第9回目(12/24)

メアリの手は暖かい。
彼女と手を繋ぎあって休日の歩道を歩く。
それは、本来なら心躍る情景かもしれない。

でも、どうしても架名はそんな気になれなかった。
道行く人の視線は気になるし、それに足の付け根がいやにすーすーする。
ついつい内股になってしまう。
スカートってこんな感じなのか……。

「こらこら、そんなおどおどしないで胸を張って」
「そんなこと言っても……」
「大丈夫よ。絶対ばれないから、私が保証する。胸だってパットを入れてるんだし」
「ひょっとして、メアリも入れてる?」

メアリの眉が吊り上がる。
彼女の手が素早く動き、ばっと架名のスカートがめくれお尻がみえる。
「きゃっ!」

一斉に振り向く通行人達。
慌ててスカートを押さえる架名。

それをみて、メアリはお腹を押さえて笑っている。

「なに今の声、ほんとに女の子みたい〜」
「ひ、ひどいよ」

架名の顔は真っ赤だ。

「やった、白だ」
「白だったぞ」
「最近の娘さんにしては良い心がけじゃのう」

そんな声が小さく周りから聞こえてくる。

「良かったわね。パンツも私の履いてて」
「……君は恥ずかしくないのかい」
「ううん。それ捨てるから。架名こそ嬉しそうな顔しなさいよ。世の中にはそーいうことがしたくて泥棒までしちゃう人だっているんだよ」
「僕はそんな人じゃないよ!」
「えー。男の子ってみんなそうだと思ってだけど」
「違うよ!もう帰ろう。知り合いに会ったら大変、僕は変態になってしまうよ」
「つまんない冗談」
「冗談じゃない!」
「えー、このまま外(塔状都市の外)までいこうよ。気持いいよ。そうだ、スカート飛行教えて上げる」

それを聞いて架名は少し、ほんの少し、戸惑った表情を見せた。
けれどすぐに首を振った

「いやいいよ、君ももう気は済んだだろ、もう僕は帰るよ」


その時、二人連れの若者が架名とメアリの前に立った。
きれいに櫛をいれ油で固めた髪にしみ一つない白いシャツ。
ポケットには畳んだネッチカーフの端がのぞく。
幅広だけど裾の締まったズボン。

近頃増えている白シャツ隊だ。

彼らはお決まりの台詞を口にした。

「ねえ、君たち可愛いね。どう、僕たちと飲みに行かない」
「こんな昼間から?」

メアリは呆れたように言う。

「そそ、いい店しってるからさ、もちろん僕たちのおごりだよ。ね、いこうよ」

白シャツ隊の若者は架名の手をとり撫でさする。
架名のうなじの気が逆立つ。

その手をメアリがぱしっと払った。

「他の人を当たってくださる。私達は忙しいの。じゃ」

メアリは身を翻すと架名の手を取って男達から遠ざかろうとする。
しかし白シャツの馬鹿者達は追いすがってきた。

「なんだよぉつれないじゃん」
「僕ちゃん君を離さないよぉ」

一人が架名に後ろから抱きつく。

「ひっ、こら離せ!」

さすがの架名もつい手が出た。
肘を相手の顔に入れてしまった。

がすっ!

にやけた白シャツ隊の男の顔がみるみるどす黒くなる。

「このアマ、人が誘ってやってんのによぉ!」

彼は架名の襟首を両手で掴んで締め上げながら壁に押しつけた。
もう一人がメアリに抱きつくが、不用意に股を開けているものだからにメアリに股間を膝蹴りされる。

スカート飛行の着地時には結構力が掛かる。
メアリはスカート飛行の選手だったから、足腰はかなり鍛えている。
(そのせいで足が太く見えるのが悩みだ)。
その脚力で蹴られるのだからたまらない。
男はメアリに抱きかかったままうずくまる。

「馬鹿、なにやってんだよ」

「誰か来て!襲われてるの!」

メアリが叫ぶ。

その声に、通りかがった一人の長身の男が駆け寄ってきた。

「君たち、女性に乱暴は止さないか!」

びしっと黒い軍服を着込んで灰色の髪を短く刈った青年、おそらくは職業軍人だ。
服の上からでも分かる無駄のない逞しい体躯に、彫りの深い端正ながら精悍実直な顔立ち。
九楼には市民軍しかないので、明らかに外国人である。

「け、余所者はひっこんでろ」

メアリに股間を蹴られた男が苦しそうに言う。

「痛い目に遭いたいのか」

架名を締め上げている男が唾をとばしながら言う。

しかし明らかに格技の訓練を受けた人間と、日々怠惰に過ごしてきた者の間には深くて暗い溝があった。

ばきっ。
どすっ。

きっかり二秒後に白シャツ隊の二人は地面にのびていた。

「大丈夫ですかお嬢さん達」
「ええ、ありがとう」

メアリがお礼を言う。
しかし軍服の若者の視線は咳き込む架名に向いていた。

「ごほ、げほ」
「大丈夫ですか、お嬢さん、どこかお怪我は」
「う……だ、大丈夫です。助けてくださってありがとうございます」
「無事で良かった。近頃はどこでもああいう手合いが増えているようですが、嘆かわしいことです」
「あの、お名前は」

メアリの問いに、男は架名を見つめながら名乗った。

「スタ卯リン。スタ卯リン中尉です」

その時、かちっと、中尉の手首の大きな軍用時計が鳴った。
文字盤の時刻を確かめると、彼は立ち上がった。

「本来なら、絶対安全な所まで付き添いたいのですが、今は少々時間がありませんのでこれで失礼します」
「あの、本当にあいがとうございました」

メアリが重ねてお礼を言うと、立ち去りかけた彼は振り向いた。

「あ、そうだ。よろしければお嬢様方、お名前をお聞かせ願えませんか」
「メアリです」
「架……架憐です」
「良い名前ですね。まさにその名の通りだ……では、また会える日を願っています」

そして今度は本当に立ち去った。





「ふう……ひどい目にあったよ」
「本当よ。折角かっこいい人に助けて貰ったのに、彼ずっと架名の方ばかり見てるんだもん」
「なんだメアリ、ひょっとして嫉妬してる」
「架名こそ顔を赤くしてさ、ひょっとしてあなた、そういう趣味?だから……」
「そんな訳ないだろう!さ、もう戻って着替えるよ」
「ま、そうね、帰りましょ。なんだか私、架名の引き立て役みたいだし」

二人が揃って帰り掛けたとき、街角にあるスピーカーが一斉に鳴り出した。

「ガー……緊急情報です。本日未明、十一(といつ)軍が砲蘭土(ほうらんど)に侵攻しました。現在首都を含む全土で激しい戦闘が行われている模様です。当局はこれを危険度三と認定しました。市民軍兵士甲種、乙種、丙種、特殊種に該当する方は居住地区兵役事務所に直ちに集合してください。繰り返します。本日未明……」
「大変だ……」











だん! 会議室の頑丈なテーブルがしなった。 眼鏡を掛けた、頬のこけた軍服の男が、目の前に居並ぶ背広の男達(含む女性)に怒鳴る。

「あなた達は分かっておるのですか!早晩十一(といつ)軍はここにも侵攻してきますぞ!」
「いやしかし、我が母なる都市は砲蘭土と違って別に性倒錯者に対する罰則などはありませんし……」
「そんなもの奴らの口実に過ぎんことは分かっとるでしょう。彼奴らが本気で押し寄せてきたら、いくら金で新型兵器を買い漁っても市民軍では一日も保ちませんぞ」
「……つまりあなた方と同盟せよと」
「そうです!事前に我が軍を展開しておけば、やすやすとはやつらも攻めて来られません!」
「……分かりました。明後日、市民集会を開き、そこで決を取ります」
「まだそんな悠長なことをいうとるのですか!事は一刻を争うのですぞ!」
「しかし、我々は単に市民の代表でしかありません。我が母なる都市の決定権は市民集会にしかないのですよ」
「……分かりました。賢明な選択を来ておりますぞ。おい、スタ卯リン中尉、帰るぞ」
「はっ、トロ憑大将閣下」








彼らが去った後、残された九楼政治委員会の面々はふうと溜息をついた。

「厄介なことになりましたな」

本職が総合輸出入業者の政治委員長が言った。

「要は西の変態か北の野蛮人かどちらかを選べと言うことですな」

こちらは本職が銀行頭取の副委員長の言だ。

「馬鹿を言いなさい!自由都市にとって自由は何より護らなければなりません。あのような全体主義国家に服属する事態こそ絶対に避けねばならないのです」

繊維染色業の主人から莫大な遺産を受け継いだ初老の未亡人が激しく二人に詰め寄る。

「そうですな。一応、どちらにもあいまいな態度でのらりくらりとかわして、ついでに職業平等化宣言と服装平等化宣言を打ち出しましょう」
「平等化も何も、我が都市にはそもそも何の罰則も規則もないぞ」
「いいのです、ポーズですよポーズ。彼らになるべく言い分を与えない為の」
「そして時間稼ぎをしている間に母たちの島に仲介して貰いましょう」
「そうですな」
「そうしましょう」
「では皆様、集会における同盟決議では賢明なる市民諸君が「好意的中立」を選ぶよう根回しを頼みますよ」









「くそ、馬鹿な奴らだ。この現代であのような中世依然とした政治スタイルが通用する訳がないだろう。おい中尉、軍に連絡して明後日には都市前面に進行しろと伝えろ」
「しかし、彼らの決議が……」
「いい、どのみち社会の発展段階において、あのような無駄の多い自由社会は、高度に統率された社会に淘汰されるのだからな」












「へえ〜、男の子のお尻ってしまってるわね」
「わわ、覗くのは止してくれないか」
「あ、それからパンツはこの中入れといて」

メアリがカーテンの向こうから寄越したのは生ゴミ入れのブリキの屑籠だった。

「……そんなに汚れ物扱いするなら最初から履かさなければいいのに」
「だって、変な液体でべちょべちょなんでしょ」
「……そんな訳ないよ!一体そういう知識をどこで仕入れてくるんだい」
「えーとね、男の子の読むそーいう本じゃそーいうことになってるわよ」
「君は読書の趣味を変えた方がいいよ」
「じゃ、どんな本が架名のおすすめ?」
「そうだね、織風博士の医学大全などはいいね」
「なんだかつまんなさそうなタイトルね」
「君の知りたいような事が、正確な知識として載っているよ」
「本当?!今度貸してよ!」
「兵役が終わったらね」


もどります