第7回目(4/8)





姉さんになら、きれいな布地がいい。
姉さんは、自分の服を作るのが好きだ。
僕には作ってくれないけれど。
(昔、下手だったころに作ってもらったきり。)

メアリに贈るのも布地でいいだろうか。








「その子は裁縫できるの?」
「うーん、しているの見たこと無いけど……多分出来ないと思う。不器用だし」
「それじゃ単なる嫌味じゃない。バカな子ねぇ」
「じゃ花かな」
「あれも、もらっても結構邪魔になっちゃうからね。そうね、
食事に誘いなさい。美味しい店、少しは知ってるでしょう」
「うん、まあ。でも……」
「でも?」
「高いんだ。すごく」
「そういう店なら問題ないわ、上出来よ」


















聖人祭は、歳の一番最後であり最初の日。
一年のもっとも神聖な日。
外食業者と小売業者とその他諸々の職種の人にとって最大の勤労日。
男と女の勝負の日でもある。

尖塔都市の内部は色硝子電灯に照らされて、
聖人や冬、星にちなんだ飾りつけが至る所できらきらと輝き、
色とりどりのとっておきの晴れ着を着た人々が狭い
立体街路や螺旋階段を賑やかに行き交う。







満員のレストランで、メアリはかなり機嫌をなおしていた。
聖人祭にちゃんと男の子に誘われて(それも結構かっこいい)、食事をしているのだから。

そう、ここは高級レストラン。

蝋燭の灯りが室内を照らし出し、腕の良い楽士が
ゆるやかに軽やかに鍵盤を弾いている、そんなお店。

白磁の皿に、銀の食器、ちんまりと盛られた外国料理。
磨き上げられた黒檀のテーブル、天鵞絨張りの椅子。
黒づくめの身なりのよい給仕が恭しく蔓果酒を注ぎ、満ちるのは静かな笑いさざめき。
そんなお店で、大人っぽい衣装の自分が、男の子と向かい合ってる。

メアリがずっと憧れてたシチュエーション。










メアリは、自分でも自分のことを結構可愛いと思っている。
(そしてそれは、まんざら外れてもいない)

なのに、聖人祭で、あんまり可愛くない子だって相手の一人や二人は
見つかる聖人祭で、誰にも誘われなかったらちょっと惨めになる。
今年はそうなるかなと思ってちょっと憂鬱だったのだけど……

でも、結果的にはこうして高級店で見つめ合ってる。



まあ、相手があんまり積極的でない架名だから、
満足度100パーセントというにはなにか足りないし……

それに、彼については色んなこともあったし。





でもまあ、ここは寛大に、水に流してあげましょう。
このあとの展開次第では、ほっぺにキスくらいは許してあげましょう。

それ以上を求めてきたら……きゃっ、どうしよう!

でもでも、私ももう大人だし……
























一夜の陶酔が冷めると、人々はまた日常に戻って働き始める。

働かざる者喰うべからず。
特に、九楼のような工房都市の住人は。



聖人祭の余韻の残る街角からも、飾り付けが外されポスターも剥がされてゆく。

すると、それに取って替わるように、ある別のポスター
が九楼の壁の至る所に見られるようになった。



黒を背景色に、角張った勢いのある書体で書かれた赤い文字。
中央には、手を振り上げた長髪の、二十代後半とおぼしき青年の姿。

それは、講演会のポスターだった。

日時は、一週間後。
場所は、塔の最下部会議場(臨時)。
主催 九楼商工同盟会議・国家社会主義平等党
講演者は、ポスターに描かれた人物。
彼は、男女同権を唱える、ある国の政治家だった。

演題は「男女間の職能・表現における差別撤廃について」























架名は今、仕事に集中していた。
今、天鳥工房では、変わった新製品を開発している。

名付けて、落下防止傘。

名付けてもなにもないそのままの製品だった。


スカート飛行は、そのバランス調整が難しい。
また一世代前の飛行スカートは、天地がひっくり返ると閉じてしまう物が多い。

それに最近の新型の流行で、いままで体重の制限で飛行スカートで飛べなかった
運動に縁のない、あるいは年のいった者が飛ぶようになった。



その結果、スカート飛行中の墜落事故が大幅に増加していた。



このままでは、飛行スカートの販売について
居民委員会から制限・禁止勧告を出されてしまう。

そうでなくても、危ない。



落下防止傘はその対策として考え出された。
考え出したのは、架名自身。
仕組みは、さほど難しくない。

一定以上の速度が出る、つまり墜落して危険な速度になると、背中に
畳まれた傘状の布が開いて、その速度を和らげるというものである。


ただ、こういう物の常として実際が理屈通りにいかない。

計算し、
設計し、
縮小模型を作り、
計測し、
理論値のずれを計算し、
再設計を行い、
模型を改良し、
計測し……
を何度も何度も繰り返すことになる。

縮小模型実験でうまくいっても、実物大模型計測がある。
さらにはテスト尾パイロットによる、実際試用も。

そこで縮小模型どおりの結果が出るとは限らない。
むしろ、うまくいかなくて再設計となることが多い。

架名は、そういう困難な仕事の緒についたばかり。
仕事は山積みだった。





「か〜な〜」
「ん、なに」



架名は、図面から少し疲れ気味の顔を上げた。
そこには一人だけ暇な、にこやかなメアリの顔があった。

彼女は先週の聖人祭以来、上機嫌だ。
こころなしか、声も甘い。



「ねえ、明日休みでしょ。何か予定ある?」



もちろん「いいや、別にないけど」というのが、
メアリの予想していた答えだった。

実際の架名の答えは、違った。



「うん、僕はちょっとね。」



たちまちメアリの上機嫌がひっこんだ。
眉の端が吊り上がる。



「何?ひょっとして、私に言えないこと?!」
「……いや、隠すようなことじゃないよ。これだよ」



架名は、机の引き出しから四つ折りのチラシを取り出した。
受け取ったメアリは、それをがさがさと広げた。

黒を背景色に、角張った勢いのある書体で書かれた赤い文字。
中央には、手を振り上げた長髪の、二十代後半とおぼしき青年の姿。
演題は「男女間の職能・表現における差別撤廃について」



「なぁに、こんなの行くの」
「まあね」
「ふーん」



メアリは、架名とチラシを見比べる。



「いいわ。これ三時まででしょ。つき合ったげる
から、その後で私の買い物にもつき合ってね」
「えっ…?」
















そして、明くる朝。
午前九時五十分。
架名は、中央螺旋階段を一階の待ち合わせ場所に向かって駆け下りていた。

階段脇の街灯下、塔頂から降る陽光が明るく照らすベンチ。
そこには、もうすでにメアリが腰掛けていた。

赤い肩掛けに白い冬物の綿の上着、冬だというのに短いスカート、黒いソックス。
踊り場広場の時計を見上げながら、茶色の靴を履いた足をぶらぶらさせている。



「おはよう、メアリ」
「あら、早かったわね」



メアリが階段の方に振り返る。
にこにこと、朝に相応しいさわやかな笑顔。

架名はてっきり、彼女の事だから「遅い」とか文句を言ってくる物だと思っていたのに。

意外だ。

まあ、良かったけど。

でも、なんとなく気持ち悪いというか、消化不良というか……




「さ、いきましょ」

メアリに腕を組まれた架名は、違和感を感じつつも、会議場に向かっていった。

そこには、すでにたくさんの人が詰めかけていた…










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