第8回目(9/9)

講演会は、ほんの一時間ほどで終わった。
吐き出される群衆とともに、架名とメアリも外に出た。

「うーん、まあ、思ったより退屈じゃなかったわね」

唇に指を当てながら(彼女の考えるときの癖だ)メアリは言う。
架名は無言で頷く。

「お腹空いちゃったし、どこかでお昼食べない?」
「そうだね」





メアリに連れていかれたのは、幸い、店外に置かれたテーブルや椅子で野菜や肉を挟んだパンを食べる、配膳自前の安い軽食屋だった。

「まあ、確かに変なことは変よね。女は男の格好してもおかしくないのに、男は女の格好をしてると変態扱いだもんね」
「社会の構造がそうさせているんだよ。社会が是とする基準は男性のものだから、女性が男性になるのは可だけどその逆は許されないんだ」
「また難しい言い方を……ぶー」
「ようするに、単純な理屈じゃ割り切れ無いってことだよ。想像してみて。君のお父さんがもし君のドレスを着て出てきたら……」

ぶっ!

メアリは口に含んでいた清涼飲料水を吹き出した。

「うわっ!」
「げほげほ、あ、ごめんなさい〜!」

メアリは拭くものを求めてきょろきょろする。
架名は隣のテーブルを拭いている店員に布巾を貸してもらって、それでテーブルにこぼれた液体をぬぐった。

「ごめんね、でも架名が悪いんだよ、あんな事言うから。あ〜もう夢に見そう」
「それは悪かったね。でも、理屈では男が女の格好をしてもおかしくないと思っても、感情がついてこれないって分かっただろう」
「うーん、そうね。でもあの時はそう、そうよねって思ったんだけど、口が巧いのねあの人」
「それでのし上がった人らしいから」
「でもね」

メアリは頬杖をついて、すこし顔を傾けながら、じ〜っと架名の顔を見つめた。
あんまり見つめるものだから、いつも冷静なポーカーフェイスを崩さない架名も少したじろいだ。

「な、なに?僕の顔に何か付いてる?」

手にしたナプキンで唇の辺りを拭う。

「ううん、そうじゃなくて」

メアリはかぶりを振る。

「架名は女装が似合いそうだな〜って」

ふふっ、とメアリは笑いを洩らした。
架名は尾てい骨から背筋に悪寒が走るのを感じた。

「ねえ、今日は空いてるんでしょう。私の部屋にこない」













実家から離れて一人暮らしをしているメアリの部屋は、尖塔都市のかなり上の方、集合住宅の二階にあった。
白土の壁はひび割れもなく、赤木の柱や梁に所々吊り置かれている観用蔓植物の緑が美しいので家賃を聞いてみると、意外なほど安かった。
おそらく、完全紹介制なのだろう。
(つまりつてがあるって事だ)。

「入って」
「お邪魔します」

入った部屋の中は、やや手狭に感じたがきれいで、まあ女の子らしかった。

壁紙は流行の薄い植物文様。
黒硬木の卓に椅子。
卓の上には真鍮の水差し。
床は木目も美しく、ぴかぴか。
壁の衣装かけには飛行スカート一式が掛けてある。
流しに水垢もなく、食器は横の網棚にきれいに並べている。
窓は大きめで反射された陽もよく入る。

メアリは部屋の向こうの布の仕切の前で手招きした。

「こっちこっち、さあ来て。あ、その前に鍵掛けてね」

えっ!

架名は少し赤面する。

こういう形式の一人用集合住宅では、仕切の向こうはたいてい寝室だ。
女の子の寝室。

そんなところに男をいれるなんて、ちょっと無警戒すぎないか?!

「早くきなさいよ〜」

でも手招きされるので行かないわけには行かない。
たしなめたりすると余計に変な雰囲気になりそうだし。

真ん中で切れ込みの入った仕切をかき分けると、やはり寝室だった。

白い寝台には、白いシーツ。
ここはちょっと乱れている。
枕元に本が数冊。

架名は人の蔵書には興味を覚えるたちなので、横目で題名をみてみると。

「飛行スカート航空原理入門」
お、ちゃんと勉強してるんだ。

「最新装飾〜飛行スカート特集〜」
女の子らしい本、でも、仕事の為かな。

「快翔〜夏号〜」
これは飛行競技の本だ。そういえばメアリは学生時代選手だって言ってたな。

そして、最後、シーツの中に半ばくるまってる本。
「陽気な丘……」

ぶっ……
架名は慌てて目をそらした。

これは、なんというか、女性向けに書かれた本だ。
いわゆる、あまり風紀的によろしくない地下出版本。
昔姉がこっそり持ってるのを見つけてしまい、しかもこっそり盗み読みしたのがばれて、姉は母に、自分は姉にこっぴどく叱られたことがある。
内容は田舎の美少女が都会に連れてこられていかがわしい宿でいろいろいかがわしい事を仕込まれてという事をやや擬古の入った文体で書いた、すごく過激で倒錯的で変態的なものだったはず
。 まだ幼かった架名などは興奮を通り越してちょっと気持ち悪くなったほどだ。
(書かれていることが全て完全に理解できなかったのはむしろ幸いだった)。
思春期の女の子はかえってこういうのに興味をもつことは知っているけど……

しかし、目をそらせばそらしたで、次に目に入ってくるのは開けられた箪笥からこぼれかけてる白い下着だったりする。
いわゆる見せる下着でなくて日常品だから余計に……余計に何だ?!

いけないいけない。

メアリはこちらにお尻を向けて、別の箪笥の中からなにか探している。
服の上からでも分かる、結構大きな形の良いお尻をしている。
運動選手だったんだからそれはそうだろうけど、いけないいけない。

メアリはどちらかというとさっぱりした感じで清楚といえば清楚な感じなんだけど、けれど寝室の空気は甘い匂いが立ちこめているようでいけないいけない。。

そんな架名の苦悶も知らず、メアリはお目当ての物を探し当てたようで上機嫌でこちらに振り向く。

「ほらっ!」

メアリが掲げているのは、白いブラウスに紺のスカートだった。
よくみると校章が入っている。
学校時代の制服だ。

メアリは鏡を前に架名を立たせ、自分は後ろにまわって手を架名の前にまわしブラウスを合わせてみる。

「ほら、これ持って」
「こ、こうかい」

ブラウスを架名に持たせると、メアリはスカートを合わせた。

「ほら、すごく似合ってる」
「そ、そうかな……」

鏡には短髪のボーイッシュな少女が映っている。

「ね、服脱いで。実際に着てみてよ」
「え、ええ……?!」
「ほら早く」

メアリは架名の返事も待たず、服を脱がしていった。
上半身がさらけだされると、メアリは小さく感嘆の声を上げる。

「すっごーい。架名って女の子みたい。お肌もきれいだし。本当に男?」
「男だよ、間違いなく。もうやめにしないかい」
「胸さえあればね、女の子そのものなんだけど」
「君もね」
「なんですって、どういう意味よ!もう許さない!」
メアリの腕力は意外と強かった。

架名は顔と頭はいいけれど運動の類は全くだめだった。
あっさりとパンツ一枚にされる。

「あ、ちゃんとついてるみたいね」
「当たり前だよ」
「ここまできたら観念しなさい。大人しく着るのよ!」

そして制服少女が一人、出来上がった。
サイズはなぜかあつらえたようにぴったりだった

「可愛い〜」

メアリが前から抱きついてくる。
「お、おい、よしなよ。女の子同士って抱きついたりするものなのかい」
「うん、そうだよ」

そういえば、姉も昔はよく抱きついてきたものだ。
あれは姉弟だからだと思っていたけれど……

「だって、抱きしめるのって、気持いいじゃない」
「もし男同士だったら、そいつは間違いなく変態でもう明日からは誰も口をきいてもらえなくなるね」
「ふ〜ん、男の子って意外と不便なんだね」
「まあね、不便と感じたことはないけど」
「架名だったら抱きつかれそうな気もするけど、そーいうこと無かったの?
」 「すごっく気持ち悪かったよ。で、放してくれない?」
「や。もうちょっとこうしてる」

口調が幼児化している。
困った……。

メアリは女の子同士の感覚かもしれないけど、いくら女装が似合っても架名は男だ。
胸元に押しつけられる見た目以上の胸の感触も、あるいは彼女の膝頭がこちらの太股の間に押しつけられるのもたまらない。

仕方なく、架名は最後の手を使った。

「君のお父さんと隣のおじさんが抱き合っているのを想像して」
「げっ!」

メアリが両手を広げて飛び退いた。

「ちょっと、気持ち悪いこと言わないでよ」
「……なかなか男は女になれないね」
「あら、そうかしら。ねえ、架名。このまま外に出てみない」
「ええ?!」
「大丈夫、ばれないわよ」
「ばれるよ」
「大丈夫、下の階には行かないから。ほら行きましょ!」


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