第27回目(9/7)





朝、私はいつもと同じように学校に行きます。

空は昨日やその前の日と同じように晴れています
いつもと同じ道を通ります
いつもと同じ門をくぐります
昨日と同じ廊下を歩き
いつもの通り教室の戸を開けます





からからから・・・





そこにあるのも、見慣れた教室の風景です
まだ授業開始まで間があるので、人もまばらです


そのなかの一人と目が合いました
そばかすのある、背の低い子です
(私もかなり小さい方なのですが)

昨日、焼き肉(!)を私の部屋で食べた子です
あまり、というか全然親しくない子なので、
いつもは気まずく俯くだけです
互いに無視します

だけど今日は、違いました

その子は(河合さんというのですが)
少しぎこちないですが、私に微笑み掛けてきました



「おはよう、神原さん」

「あ、河合さん、あ、あの、おはよう」



私はすこしびっくりして、慌ててしまいました
知らない人は苦手ですし、柔らかい感情にどう接していいかも、未だによく知らないのです



ほっとしたことに、私達はそれ以上会話を交わすことはありませんでした

私は自分の席につきます






・・・今まであの子は、私の事を薄気味悪い子と思ってたのではないかと思います
私、暗いし・・・
人とあまり付き合わないし・・・
変な噂もありましたし・・・
(しかもそれは、真実とかなり似ていました)


でも、今日、声をかけてくれました
一緒に食事をしたからでしょうか?
それとも、ひふみさんが私に親しげだからでしょうか?










驚いたことに、昨日食事を共にした子は全て、親しそうに声をかけてくれるのです!


















休み時間、まじまじと咲ちゃんが私の顔をみます。



「何?」



咲ちゃん、じっと私の顔を見つめます
そして言います



「今日の水生ちゃんはきれいだね」



いきなり何を言うんでしょう、今日はびっくりすることばかりです



「や、やだ、な、何、いきなり・・・」


「とっても、なんだか、艶やかな感じ、柔らかな感じがする」


「えっ・・・?」


「顔色も、いつもより全然いいよね。頬が薔薇色・・
何かいいことでもあった、おいしいものでも食べた?」





・・・いいことは、ありません
あれは、悪夢です
(いえ・・・もっと、なんというか・・・淫らでない淫夢のようでした)


おいしいもの・・・でもそれは食べました
誰かに犠牲を強いる、忌まわしい食事です・・・

(材料は決して忌まわしくないのですが・・・行為そのものが厭わしいのです)





でもそうした食事で、私は生き、健康になるのです
薔薇のような頬をしていられるのです


私の生そのものが、ひどく忌まわしい代物なのかもしれませんね・・・
(だけど私は善き人ではありませんから、死のうとは思えないのです・・・)




















今日は、放課後に文化祭実行委員会がありました
学級委員(これは雑用係と同義です)の私は、それに出なくはいけませんでした

委員会では、決める事項が色々ありました
講堂の使用時間の割り振りや、クラブ単位での催し物への場所の割り振り
予算の配分や、電源の供給、器材の貸し出しについて
文化祭実行委員(=各クラス学級委員)内での役割分担の割り振り
あと、いろいろ・・・



どうも、他のクラスでは、学級委員は口達者で自己主張の強い人がなるようです
議題に対する議論はいつまでも沸騰し、堂々巡りし、解決しません

私の中にも、「こうすればいいのではないですか」という
のはあるのですが、とても口を挟めるような状況ではなく

ですから仕方なしに、配られたホチキスで綴じきれ
ない、分厚いプリント類を何度も読み返してみたり、

窓の外の、明るい青い空がやがて赤く染まり、そして
濃紺に沈んで行くのを眺めたりして時間を潰していました・・・






私がこの退屈な委員会から解放された時は、
もう陽はとうに暮れ、すっかり暗くなっていました
(私の肉が薄いお尻はすっかり痛くなってしまっていました)

熱心なクラブももうすでに活動を終え、部員は帰宅しています
校内に残っていたのは、私達学級委員ばかりです



そして、彼らはもう疲れてうんざりしてましたし、、要領が良いものですから
会議室に予め鞄など帰り支度を持ち込んでいて、会議が終るなりそそくさと
私より一足先に、仲の良い子同士連れだって帰って行きました



私は自分のクラスまで鞄を取りに戻っていたので、学校から出るのは一番最後でした










暗い学校は不気味に感じます
でもそれは、私の場合、暗闇そのものや、物の怪などに対する恐れではありません
暗闇に人が潜んでいるかもしれない、それを恐れるのです
だから、私は足音も無く足早です

下足室も不気味です
緑の非常灯が、特に不気味です
ここはまだ明るいですが、一歩外は闇です
もう、人は誰もいません

早く帰ろうと、私が下足箱から靴を取り出した時、
いきなり後ろから、外の暗闇の方から声をかけられました



「水生さん、随分遅かったわね」

「きゃっ!」



私はびっくりしてしまいました
びっくりして、思わず靴を取り落としてしまいました
私の黒い皮靴は転がって行きます
それを、外の暗闇から現れた人が拾いました



「はい」

「ひふみさん!!」



暗闇から現れた女の人、それはひふみさんでした



「どうして・・・?」

「あら、待っていたのよ、貴女と少し、お話しながら帰ろうかと思って」

「だって、こんな時間まで・・・」

「そうねえ、こんなに遅くなるとは思わなかったわ、でも、この仔と」



ひふみさんは、片手で抱いているものを私に見せました
ひふみさんの胸元の・・それは小さな白い仔猫でした
目を閉じて、安らいで眠っていました



「可愛いでしょう、校門の傍に捨てられていたのだけど、この仔と遊んでいたから」

「猫・・・好きなの?」

「ええ、好きよ、仔猫は特に好き。可愛いし、飽きないわ」



そういって、ふひみさんは仔猫を頬ずりしました



「でも私のマンションでは飼えないの、残念だわ。」



そういって、彼女は名残惜しそうに、校門傍のダンボールに歩み寄り、
眠っている仔猫をそっと降ろします
そして私に振り向き、促します



「さあ、帰りましょうか。あまりのんびりしていると、夜も更けてしまってよ」



私は、ひふみさんと家路につくことになりました・・・










ひたひた、ひたひたと、暗い夜道です

商店街はそれでもまだ街灯が並んでいるので明るいのですが
田舎道に入ると、たまに木の電柱に灯る明かりがあるくらいで
寂しいことこの上ありません

その上、連れがひふみさんです
一人で帰るのよりは二人の方が心強いものですが
彼女はまた別の不安を呼び起こすのです

それに、彼女から「お話しながら帰ろう」といったくせに
何も話しかけてこようとしません



「あの、ひふみさん・・・」


「ん、何?」


「なにかお話が、あるのでは・・・?」



少し先を行っていたひふみさんが、道を横切る県道のさしかかりで足を止めました
電柱の電灯の白い光の下で、振り向きながらかすかに微笑みました



「ええ・・・そうよ」




そのとき、犬の遠吠えが聞こえてきました
かなり近いところから・・・



ワオォォォォォォォン・・・・・・・



私は、びくっと、身を震わせました
野犬は、人慣れしている分恐いのです

行方不明事件は、野犬の仕業といわれている位ですし・・・
夜襲われたらひとたまりもないでしょう


けれど、ひふみさんは、むしろうっとりと目を細めて
その尾を引く声を聞いていました・・・


「千年前も、このような夜だったかしらね・・・」




(ひふみさんには、夜と、夜の眷族への恐れがないのでしょうか・・・)
(恐れなくてよいのか・・・それとも恐いもの知らずなだけでしょうか・・・)




やがて、ひふみさんは言いました



「おいで」




その声に応じて、二匹の獣が薮の中から飛び出しました



さっ・・・



ほんの草のそよぐ音しか立てずに・・・
しかし、それは大きな獣でした



はっ・・・はっ・・・はっ・・・
ぐるぅ・・・ぐるぐるぅぅぅ・・・・



二頭の、大きな犬です
瞳孔の無い白濁した目を持つ犬です
狂える目を持つ、獣です


それが、忠実な僕や衛士のように、美しい人食い少女に従っていました・・・



ぐるぅ・・・ぐるぐるぅぅぅ・・・・

はっ・・・はっ・・・はっ・・・







「紹介するわ。左の子が禍喰、右の子が人忌」


「あ・・・・」


ぐるぅ・・・



犬たちは、私に向かって唸ります・・・
私は、足が竦み動けません




「さあ、お前達、新しい御主人様に挨拶なさい」



ぐるぅ・・・



二匹の獣は、のそりと、私の方へ足を踏み出しました
私の心臓は、恐怖に止まりそうです

獣たちは、私の足元に来ました
私の細い足など、た易く食いちぎれそうな獣です
その獣たちが、頭を垂れました
服従のしるしでしょうか・・・


そして、私の方を見上げて・・・
にぃ、と、笑いました。

まるで、人間のように、
涎を絶えず垂れ流している口の端を吊り上げて!


(見た人にしか分からない、おぞましい光景でした・・・)








「うふふ・・・それから、そこな人・・・」



ひふみさんが、少し離れた電柱に声をかけます
そこには誰もいませんでした
電灯の白い光の下には、蛾や甲虫の類が舞うばかりです・・・

いや、違います
電柱の影から、人影が一つ・・・・



「なるほどねぇ、犬を使って人を獲っていたのですか、いやはや・・・」



頭を振り振り出てきたのは、夏の暑い盛りだというのによれよれの上着の着込んだ初老の男

あれは・・・弧雀刑事です!



「女学生の密か事を立ち聞きするなんて、趣味が良くなくてよ」

「いやー、すみませんねぇ、でもこれで謎が解けましたよ」

「あら、なんのことかしら」


「いやねぇ、最近行方不明事件が頻繁に起るのですよ」



弧雀刑事は、縮れて短い白髪を掻きながら言います



「骨が時々見つかるのですがね、どうも食べられた跡があるんですな、人に」

「まあ、恐しいですこと」

「でもね、血の匂いがするお嬢さん達、どちらも殺害時刻にはアリバイがある」



それを聞いて、私はびくっと体を震わせました



「いやーこれはどういう事なのか悩んだんですけどねぇ、いや成る程」



猫背の刑事は、笑いました
笑いながら、鋭く光る手錠を上着の内ポケットから出しました


ひふみさんも笑みを浮かべました

そして、彼女の僕に命じました






「喰い殺しておしまい」




二頭の獣が地を蹴ります
疾風のように襲いかかります
「あ・・・」という悲鳴も上げる間もなく、弧雀刑事は地に引きずり倒されました
喉笛をたちまち食い破られました
手の筋が黄色い牙に引き裂かれました
はらわたが飛び出しました
忽ちのうちに食い散らかされてゆきます
もう、人の形を止めぬほどに、バラバラです




そして、いきり立つ犬達を静めながらひふみさんと私が見たものは・・・



ぼろぼろに千切られた、紙人形の断片でした・・・・











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