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第五幕 「誰も殺されていないし何も盗まれていません」 自分の声が、机と椅子と卓上ライト以外何もない、それこそ牢獄のような殺風景な部屋にやけに大きく響いた。 ここは警察署の奥のまた奥の部屋。 迷路のようなコンクリートの廊下を抜けて分厚いドアを潜った行き止まり。 髪をきれいにオールバックに撫でつけた、サングラスに黒服の刑事は、無言で僕を見る。 狐目の司書のお姉さんが、僕の肩に手を置いて後ろに立っている。 「では、皆幻覚を見ていたとでも」 「いいえ。この事件には、魔術も手品も関わってません。あれは自殺だったのです。ナイフは、とても大きくてゴツいですから、あれを上に放り投げれば、落ちてきた時は死ぬくらいに突き刺さります」 刑事さんは、おもしろくもない顔で僕を見る。 「じゃあ、なんであんなとこで自殺するんだね。それに、本は?」 「では、まず自殺する理由からです。いえ、理由より大事なのは、なぜ図書館の特別閲覧室だったのかです」 「続けて」 「片山先生はこの町の出身ですから、図書館の特別な本について事件が起これば特別な警察が出てくるのを知っていたと思います。それこそが先生の狙いだったのです」 「どうして?刑事さんの前で言っちゃってなんだけど、この人達は強引で傲慢無礼の上に超法規的処置も辞さない、普通の警察より厄介な人達よ」 「だから、です。僕が見てる限り、図書館の刑事さん達は、普通の警察よりも立場が上のようですね」 「図書館の、ではなくて、指定特別書籍専門の捜査員だがね。無論、こういった特別な本が絡むときに一般警察より捜査に優先権があるというだけだ」 「つまり、特別な本が絡んだ事件の場合、本についての捜査はされても横領についての捜査は後回しなんですよね」 「金に困って本を売るような人間もいるから金の流れも調査をしないないわけではない。片山貢の業務背任行為についてももちろん把握している。しかし、今回紛失した書籍について実際の売買およびその契約が為された形跡はない」 「違うんです、本は持ち出されてないですし、どうでもいいのです。要は、普通の警察の手に落ちなければよかったのです」 「要するに、被害者、犯人かもしれないけど、は、横領を隠したくて、図書館でわざわざ自殺したと。でも自殺するほどのことかしらね。学校の先生が盗める金なんて大した額じゃないでしょ」 「修学旅行の積立金みたいです、横領されたのは。結構なお金だとは思うけど、死ぬかと言われると、それほどじゃない気がします。でも、片山先生には死ぬ理由がありました。普通の警察の捜査対象にならないように死ぬ理由。それは、横領には別の人が関わってて、庇うためじゃないかと思うのです。その別の人っていうのは、町田先生が怪しいんだけど……」 「ふうん、なるほどねえ。やるじゃない」 司書のお姉さんの顔が、僕の顔のすぐ側まで寄せられる。ふわりといい匂いがして、吐息が頬にかかって、くすぐったい。 「しかし、では本はどうしたんだね」 「それは、これです」 刑事さんの指摘に、僕はポケットから薬包を取り出した。司書のお姉さんが、僕の肩越しにのぞき込んでくる。 「なに、それ」 「胃薬です」 「まさか、本を食べて、胃薬を飲んで消化したとでもいうのかね」 そのまさかだった。 僕は、紙を貰って丸めて飲み込んだ。 いくつもいくつも、司書のお姉さんが思わず止めにかかるくらい飲み込んだ。 そして薬を飲む。 医者に胃の中を調べて貰ったところ、消化されないはずのパルプは影も形もなかった。 「駅前の華陀薬局にいけば誰でも買えます。地元の人間なら誰でも知ってます」 「超強力にも程があるわね」 「飲み過ぎると餓死します」 「つまるところ、こういうことかね。横領がばれたくなくて、わざと貴重な本を喰い、自殺したと」 「筋は通ってるわ」 「そうね、素晴らしいわ」 いきなり後ろから聞こえてきた女の子の声に、僕はあわてて扉を振り向いた。 施錠されていたはずの頑丈無骨な扉が開き、ぱちぱちと小さな拍手をしながら入ってくるのは、捕らえられているはずのアンジェだった。 「君、捕まってたんじゃ」 「だって、牢屋じゃ本が読めないの」 アンジェはいつもの通り笑みを浮かべ、服は黒いふりふりのたくさんついたドレス(のようなの)。顔色は、元から白いので悪いのか良いのか今一つ区別はつかないけれど、やつれてはいないようだった。 「魔術師用の檻を抜け出してくるとは……」 刑事さんが呻く。 それを「まあまあ」と狐目の司書のお姉さんが宥める。 「どのみちアンセスジェリカを閉じこめておくことなんて出来ませんよ。それより良かったじゃありませんか、事件が無事解決して」 「なにを言っている、子供の推理もどきなどを真面目に受け取れる訳が……」 「なにを言ってるんですかぁ、きちんと説明がついたんですよ」 アンジェは、その日のうちに解放された。 解放しなくては彼女は勝手に出ていってしまうだろうから、仕方なかったのだろう。 太陽の下に似合わないアンジェは、いつも通り図書館に行こうとした。けれども、まだ休館中だった。 不満そうなアンジェの微笑み。 すごく、本が読みたそうだった。 「本屋でもいってみる?えーと、アンジェが読むような本はないけど」 アンジェがうなづくので、駅前の本屋に連れていった。 「あ、依神さん!」 月夜とばったりあってしまった。 「あ、タケもいる。どうしたの?デート?」 アンジェは首を横に振る。 「えーあやしー」 あやしくないよ、残念だけど。 「あ、これおもしろいよ、これ読んでみなよ」 空気を読まないマイペースな月夜が、アンジェにイラスト付きの多分恋愛小説っぽい女子向けの本を勧めている。アンジェは云われるままに本を取り読み始めた。 そのまま三人での立ち読みタイムが始まってしまう。 僕も推理小説を手に取るけど、なかなか内容が頭に入ってこない。ついちらちら、横のアンジェをみてしまう。 そのアンジェは、かなり速い速度で文庫一冊を読み終えた。 本を棚に戻すと、アンジェは僕を見上げた。 「な、なに?」 いきなり、ちゅっと、僕はアンジェにキスされた。 「嬉しい?」 僕は、しばらく呆然としてたけど、ぶんぶんと頭を縦に振った。 「そう、よかった」 また本棚に視線を戻すアンジェ。 「うわぁ、依神さん、大胆」 月夜が大声を上げる。ほかの客も皆こちらをみてる。 恥ずかしい。 僕はアンジェの手を取り、店を出ようとした。 けれど久しぶりに本にありついたアンジェは、暫く動こうとはしなかった。 (おわり) |