第26回目(7/19)







「水生さん、ちょっといい?」



いつも取り巻きに囲まれて女帝のようなひふみさんが、いきなり声をかけてきました
席に座って本を読んでいた私は、思わずびくっとなりました。

ひふみさんは一人です
連れもいません
私も一人です
奇妙にも、今、教室にはほとんど誰もいません



「お腹、空いてるでしょ」


「ええ・・・」


「あなたに元気がないと、私は悲しいわ」


「え・・・」



私は別に、お腹が満ちていても暗い子です
いつも元気はありません



「焼き肉やりましょ、ジンギスカンとかバーベキューみたいなの」


「え・・・」



焼き肉・・・ジンギスカンといっても、羊の肉ではないでしょう
野菜も出ることはないでしょう
人食いの私達が食べるのです

当然・・・・の肉に決まっています

(ひふみさんにとっては羊同然なのかもしれませんが)



「今日、あなたの部屋に行くから。材料は私が用意するから大丈夫よ」



にこ

薄暗い雰囲気の教室のなかで、ひふみさんだけが明るく浮いて見えます



でも、何の罪もなさそうな顔をして微笑んでいますけど
罪を犯さずして材料を得ることは出来ません

私は、何が起るのか、予想することが出来ました
本当は、止めるべきだったと思います






でも、私は受動的に頷いていました



「うん・・・」






それは、私のお腹がもう本当に空いていたからかもしれません

自分の手を汚さずにすむなら、
これから起ることに見て見ぬふりをする
考えないことにする

(とても酷い事が起るのに)
(それが分かっているのに)

私のあさましい心です・・・



(でもあなた、本当に、魂の底から餓えたことがありますか?)


















私は、部屋を片づけていました
といっても、ろくに物もない部屋ですが
収めるための家具もほとんどないので
適当に押し入れなどに放り込んでおかなくてはいけません



かちこちかちこち・・・かち




言った通りの時間に彼女は来ました。


とんとんとん



「はい、今開けます」



がちゃ



ドアを開けた私は、呆気に取られました

いつもは垂らしている後ろ髪を頭の両脇で編み上げて、
美人というより活発な可愛い女の子になってるひふみさん

その後ろには、数人のクラスメートがいたのです!

それも、普段あまり親しくない人ばかりです



(二人きりの食事ではなかったのですか!)




「や、おまたせ。あの、彼女たちに来る途中で会っちゃって、
それで一緒に食べようってことになったの、ねえ、いいかしら?」



まさか、断れるわけもありません



「ええ、あの、どうぞ」


「ああ良かった、じゃ、おじゃまするね」

「おじゃましまーす」

「こんにちわー」

「うわ、狭い!」

「殺風景な部屋ねえ」

「神原さんって一人暮らしだっけ」


「えっ、そうなの、なんでなんで?」

「えーとね、うーんと、聞いた話では・・・なんだっけ?」

「ねっ、どうして、神原さん?」


「あ、あの、その・・・」



私のような者が恐れること
それは、こういう詮索です



もちろん作り話は用意してあるのですが
あまり上手い出来とは言えず、
また私は巧い演技者でもないのです


そんな風に、私が困っていると・・



「はいはい、余計な詮索はしないの、人に言えないような悲しいことだってあるでしょ」



ひふみさんが助け船を出してくれました
女の子というものは、それでも詮索好きでかしましいものですが
ひふみさんが言うと、母親に対する幼子のように従います



「かたづけさせてごめんね」

「・・・ううん」


「でも、焼き肉用の鉄板とかって持ってなくて、これだったから」


ひふみさんは、背中にしょってたリュックを降ろします
よいしょ
そのなかから、ホットプレートを取り出しました


(そんなもの担いで持ってきたんですか?
ひふみさんって、外見を裏切る行動をしますね

いえ、その方がらしいのかもしれません
彼女は、自分に自身があるから、きっと
取り繕ったり見せかけたりすることをしなくてもすむのです)



「あー、それだったらちゃんとしたバーベキューセットうちから持ってきたのに」


女の子の一人が言います



「でも、最初は二人で食べるつもりだったから、こっちの方がお手軽でしょ」


「きゃっ、二人でって何?神原さんとひふみさんって怪しい関係なの?」

「えー、そうだったの?」



えっ?!

私が女の子達にはやしたてられて赤くなってしまうと
ひふみさんは普段の顔のまま、私を抱きしめていました



「だって、水生さんって可愛いから」

「えーっ、きゃー!」

「きゃっ、エッチ!」

「禁断の恋だねえ」



私のいつも薄暮か未明のような部屋が
明るくわいています

でも、私はあんまり嬉しくありません



「うふふ、さ、冗談はこれくらいにして食べましょうか」


私はやっと、ひふみさんの腕から解放されました
抱きしめられている間、なんだか食べられそうな気がしたのでほっとしました



「でもさ、人数多くなっちゃったし、鉄板とか今から持ってこようか、炭もあるよ」

「いいじゃん、別にこれでさ。早く食べようよ。」

「鉄板に炭だと後片付け面倒だしね」

「さ、食べよ食べよー!」











ということで、食事が始まりました
一見楽しげで、実は恐怖の・・・



すでに切った野菜や肉を、大皿に盛っています
ひふみさんも薄い桃色の肉を並べます・・・



「それなに、ひふみさん、変った肉ね」


「ふふ・・・子羊の肉よ、柔らかいわよ」



その肉は・・・私には分かります
それは・・・の肉です


ひふみさんは、まさか皆に食べさせる気でしょうか?!




ホットプレートはすでに熱されています
焼き肉のたれは、皆に配られています


じう〜


肉が焼けていきます
何枚も何枚も


私は、それをじっとみていました


じう〜



最初の肉が焼けました
・・・・の肉が・・・




同級生の、人食いでない普通の子が、箸でそれを摘み上げます



「じゃ、ひふみさんの肉たべてみるね」

「どうぞ召し上がって」



ああ・・・


ぱく
もぐもぐ・・・



「おいしい〜!」





ああ・・・彼女の魂に幸あらん事を





「私も食べてみよ!」
「私も〜」
「私も、一枚」



「ああ、おいしい〜!」
「ホントだ、おいしいや」
「柔らかいね」




私は、この冒涜的な光景をみて震えました
普通の人間に、食べさせるなんて!

(食人は呪いでもあるんですよ!)


そう思いながらしかし、私の口の中には唾がわいてきました
一つの体が矛盾した生理現象を起こしています


(なんてこと・・・)






思わずひふみさんの方をみると
彼女は、みんなに見えないところで
薄く、冷たく、哀れむような笑みを浮かべていました




(明るい彼女とは違う、とても恐い本当の顔)





思わず、背筋に寒気が走ります










と、ふと、ひふみさんと私の目が合いました



「あら、水生さん、全然食べてないじゃない」

「あの・・・」

「はい、おいしいわよ」


ひふみさんは、有無を言わせず、肉を取ると私の皿に入れました

そこから立ち昇る匂い・・・私は激しい空腹感に襲われます



「遠慮することないのよ、さあ」



その言葉に強く促され
私は、肉を口に運びます


肉を口に入れ
そっと噛み締めます


旨汁が口中に溢れ、私の意志にもかかわらず
魂と体が歓喜に震えます・・・





ああ、おいしい・・・





それは、みだらがましい喜びでもあり
恥ずかしい歓びであり
思わず太股をもじもじさせてしまう快感で
あとで嫌悪感に苛まされる悦び、それと同じ歓喜です・・・・



ひふみさんは、そんな私を見て微笑みます
まるで、小犬の可愛い仕種をみて喜ぶ主人のように


「ほら、もっと食べて・・・」







ああ・・
この肉を得るのに、ひふみさんはどのような酷い事をしたのでしょう
しかも、それが私には想像がつくのです・・・!
(本当は、想像よりもっと酷い事でしたけど)

なのに、私はおいしいと感じています・・・




もし皆がいなければ・・・泣き出していたかも知れません・・・


















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