名は冷めて来たお茶をすする。



「そうね、それは分かっているわ。でも、あなたの目的はお金でも名声でもない。
それなら独立で作っているわよね、自分の工房。自分の名前で売って、大儲け。
でも他人の工房の雇われでは規定の安月給だけ。」

「特別賞与は頂きましたよ。」

「たかがしれてるわ」

「それに、飛行スカートの開発は、男の僕だけでは出来ませんよ」

「あら、あなたには姉君がいるじゃない、最優秀の飛行家の。
それに女友達も多いでしょ、あなた、可愛い顔してるもの」

「そんなこと、ありませんよ。姉は僕の言う事なんか聞いてくれませんし。」

「んー、そうかしら、調査では…でもまあいいわ。
それよりも聞きたいのはね、ずばりあなたの目的」

「目的…技術者としてより高度なものを求めている、ではダメでしょうか」

「うん、信じられないわ。だって、あなたはもっと…
賢いもの。少なくとも技術バカには見えないわ。」

「買いかぶりですよ。」

「…率直に言うわね。”母”達は、今以上の
重量に耐える飛行スカートを望んでいないわ。」

「でも、僕でなくとも誰かが作りますよ。それこそ、軍でも。」

「抑えるわ。私たちの力はどこにでも及ぶもの。」

「…お言葉ですが、無駄な事です。もうあれは世にでてしまったのですから。
それに、空を飛ぶ手段は他にも発明されますよ。熱された空気や軽いガスを
使って飛ぶ方法、動力を用いて揚力を得る方法。他にも、すでにいろいろと…」

「ごめんなさいね、私、科学は苦手なの。でも、あなたは男の子
だから、空が男の支配下に置かれたらどうなるかは分かるでしょう。」

「でも、技術の発達は止められませんよ。歴史をひもとけば分かることです。」

「…あなたとは、もっとじっくり話し合う必要がありそうね。」



夜織は、空になったグラスを置いた。
架名の茶は飲み干されないまま冷えている。
夜織は、給仕を呼んだ。



「ちょっと、お勘定をお願い。」

「僕が払いますよ。」

「まさか、歳下におごられる訳にはいかないわ。」

「これでも一応、男ですから。」

「いいわよ、そんな無意味な見栄をはらなくても」

「いえ、見栄ではないのですが」

「いいの。まだ次行くんだしね」

「次?」


架名の顔に、かなりの戸惑い。
夜織はそんな顔をみて、まぁ可愛いと内心で思う。



「そう、次。まだ夜は長いのよ。それに明日は休みよ。」

「いえ、僕、明日は…」



そのとき、勘定書が差し出された。
夜織は金を払い、席を立つ。
そして、架名の手を取る。



「じゃ、行きましょうか」


















朝。
いつも冷静で規則正しく早起きな架名がめずらしく慌てていた。
目覚し時計の声とどたばたという音で目が覚めた姉が、起きてやってくる。



「あら、どうしたの、休みの日にこんなに早く」

「うん、ちょっと用事があって…」

「あら、めかしこんじゃって、もしかしてデート?!」

「うん、まあそんなとこ」



姉は口笛を吹く。



「やったじゃない、架名にもようやく春がきたってわけね!」

「うん…まあ…」

「なによ、浮かない顔して。もっとしゃきっと
しなさい、そんなんじゃすぐ振られてしまうわよ」

「うん…」








待ちあわせの場所に架名は急いだ。
映画館街の前の階段広場の一番螺旋階段寄りの街灯の下。
よりによってそこはかなり上層階。
懐中の時計をみる。

ほんの少し、時計の誤差くらいに遅れている。
あせる架名を乗せて、螺旋電車はゆっくりと外郭軌道を登って行く。

最寄りの停留所にようやく降りた架名は、階段を駆けあがる。
街灯の下、すごく少女趣味な、リボンいっぱいの白い服を着たメアリがみえる。


やっと着いた…

でもなんだか、彼女は怒っている。
近づいてみると、とても怒っている。
みたい。

まさか、ほんの少し遅れただけで?!



「ごめん、待った?」

「待った。とっても。変な奴に3回も声掛けられた。
大体、男の子は先に着いて待っとくものでしょう?!」

「ごめん」



理不尽な、と思いつつ、架名は謝る。
まあ、遅れたことは遅れたのだし。



「それに私、見たの。架名が女の人といかがわしい所に入っていくの。あれ誰?」

「知り合い」

「知り合いって誰よ。」

「いや、誰といわれても…」



どう説明するか迷った架名に、メアリはつかつかと歩みよる。

そして、平手打ち。





「最低!」



そして、つかつかと去って行く。
頬も痛いけど、周りの人達の視線が痛い。
くすくすと笑うカップル、苦笑するおじさんおばさん達。

架名はしばし茫然と、その場に立ち尽くす。






なんで知ってるんだ…















翌日、架名は工房に出社した。
メアリも当然出社した。
架名は横目で彼女の様子を窺う…





やっぱり、まだ怒っているみたい。
つんとすましている。

特に架名と目が合うと、ぷっとふくれて横を向く。






…どこかで誤解を解くか機嫌をとらないといけないのだけど
今日は声をかけるのはやめよう







そう思って、架名は図面に戻る。
そんな彼に、巣競が気軽に声を掛ける。



「おい、架名、メアリなんだか怒ってるけどどうしたんだい。
デートでなにかへまでもしたのか」

「なんで巣競さんがデートのこと知ってるんですか?!」

「そりゃまぁ、同僚だし、いろいろとね」

「…」

「でもちゃんとフォローはしてやれよ、男の子なんだから。」








…この世界は、つくづく女性優位な世界だと、架名は思った。











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