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第四幕 アンジェが警察に、無実の罪で捕まった。 偶然に、密室の死体の第一発見者というだけで。 僕が、この事件の謎を解き、アンジェの身の潔白を証明しなくちゃならない。 とはいえ、魔術のことなどなにも知らない、警察にコネがあるわけでもない、探偵でもない僕が、どうやって事件の真相を解き明かせばいいのか。 事件現場である図書館は休館していた。 司書である狐目のお姉さんの言うには「危険な本が持ち出された可能性がある」その捜索のために職員が駆り出されているらしい。 それ以外にも再開の条件として、今後の図書流出を防ぐためのセキュリティ向上対策も決めないといけないらしく、でも「これ以上厳重になどどうすればいいのだ」ということで委員会が紛糾していて、すぐには結論が出そうにもないとのこと。 これでは現場検証すら出来ない。 抜け道や隠し扉があっても分からない訳だ。 僕が被害者である片山先生について知ってることは少ない。 この町出身で独身。 趣味は車らしい。 でもこれは「趣味:音楽鑑賞」みたいなもので、田舎では多かれ少なかれ皆車に乗るし車好きだから、無趣味といってもいいのかもしれない。 少なくとも、あまり図書館に通うタイプには見えない。 唯一気になる情報といえば、二日前に町田先生と言い争うのが目撃されてるということだ。 町田先生は、若い女の先生だ。長い髪で眼鏡をかけて、そこそこ美人だとは思うけれど、性格も言うこともキツい。一年生の三組を受け持っている。 二人の言い争いは、僕も見た。 確かに、校舎裏で言い争ってた。 (あそこは物陰になるから誰にも見られないと思っていたのだろう)。 あとは、片山先生が校校長先生に校長質で怒鳴られてるのを見た女の子がいる。 掃除の時間にうっかり中にいるのを気づかずに入ってしまって、怒鳴り声を聞いてその子は自分が怒られたのでもないのに泣き出したのだ。 でも、これだと片山先生が校長先生を殺す動機になっても、逆じゃないと思う。 念のため、町田先生と校長先生の写真を隣の兄ちゃんの卒業アルバムを借りて(町田先生は去年は六年生の担任だった)、司書のお姉さんに見せることにした。 司書のお姉さんは暇らしくて(本当は一生懸命本を探さなきゃいけないはずなのに)電話するとすぐに待ち合わせのハンバーガー屋まで来てくれた。 「やー、ここのコーヒーまずいのよね、喫茶店にしましょ」 司書のお姉さんは開口一番こんな調子だった。 「どうでもいいでしょコーヒーなんて。ここだと百円なんだよ」 「あんたの分くらいお姉さんが奢ったげるって」 「いいからアルバム見てよ。この人達、図書館に来てなかった?」 司書のお姉さんは町田先生の写真をみて「化粧が厚いわね」といい、校長の写真を見てタイプじゃないと言った。 「タイプなんてどうでもいいから真面目に見てよ」 「見てるわよ。うーん、来てないね。来る顔にもみえない。少なくとも私がいるここ六年間は来たことない」 「確かなの?」 「確かよ。ヤバイのがこないか、私らかなーり警戒して注意して見てるからね。あ、ちなみにタケちゃん、あなたはかなりタイプよ」 うーん。 嬉しくない。 それに早くも行き詰まった。 警察ならもっと片山先生の過去の因縁やら借金の有無なんか徹底的に調べてるんだろうけど。 僕にはこれ以上、情報がない。 地元出身の人だから多少の噂は聞くけど、殺人につながりそうな話は全然でてこない。 でも、学者でもない片山先生があの図書館の、それも特別閲覧室にいるというのは、なにか事情があるはずなんだ。町山先生に言い負かされて、見返すために勉強してたとか、あるいはもっと短絡的に、仕返しする魔術を探してたとか。でも、言ってはなんだけど普通の小学校教師が読める本なんかで「特別閲覧室」行きにはならないはずだ。 そもそも、片山先生の自発的な意志であそこにいたんだろうか。魔術で操られてたりすると、もう僕の手には負えない。 本が無くなったことについては、もう全く想像もつかない。 でもでもでも、そんな弱音は吐けない。 アンジェを助けられない。 司書のお姉さんと別れて、うーん、うーんとうなりながら大通りを歩く僕。 その背中が、いきなり遠慮容赦ない力でどんと叩かれた。 「なーにしてんの」 振り返ると、大神月夜だった。 薬局の包み紙を片手に、ニット帽にクリーム色のマフラー。青いジャンパー、ベージュ色のキュロットに黒いタイツ。 いかにも活発そうな姿に似合う、屈託のない笑顔を浮かべている。 「なにぼけっとした顔してんの」 「考えごとしてるんだよ」 「ヘェ〜、タケちゃんが、考え事ぉ?」 月夜は、幼なじみだ。 念のために言っておくと、女の子だ。 ショートカットで胸の成長が遅れてるせいか、たまに男の子に間違われたりしてるけど。 僕とは、幼稚園とか小学校の低学年のうちは仲がよかった。一緒にお風呂に入ったりもした仲だ。 「よかった」と過去形で語ると今が悪いように聞こえるけど、別にそういう訳ではない。 ただ、成長して男友達、女友達とだけ遊ぶようになると、なんとなく疎遠になったというだけ。 いや、疎遠というほどもないかな。教室とか、要は他の同世代の友人知り合いがいる場所では必要以上に喋ったりしないというだけで。 (だって、からかわれたりとかするから)。 (あと、月夜はよく見ると目が大きくて結構可愛いことに気付いてしまったので)。 親同士が仲がいいので、よく家に来たりする。 月夜の方ははあまり気恥ずかしさを感じないようで、アンジェを別にすると、なんだかんだいって女子の中では一番よく喋る相手だ。 その月夜は、その大きな目を見開いて、僕を見つめる。 「依神さんは今日は一緒じゃないの?ふられた?」 「ば、ばか、ち、違うよ」 「なんだ、まだなの」 「まだってなんだよ。大体、まだつ、つきあってもいないのに」 「じゃあ、勝手につきまとってるだけ?」 「人をストーカーみたいにいうなよ」 「ふーん」 僕と月夜は、並んで歩く。 正直、ちょっと困る。 考えに集中したいんだけど、月夜がいると出来ない。 月夜はすごく僕の近くまで寄ってくるし、ちょっといい匂いもするし、並んで歩いてるとこを見られるかもしれない。 月夜は結構、というかアンジェを除けばクラスで一番可愛いと言われてるし、実は月夜が好きって奴も何人かいる。 変な噂が立っちゃうとまずいなあというか。 でも月夜は空気を察さない(というか察してもお構いなしの)マイペース女子なので、僕とぴったりくっついて歩く。 「分かった」 「なにが」 「修学旅行がなくなりそうだからでしょ。有名だもんね、あそこのお寺縁結びの神様ですごく効くって」 「なにそれ。違うよ……って、え、なくなるの、修学旅行?!」 「内緒の話なんだからね。あんた他の人に絶対喋っちゃだめよ」 「内緒って……それ本当なの?」 「なくなるかもしれない、ってだけよ。まだ分かんないの」 「なんでそんな話になってんの?」 「修学旅行代金の積立で、たまに学校にお金持っていくのあるじゃない。あれさ、勝手に使っちゃった人がいるんだって」 「横領じゃん、それって。で犯人は……片山先生?」 「え、そうなの?」 「あ、いや、僕が訊いてるんだけど」 「さあ、そこまでは知らなーい」 片山先生が殺された事はまだ発表されていない。 ただ、お金を巡ってのトラブルは殺人事件ではよくある(少なくとも小説のなかでは)。 片山先生がお金に困っているという話は聞いたことがないけど、それは本当に聞いたことがないだけで、実は困ってたのかも知れない。 でも、保険金殺人ってことはないと思うから(あれは自殺に見せかけないとダメだし)、別の形のトラブルだろう。死んじゃうと、借金は取り立てられないし。 それでも、図書館で殺される理由も、片山先生が図書館にいた理由も考えつかない。本でも盗もうとしたのか、でも、それならもっと盗みやすいのを狙うだろうし、そもそもあんな厳重な密室で殺されてる理由が分からない。 不意に、僕の額に月夜の手が当てられた。 ポケットに入れられてた温かい左手だ。 「さっきから変な声出して、熱でもあるんじゃない」 「な、ないよ」 「ほら顔も赤いし」 「なんでもないって」 「これ使う?効くよ」 薬局の包みを振る。 カサカサと音が鳴る。 華陀薬局の文字が見える。 駅前通りの外れにある小さな木造二階建ての薬局で、還暦米寿を遙かに越えて江戸時代から生きているといわれてるおじいさんが一人で石臼なんかをごりごりやってる店だ。 どうもここの薬は無許可の違法物じゃないかなと最近僕は思うようになってきてるんだけど、確かに効く。 その効き目はというと、下痢薬を飲んだら便秘になるくらい。一度近所の赤ちゃんが釘かなにか(食用に適さないもの)を飲み込んだとき、ここの消化薬を飲ませたら、きっちり胃の中身が消化されちゃっただけじゃなく、餓死寸前になってしまった。 それでも訴えられもせず逮捕もされずに今に至るのは、効き目の確かさ故だろう。 「この寒いのに熱冷ましなんか飲んだら凍死しちゃうよ」 「ああ、これ飲むんじゃないから。お尻に入れるの。私やったげる」 「余計ヤだよ」 僕と月夜は同じ方向に道を曲がる。 家が一緒の方向なんだから、当然といえば当然何だけど。 その時まずいことに、クラスの奴らが何人か、車道を挟んだ反対側を向こうから歩いてきた。 僕が顔を伏せるより、向こうが僕たちを見つけた。 「あー、タケとツッキー(月夜はこう呼ばれてる)がデートしてるぞー」 「浮気かあ」 月夜は、恥ずかしくなって逃げ出すかと思いきや、なぜかお菓子の包みを持った出て僕の腕を抱いた。 そしてもう片方の手を奴らに振る。 「ヒューヒュー(口笛でなく口でこう言ってる)」 「エロタケー」 「たらしは依神に言いつけるぞぉ」 僕は「なんでもないわい」と反論するけども、冷やかしの声は止まらない。 ああ、もう、調子狂うなあ。 家で、母親にそれとなく片山先生の噂をきいてみたけど、あまり収穫はなかった。修学旅行の話もでてこない。この辺りの主婦井戸端ネットワークにかかってこない情報だということは、真偽のほども怪しい。 食事まですこし間のある六時頃。僕は居間で炬燵に入っ祖母とぼんやりとテレビを見ていた。いや、テレビは視界には入ってたんだけど、脳がその入力を処理してなかった。 そこに月夜がまるで我が家のように入ってきた。 勝手に炬燵に入ってテレビのリモコンを手に取り番組を変える。 先ほどまでニュースをやっていた画面がアニメに替わる。 「なにすんだよ」 「いいじゃん見せてよ」 「自分ちで観ろよ」 「観れないからこっちきたんでしょ」 月夜のお母さんは確かに教育熱心で口うるさい。娘に民放を見せないことで有名だ。なぜ大雑把なうちの母親と仲がいいかさっぱり分からない。 今時物持ちのいいブラウン管はCMに入って、どこかに来ている大サーカスの様子を映している。 ライオンの火の輪潜り、空中ブランコ、像のお手玉、ナイフでジャグリングをしてるピエロ。 ナイフは大きくてきらきらと輝いて鋭そうで、実際ピエロの隣でモーニングを着た小男がナイフを垂直に落としてどれくらい突き刺さるかを見せている。 「あれ失敗したら死ぬよね。頭ぐさあ、とか」 「死ぬかもね」 「よくやるよね。失敗しないのかな」 「怖いこと言うなよ。大体、失敗しても安全なように何かしてるって。生の現場でなんかあったら、このサーカス団営業停止だよ」 「生は危険だね」 その時だった。 僕の頭に何かが閃いた。 閃いたものから順に、今まで聞いたこと見たこと試したこと結びつけていくと、きれいに話がつながった。 「よし!」 「ん、なにがよし?」 僕の突然のガッツポーズにきょとんとする月夜。 その月夜に僕は、嬉しさのあまりぎゅっと抱きついた。 見た目通り肉付きの薄い、思ったよりも華奢な体。 「ちょ、ちょっとタケちゃん、生はダメだよ!」 意味不明の台詞を口走る月夜を、そのまま抱きしめる。 謎は、多分解けた。 あとは、警察にこれを伝えるだけだ。 解放された時のアンジェは、どんな顔をするだろう。 僕を見直してくれるだろうか。 お礼にキス、なんてことはないだろうか。 不意に、目の前すぐに真っ赤な月夜の顔があるのに気づいて、慌てて手を離した。 (第五幕へ続く……) |